えっ、推し先生は霊感0で怖いのはわたしだけなんですか?――姉は芸能人ですがわたしは只の現役JC、大学進学を目指して塾に通い始めたある日の帰り道。
1
わたしのお姉ちゃんは芸能人。
まだ売れていないけど画面に映える顔だし、将来は大女優間違いなし(身内の欲目)。
「ユウ、また男の子みたいな格好して。アタシよりカワイんだからちゃんとしな」
出たよ、身内の欲目返し。
「お姉ちゃんより可愛い訳ないじゃん」
まったく、わたしの姉は親バカならぬ姉バカで困る。
2
わたしとお姉ちゃんの生まれは南の島――いわゆる沖縄県の地方の市だ。
市、と言えば聞こえはいいけど、ぶっちゃけかなりの田舎。
観光するには自然豊かでいいけど、一生ここで過ごすかと想像してみると退屈で死ねる。
刺激といえる刺激は、気まぐれにやってくる台風くらいなものでその所為で多くの県民(わたし含む)は大型台風を一大イベントだと認識している。
(他県の人は信じられないかもしれないが、学校や会社が台風で休みになれば、学生はカラオケやボウリング、社会人は飲み会に繰り出すのが沖縄という土地だ)
ショッピングセンターで買い物中、某芸能事務所にスカウトされた可愛い×∞なお姉ちゃんは単身、東京へと旅立ってしまった。
残されたのはわたし1人(と両親)。
目の前に広がるエメラルドグリーンがかった青い美ら海。
風にたなびく一面のウージ畑。
一念発起。
わたしは東京の大学を受験することに決めた。
姉と違って一般人であるわたしは、自ら行動するしかない。
それに東京にはお姉ちゃんもいるし――――そうだ!
お姉ちゃんのところに転がりこませてもらおう。
3
中3の夏休みは、人生にたった1度しか訪れない中学生最後の夏休みであり、とてもとても貴重なものだ。
わたしはこの夏、その特別貴重な夏休みを塾通いに使うことに決めた。
那覇市――沖縄県イチの都会――のそこそこ有名な塾の夏期講習に申し込む。
何でも、大学受験の準備は中学から始めないと遅いという。
ちなみに、中3の夏から始めるのは、結構遅い方らしい。
間に合えわたし……。
「夏目ユウ、何でヤー(お前)みたいなフラー(おバカ)が都会の塾にいる?」
「八田尚、アンタにだけは言われたくないですー」
1人くらい知り合いがいるかもとは思っていたけど、やはりいた。
同じクラスの男子、八田尚。
お互いの名字が沖縄では珍しい内地風だから、自然とフルネームで呼び合う仲になった。
しかし、友人という括りでは断じてない。
知人、だ。
コイツはわたしと同じく、頭の作りは普通の下、野球部だ。
中学野球の最後の夏は地方予選2回戦を敗退し、引退したと聞いていたのだが――――。
「まあ座れ。すぐに小テストがある」
え、なに、この先輩面。
は? 小テスト? うそ、聞いてない。
テストは嫌い……。
4
それからというもの、わたしは毎日、超頑張った。
すっかり塾に通う習慣が身に付き、塾の近くにあるちょっとした軽食を食べられるお店も数軒把握している。
今日は補講で遅くなってしまい、遠くから通ってる安谷屋 朱里さん、八田尚、そしてわたしを合わせて3名の乗るバスが無くなってしまった。
それに、超大型台風が近付いて来ているらしく、すでに風が強く吹き始めている。
という訳で塾の先生が送ってくれることになった。
送ってくれる塾の先生は現国講師の桐生先生。
彼は顔面が良いので女子生徒から人気がある。
背も高くてシュッとして、東京からきた人ってカンジ。
かくいうわたしも割りと推しだ。
「……ということは、夏目さんのお姉さんはテレビに出たり?」
「いや、地上波はまだ……ですね。ミーチューブは少々」
桐生先生(と安谷屋さん)に姉のことがバレた。
いや、八田尚にバラされた。
八田尚め……。
これじゃ、わたし、自慢さーみたいじゃん……。
「ふーん。この車に同乗している4人中、僕を含めた3人が内地の名字で、安谷屋さんだけ沖縄名字なのか。何だか不思議だね」
桐生先生がわたしたちの名前の内地姓率の高さに着目する。
「夏目さんのご両親は内地出身なの?」
「お父さんが長野県出身でお母さんは沖縄かな」
「八田くんは?」
「うちは生粋の沖縄人」
「へえ、そうなんだ」
「お祖父ちゃんの代にワケあって改姓したみたいです」
「へえー、それは興味深いね」
「桐生先生は東京出身?」
「いや、僕は北海道」
「ほっかいどう! 北海道はでっかいどう!」
「あはは。それよく言われる」
「センセイ、東京の人だと思ってた」
「東京には一時だけかな」
「先生、Youはどうして北の国から南の国へ?」
「うーん。特に理由はないかなー。というか結構、全国制覇しているからね。今たまたまいるのが沖縄って感じかな」
5
会話の中で、安谷屋さんはわたしたちの隣の市から通っていることがわかった。
名字から分かる通り、お父さんは沖縄人なんだけど、お母さんは内地人――福岡出身の人らしい。
安谷屋さんと少しだけ仲良くなれたところで彼女は下車。
次はどうでもいい八田尚の家に寄るルートだ。
「センセー、俺の方が遠いから夏目の方を先に寄った方がよくね?」
「まあそうなんだけど、僕的にこのルートの方が効率がいいかなって」
「そんなこと言って、夏目のこと狙ってたりして」
「はぁ? センセイがわたし? ないない、こんな地味子」
「ははは。夏目さんは確かにかわいいけど、僕は教え子に手をだしても、中学生に手をだすような男ではないかな」
「高校生なら出すの!? ぅわーセンセー、ないわー」
「……」
やった、桐生先生が冗談でもかわいいって言ってくれた!
もちろん現実を思いしってるわたしは調子に乗ったりはしないのだ。
ていうか、センセイ、大人だ……。
八田尚の家はかなりの町外れだった。
藪の中の細道に入っていく。
街灯が急激に少なくなり、完全な真っ暗道になった。
八田尚によると、この細道のすぐ左側はこの土地の人たちの墓地があるという。
「センセー、帰りの道間違えないでね。町に戻るには、2つ目の右折を曲がるんだよ。1つ目曲がっても帰れるけど、墓地の中を通ることになるから気をつけて。まあ、俺は地元だから怖くないけど」
「ボチって、あの、アレ?」
「そう、アレのソレ。お墓。――先生と夏目はお墓とか怖い? 幽霊平気?」
「やめて! 別に怖くないけど、やめて!」
「悪い悪い。でもウチの連中、結構よそ者にちょっかいかけるらしいから、道は間違えない方がいいよー」
「おいやめろ」
「うそうそ冗談。キヲツケテネ」
八田尚は完全におちょくるような顔である。
本当にムカつく。
ちなみに沖縄のお墓は、内地と違って、一つ一つが小さな家のような形で大きいのが特徴だ。
中でも、亀甲墓という形のお墓は、古墳かよ、とツッコミたくなるくらい大きいものもあったりする。
こんな夜遅くに、そんな迫力のあるお墓が並ぶ道なんて、絶対に通りたくないよ。
センセイ、絶対に道間違えないでね……。
6
八田尚の家に着いた。
まあ、普通の変哲のない一軒家。
ただし、場所はヤバい。
街灯もほとんどないし、真っ暗。
こんな道、夜は絶対ひとりで歩けない!
まあ、八田尚と付き合う未来なんて絶対に来ないわたしには、まったく関係ないですけども。
「センセー、送り狼になっちゃダメよー」
「あたりまえでしょう。ほら降りた降りた」
「おい八田尚、お前死なすよ?」
「じゃセンセー、送ってくれてありがとうございました」
わたしの怒りに触れた八田尚があわてたように車を降りる。
「2つ目だからねー、間違えんなよー」
「了ー解」
「八田尚死なす。今度絶対死なす」
ニヤニヤと笑う八田尚に見送られる。
うるさいのがいなくなったので、車内が静かになった。
「センセイ、絶対ぜったい道まちがえないでね」
「言われなくても。ここが1つ目で……だから次を右折だな」
「ていうか、来た道じゃん」
「分かってる……でも分かりづらい道だな………ここが2つ目の右折だから……曲がるぞ」
「……あっ」
桐生先生の車は、どう見ても、完全に墓地に入っていた。
7
そこはどう見ても、余所の人間が足を踏み入れてはいけない場所だった。
ブワリ、と悪寒が全身を襲う。
「夏目さんすまん。これは曲がる道を間違ったみたいだな。でも確かに2つ目を曲がったのに……」
「ちょっ……センセイ」
街灯は無く、完全な暗黒。
その闇を車のヘッドライトが切り裂く。
不気味に照らしだされた沖縄のお墓たち。
中にはやっぱり、あの巨大な亀甲墓もあって。
台風を予感させる強風が、不気味に草木をうねらせる。
「ひ、引き返せないの?」
「いや、Uターンができる道幅ないから……このまま突っ切ろう」
墓地の中を通る道は、所々しか舗装されてなく、途中砂利道になったり、水溜まりが出来ていたりした。
ガタガタ揺れる。
この道、結構長いよ……。
バン! 「ひっ」
わたしが座る助手席側の窓に、何かがぶつかった。
思わず、軽く悲鳴をあげてしまう。
一瞬だったが、それは青白い人間の手のひらに見えた。
いやいやいや。きっと道にはみ出して生えている、ソテツの葉か何かだと思いたい――
車のヘッドライトに照らされる生い茂る雑草。
小さな蛾のような羽虫が飛び交う。
道の両脇には赤の他人の墓、墓、墓……。
その時、
目の前に飛び出してくる人影――――
「ひゃっ」
キィぃぃーーッッ
バンッッッ
「何か当たった?」
センセイは冷静な口調だけど、
わたしには人が当たったように見え――――
桐生先生が車を止める。
「ちょっと待ってて。外に出て見てくる」
ガチャッ
バンッ
桐生先生が車の外に出てドアを閉めた。
センセイが人をひいた?
一瞬だったけどはっきりと見てしまった。
女の人だ。
ガチャッ
バタン
「――何も無かった。木の枝か何かかな――」
「……」
8
えっ、センセイ、絶対に人をひいたよね?
ひき逃げは流石にひく……。
「……学校の制服を着た女の人でした」
「えっ?」
「……わたしには、冬服のブレザーを着た女子生徒をひいたように、見えました」
「……」
あれは確かに女子中学生か女子高生だったと思う。
それを無かったことにするなんて、ドン引きだよ、センセイ。
さっきまで結構あった桐生先生への好感度が、みるみる萎んでいく――
だけどそういえば、こんな真夏に冬服って何かヘン――――?
「ああ、なるほど……」
「何が、なるほど、なんですか!?」
さすがに温厚なわたしでも、この桐生先生の態度には怒りを覚えた。
「いや、僕、霊感? って一切無いんだよね。だから」
「……え?」
レイカン、とは。
「だから、夏目さんだけに見えたということは、もしかして……」
「……?」
「それってつまり、幽霊?」
「……はい?」
ユウレイ、……とは?
センセイ、どうしちゃったの?
「いや、前にも似たような経験、何回かあるんだよね。僕の車の助手席に乗った人だけ見えて『怖い!』って騒ぎ出して」
「……」
は?
桐生先生は何を言いたいのだろう……?
わたしが見たのが生きている人ではなく、幽霊だといいたいんだろうか……?
というか、わたしだってこれまで14年間と少し生きてきて幽霊見たこと無いし、自分に霊感あるなんて思ったことないですけど……!
「いつものヤツだとすると……」
「きゃっ」
何かをぶつぶつと呟いた桐生先生が突如、何故か車のアクセルをブオン! と踏みこんだ。
エンジンが唸り声を上げる。
……しかし、タイヤは何かにハマったかのように車は進まなかった。
「……動かないね。前と同じだ」
「……」
センセイの声は冷静だけど、空転するタイヤの音はギューン、ギュイーーン、と狂ったような激しい音を立てている。
とても嫌な音だ。
そして、焼けつくゴムの嫌な臭い。
「夏目さん。ちょっと降りて、タイヤのところを見てきてくれたりする?」
「わ、わたし、イヤですよ!」
絶対降りない!
だって、これって、心霊現象かもしれないんでしょう?
桐生先生も無茶振りが過ぎる。
でも……ということは。
センセイは、誰も車でひいたりはしていないってコトか。
密かに、ほっ、と胸を撫で下ろす。
ヘッドライトが照らす範囲だけは明るいけど、そこ以外は深い暗闇の中。
助手席側の窓から見える他人の家の亀甲墓とソテツの群れ。
と、白い服を着た女。
「ひぁっ」
白い服を着た、
両目の無い女が、
一瞬、ソテツの群れの中にいた――――
様に見えたのだが、目を凝らしてよく確認すると、
もうそこには何も見えなかった……。
「今度は何?」先生が冷たい。
きっと、恐怖心が見せた幻だったに違いない。
絶対にそう。
そう思ったその時だった。
ひとっ……
わたしの両足首が、冷たい何かに握られた。
「ひゃっ――――!?」
手だ。
異様に白い人間の手だ。
とても冷たい手だ。
というか、わたしと桐生先生以外の人間はこの車に乗ってはいない筈……
というか、助手席の下には人が存在できるスペースなど無いハズ……
悲鳴を上げても、隣りにいるセンセイは、怪訝そうにこっちを見るだけだ。
もうイヤ。
わたしが動けないで固まったままでいると、
手の持ち主が、そのまま座席の下から這いずり出てこようとしていた。
うつ伏せになっている頭が出てきた。
「ぎゃあーーーっ!!!」
女子として出してはいけない声が出てしまった。
真剣にあせる。
「いやっ……いや! センセイ、助けて! ――――!?」
本気で助けて欲しいと思ったわたしが目撃したのは、
のん気な様子で車を降りようとしている桐生先生だった。
「とりあえず、タイヤの方見てくる」
「はあああぁあ!? センセイ、かわいい生徒の、このピンチが見えないの!?」
「ごめん。僕には夏目さんがひとりで、ジタバタもがいている様にしか見えない」
「そ! それでも! ナニカが居るって感じるでしょ!?」
「ごめん、それが全く感じないんだよね――――霊感ゼロだから」
わたしは自分に起こっていることを一瞬忘れる位に、桐生先生に心底呆れた。
「……本当にサイアク」
……バタン
桐生先生は本当に、車を降りていってしまった。
こうなったら、速やかに車を動く様にしてもらいたい。
(as soon as だよ、センセイ!)
9
そうだ。
幽霊なんて実体の無い幻覚なんだから、怖いことなんて無い。
幻に出来ることなんて精々、生きている人間の恐怖心を煽ることくらいなのだ。
わたしが怖がらなければ全然大丈夫なのだ。
「まぼろし〜〜」
わたしは往年のギャグで強がってみせた。
しかし、足もとに居る存在は、
自らの存在を自己主張するように、
ゆっくりと顔を上げようとしていた。
「き゛ゃ゛ぁぁぁ゛あ゛あ゛――――っッ!?」
「夏目さん」
外に出ていたはずの桐生先生が戻ってきた。
この時、初めて自分が固く目を瞑っていることに気がついた。
あまりの恐怖に目を閉じてしまっていたようだ。
いや、半分気を失っていたのかもしれない。
「夏目さんは、今どういう状況?」
「し、知りません。目を閉じているので……」
「僕は霊感無いんだから、夏目さんが直に見て僕に伝えてもらわないと」
あくまで冷静さを保っている桐生先生に軽く怒りを覚えながらも、コクリとうなずいてみせる。
「ゆっくり目を開けて、周りを見て説明してくれるかな?」
わたしは、言われた通り、ゆっくりと目を開けた……。
「ひ、ぅっ……」
恐ろしい存在が増えていた。
1人でも十分なのに、顔をうつ伏せにしている制服姿の少女2人に抱きつかれている状態。
左側には茶髪ボブカット。
右側には金髪ツインテール。
直感で、この子たちは生きている人間ではないと思った。
そして、絶対に彼女たちの顔を見てはいけないと、理由は分からないが確信した。
2人の少女の頭頂部から首筋にかけて、異様に青白い肌が覗く。
彼女たちは冷たい真冬の日本海で泳いでいたのかというくらい冷たくびっしょりと濡れていて、抱きつかれている部分の肌からわたしの生命力が吸い取られていくようだった。
そして、桐生先生の車の前には、もう1人、少女が立っていた。
顔をうつ伏せにした黒髪ロングストレート。
さっき先生の車に轢かれた、冬服ブレザー少女だ。
その髪はこの強風でまったく揺れていない。
だから、同じ様に霊だと思う。
顔はうつ伏せになって見えない。
もちろん、彼女の顔も絶対に見てはいけない。
それらの自身に起こっている出来事を、たどたどしく桐生先生に説明した。
「……なるほどね。夏目さんはこのタイミングか……」
センセイがひとりで何かを納得したその時だった。
ゾワッ
全身の毛が総毛立つ。
外にいた黒髪ロングストレートが、車のボンネットを乗り越えて中に入ってきたのだ。
あたかもフロントガラスが存在しなかったかのように。
そして、持ち主の許可なくひざの上に乗ってくる。
びしゃぁっ
冷たい水しぶきが、わたしの顔に、上半身にかかる。
抱き着いてきた彼女の体は、全身ぐしゃぐしゃに濡れて冷え切っていた。
なのに、なめまかしく柔らかい躰だった。
濡れた長い髪の毛がわたしの顔にまとわりついてきて、とても不快だ。
そして、顔をうつ伏せにしていた3人の少女たちは、ゆっくりと顔を上げ始めた。
イヤだ! わたしは、絶対に見てはいけないハズの彼女たちの顔を見てはいけないのに……
今度ばかりは目を閉じることは許されなかった。
気絶出来ない自分に激しく絶望する。
彼女たちの顔は、間違いなく悪霊の類と確信できる面相だった。
3体の悪霊が、わたしとわたしの背後を見やり、気持ち悪い笑みを浮かべている――――
シュル
シュル
シュル
……ル
センセイ、これって、何の音?
「センセ、イ……?」
「夏目さん」
「は、はい」
「さようなら」
桐生先生の最後のひと言と同時に、わたしの息が突如出来なくなった。
「………………!!!」
わたしは手足をバタバタとさせるが、どうにもならない。
息が出来なくり、視界が赤暗くなっていく。
今更だけれど、わたしはセンセイに背後から首を絞められているのだと理解した。
「……………………!!!!!?」
3人の少女の霊が更に、グニャ〜、と嘲笑うかの様に顔を歪ませた。
「夏目さんも、彼女たちと、きっときっと、仲良くなれるよ……!」
息が出来ないのがこんなに苦しいなんて。
。
。
。
血液も首から上に行ってない。
頭の中がガンガンと、警報が鳴る様に響き始める。
。
。
。
。
完全に息が出来なくなり、意識が跳んで消えてなくなる寸前、最後の最後、わたしは自分の存在が、大量の蛇のような存在によって、暗い暗い地の底に運ばれていくように感じていた。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
。
暗い。
怖い。
わたし、悪霊になんて、なりたく、ないよ――――
10
「夏目ユウ、生きてるか」
「……八田尚」
台風一過。
雲ひとつない真っ青に澄んだ夏空が、目に優しい。
わたしは悪霊にならなかった。
生きていた。
なぜか八田尚のご先祖のお墓の中にいたところを助け出された。
よりによって、八田尚なんかに。
「ご先祖様の霊が夏目をあのヘンタイ講師から護ってくれると思った」
亀甲墓から助け出された時、わたしの全身は死者の髪の毛に覆われている状態だった。
わたしが蛇だと感じたのは、この髪の毛だったのかもしれない。
髪の毛の持ち主は、八田尚のご先祖の女性だった。
なんでも、沖縄ではかつて死者が火葬ではなく、死者の腐敗していく体を何度も海で洗って埋葬する風習があり、お墓に埋葬された死体には髪の毛や頭皮などが残っている場合があるらしい。
わたし沖縄生まれなのに初めて知りました……。
わたしがソテツの群れの中に見た白い服の女性の霊が、もしかして……。
「しかし、まさかのまさか、桐生センセーが殺人鬼だったとはね。精々、夏目の体目当てだと……」
今、まさかのまさか、このわたしは、八田家に上がりお風呂を頂いた後に麦茶までご馳走になり、ご両親にまで挨拶してしまっていた。
「うちのご先祖、若い女の人を変質者から助けた実績が何度もあるらしかったんだけど」
「……へぇー……」
「今回の相手が殺人鬼というのは、きっと、ご先祖様も驚いたろうなー……」
「……きっと、そうだろね……」
八田尚とわたしは、この事件の後にすぐに、心霊現象のくだりを伏せて、塾と警察に桐生先生のことを訴えたのだが、桐生先生はこつ然とわたしたちの前から姿を消してしまっていた。
警察が調べて判明したことを少し教えてもらえたのだが、桐生先生という人物は、今まで名前を変えながら全国で活動していたフシがあるらしい。
そして、その周りで行方不明になった女子生徒が、何人かいるかもしれないらしい。
犠牲者の数は、わたしの予想だと最低3人はいるのではなかろうかと思ふ……。
それにしても。
悪霊となってしまったあの3人の女子生徒たちは、3人ともが、芸能人をしているわたしのお姉ちゃんに匹敵するような美少女だった。
桐生先生は恐るべき殺人鬼ではあったが、それと同時に女性の趣味が抜群に良かったのだ。
ということは、その桐生先生の犠牲者になりかけたわたしって、もしかして……
「もしかして、わたしって、お姉ちゃん位にカワイイ?」
わたしが、鏡に向かってゲヘヘ、と気持ち悪い声を立てて微笑んでみせていると、スマホに着信があった。
姉だ。
心配させてお姉ちゃんの芸能活動に支障が出ては不味いので、今回の事件はまだ報告していない。
いつもの様に、姉は自分に起こった出来事を話したくて仕方がない様だ――――
『――でさ、バカすぎて家庭教師にきてもらうことになった。事務所の社長命令』
「そうなの? お姉ちゃんウケる」
『まずは中学生レベルからって。酷いでしょ』
「いや、社長氏、ナイス判断」
『あっ待って』
コンコン『失礼しますー』
えっ、この声聞いたことある……!?
『例のカテキョ氏来た』
「えっ、えっ、今の声の人?」
『じゃあ、切るね』
「あぁっ、お姉ちゃん、ちょっ……」
ブチッ
ツーツーツー……
ちょっと待って、のセリフを待たずに、姉が電話をブチ切りした。
――えっ、えっ、うそうそうそ。
こんなことって、ある?
お姉ちゃんの新しいカテキョが、桐生先生ってことが……!?
焦ったわたしは、急いでお姉ちゃんに再コールする。
『この電話は電波の届かないところにあるか、電源が入っていません……』
うそでしょっ!?!?
慌てて、姉のマネージャーさんにも電話を掛ける。
『どうしたのユウちゃん、そんな世界が終わりそうな声出して』
わたしは、姉の新しいカテキョが連続殺人犯かもしれない、姉の楽屋に急いで向かって欲しい、と訴えた。
『それはムリよ』
「えっ、どうして」
『だって』
『私、もう、彼に殺されているんだもの』
〜fin〜