1 プロローグ
なぜだろう。私は今、ドレスを着せられ、髪を綺麗にセットされ、メイクまでされている。グラディオの件からはもう一ヶ月が経った。褒賞云々に関してはもう終わったはずだ。なのに、なぜか王宮に呼び出されたのだ。
どうしよう、国外追放とか言われるのかな。いやでも、パン屋のおじさんにパンをサービスしてもらえるくらいには街に馴染んでるし。
色々考えていると、気づいた時には私は王宮から迎えに来た馬車に乗っていた。
隣にはノエルと詩音、向かいにはセレネ、クレオ、アルカがいる。
「えっと、結局何用なの? 詩音も何も聞いてないの?」
「うん、なーんにも聞いてない。てか、王宮からの話はお姉ちゃんを通せって言ってあるから」
「それをノエルに任せてるから――」
「面倒そうなものは概ね断っています。ただ、今回は流石に断り切れないので。ですがそう悪い話でもなさそうなので、行ってからのお楽しみという事で」
「とりあえず悪い事ではないんだ?」
「はい。むしろ、楽しい部類かと」
「ならよかった」
楽しい部類なら大歓迎だ。詩音もいる今、この世界で新しい体験を出来るのならば何でもいい。
ワクワクしながら王宮へ向かうと、沢山の次女に迎えられ、玉座の間に通された。
玉座の間には国王と王女、そしてこの国では珍しい魔族の――それも、吸血鬼の少女がわたしたちを待ち構えていた。
私以外は国王を前に跪く。しかし、私はそれどころではなかった。少女と対面した瞬間、心臓に――心に何かずしりとのしかかる重たいものを感じ、その場から一歩も、一ミリたりとも動けなかった。
動けば殺される、そんな感覚だろうか。
少女は私と同じく綺麗な白髪に小柄で華奢な体躯、片手にはぬいぐるみを抱いた見た目は無害そうな少女なのだが、そんな彼女から放たれる威圧感は、あのグラディオよりも強いものだった。
ガチガチに固まっていると、国王より先に少女が口を開く。
「ルナ、そんなに怖がらなくてもいいの。わたしに敵意はないの」
「ああ、その少女――フィオに敵意はない。むしろ友好的だ」
「そう、ですか……」
実際敵意は感じない。しかし、彼女に逆らってはいけないと、魂がそう直感している。
「ルナちゃんは吸血鬼だから仕方ないわね。陛下、彼女に椅子を」
「ああ、そうしよう」
「ありがとう、ございます……」
メイドが私用の椅子を持ってきてくれたので、何とかそこに座る。するとフィオが私の元に近づいてきて、手を取った。
「汝は血を分けし余の僕ではない。対等にせよ」
彼女がそう言うと、ようやく重圧感がなくなった。
ほっとして、だらりと椅子から崩れ落ちる。
「ごめんなの。少し休んでからお話しするの」
「ありがとう……」
少し休憩して、改めて国王から話が始まった。
現在人魔大戦にて実質的な勝利を収めた魔王軍が収める、ブバルディア帝国からの謝罪と、交友の提案というのが今回の話の内容だ。
どうやらグラディオは人魔大戦時の、今でいう旧魔王軍の残党だったらしい。現在の魔王軍総出で国々で暴れる残党を狩っていたがその中でも強力で討ち漏らしてしまっていたようだ。
「――そういう訳で、フィオ嬢は被害を受けた村とルナたちへの損害賠償と、討伐報酬を申し出てくれたのだ」
「そういうことなの。あの危険な魔剣も破壊してくれたし、報奨金と特別な魔導書を授けるの」
「それから、王国から改めて褒賞として、そなたに爵位をと思ったが何度も断られているので、栄誉騎士の地位と、遊撃部隊隊長の座を授ける。騎士とは言っても、特別な遊撃部隊だ、何かにとらわれるという事はない」
「……どちらとも、謹んでお受けいたします」
「それじゃあ早速、魔導書から渡すの。これは禁書級の魔導書なの。けど、話を聞いた限り、ルナなら正しく使ってくれると信じてるの」
「そ、そこまで信用されてるとは……」
「大丈夫、何かあればフィオが一言で止められるの」
「では何かあれば、その時は私を止めてください」
「何もないって信じてるの」
この吸血鬼のお嬢様――フィオの信用は絶対裏切らない様にしよう。はなから変なことに使う気なんてないけど、これだけは絶対だ。
「フィオ様に誓って、これを世のため、有効活用させていただきます」
「ん、それならいいの」
「さて、ルナもシオンも、皆長話は好まんだろう。せっかく魔族を代表してフィオ嬢が来てくれたのだ、早速宴と行こうではないか!」
国王のその言葉と共に、私たちは宴の会場に招かれた。
すでに料理が沢山用意されており、見たことあるような内容な貴族たちがそこで待機していた。私たちが開場に入ると、歓声が上がる。特に、シオンとアリサが招かれたという事に歓喜しているらしい。
いい匂いが漂っている。もちろん、血じゃなくて料理の。
「ブバルディア帝国との交友についてはすでに話がついている。此度は新たな国交を祝して宴と行こうではないか!」
国王がそう言うと、さらに歓声が沸く。こうして、楽しい一日が始まるのだった。
肉を喰らい酒を飲み、セレネや詩音と喋りつくして――
「フィオ可愛いねぇ。何歳?」
「じゅ、十五なの……」
「そっかぁ、じゃあ詩音と同い年だねぇ。ちっちゃくてかわいいねぇ。抱っこしてもいい?」
「か、構わないの……」
可愛らしいフィオをぎゅっと抱きしめる。あぁ、ぷにぷにだ。私に抱かれてもぬいぐるみは離さないところも可愛い。
「癒される~」
「ご主人様、困惑してらっしゃいますよ。離してあげてください」
「えー、だって可愛いんだもん」
「シオン様も拗ねていますよ」
「……仕方ないなぁ。詩音、おいでぇ~」
「もう、お姉ちゃん調子に乗って飲むから……ほら、好きにぎゅーってしていいから、外出るよ」
「はぁい」
それから、私の記憶は途切れていた。