36 エピローグ1
魔族グラディオが死に、魔剣ゼーレヘレスが破壊された。
最後とどめを刺したのは、同じ魔族でありながら、人間の王国で暮らす、吸血鬼のルナ。
魔族でありながら聖剣を振るったルナは、代償としてグラディオを殺すとほぼ同時に意識を失った。
戦闘が終わった平原は、何事もなかったかのように、静寂に包まれた。
グラディオは両断され魔剣の影響で爛れた肉塊と化し、当の魔剣は破壊され、ただの鉄屑と化した。
魔剣に自らを食らわせるまでに追い詰めた勇者詩音は眠り、とどめを刺したルナは血を流しながら意識を失っている。
一度は四肢を失ったクレアとノエルは、傷こそ治ったものの、内側はまだ治りきっておらず、人を運ぶことは出来ない。
「……アリサちゃん、いったん私が馬車を呼んでくるわ。だから、その間皆の治療をお願い。それから、アルカは周囲の警戒。魔族が襲ってきた場合は撤退を最優先に」
そう指示を残して、セレネは城壁に向かって走っていった。
それから彼女が戻ってくるまで人が来ることはなく、アリサたちは死体と残骸を回収し、無事全員で生還したのだった。
◇◆◇
気が付けば、私は自室のベッドで眠っていた。
辺りを見渡すと、すぐ隣の机にノエルが突っ伏して眠っていた。
「おえう————」
あれ、上手く声が出せない。というか、体を何とか起こせたけど、腕足が動かない。
目が覚めて意識がはっきりするにつれて、体中に痛みが走る。特に内臓と頭が痛い。
あまりの痛みに再びベッドに倒れ込むと、その音でノエルが目を覚ました。
「ご主人様!」
余ほどうれしかったのか、頭が割れてしまいそうなほど大きな声で叫んだ。
その声に釣られて、屋敷のみんなだけでなく、詩音やセレネ、アリサが私の部屋に駆け込んで来た。
「お姉ちゃん!」「ルナさん!」「ルナちゃん!」
特に三人は嬉しそうに私のベッドに飛び込み、抱き着いてきた。
「うっ」
「いくら何でも無理し過ぎよ! あんなに戦うの嫌がってたのにボロボロになって、半月も眠ったままで……私が、私がこんなところに連れてきちゃったせいで、ルナちゃんが……」
「そうです! 私の魔術ですらすぐに治せない傷なんて異常です!」
「ほんとだよ! いくら私のためって言っても限度があるじゃん! 自分がどれだけ無理したかわかってんの⁉」
どうやら私は二週間も眠っていたらしい。その間に完治しなかったせいで、未だに声をうまく出せず、体中は痛く、ところどころ動かせない部位がある。
まあ、あれだけの無理をしたのだから当然か。ただでさえ聖属性は相性が悪いのに、聖剣の力が流れ込んできたのだ。
そりゃ体も壊れるわ。
聖剣は魔を滅するために作られた剣だ。普通の魔族なら、浄化され跡形もなく消滅するらしい。そうでなくとも、持てば手が焼ける。それでも私が使えたのは、聖女の素質があったからだろう。
矛盾した体質だ。まあ、そのおかげで詩音を助け、国の危機すら救ったっぽいから結果オーライなんだけど。
しかし、あまりにも体が痛すぎて辛い。
「……シオンさん、説教は後です。とりあえずルナさん、ノエルさんの血を吸ってください。そうすれば自然治癒力も多少は上がるので、治りが早くなるはずですから」
「ほうはんは?」
「はい。資料を探すのに苦労したんですよ。どうやら、吸血鬼というのは血を吸う事で魔力回復や自身の治癒を行えるようです。他にも色々ありますが、今のルナさんにはこれが一番重要です」
そういえば、あの戦闘の最中で、そんなようなことを理解した気がする。
私はこくりと頷き、ベッドに上がって首筋を差し出してくれたノエルにキバを立て、ちゅうちゅう血を吸う。
やっぱり、ノエルの血は美味しい。甘くて幸せな味。身も心も癒される。
けど、なんというか、皆に見られながら血を吸うのは恥ずかしい。
しかもノエルはなぜか「んっ……はぁ……あっ、ぁああ、っあ、ご主人、様……」なんていやらしい声を漏らしているし、痛いのか私の背中に手を回して、爪を立てる勢いで服を握ってくる。
なんかノエルがエッチだ。スケベだ。いや、どっちかというと私がエッチなことしてるんだろうか?
背徳的な気分になりながらノエルの血を吸っていると、少しずつ痛みが和らいでいった。
自分でも完治には程遠いという事くらいわかるけど、だいぶマシになった。