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契約

「と、言うわけで連れてきたのじゃ!」

「何がというわけでですか……」


 こめかみを押さえる宰相を見て顔をしかめそうになったが、何とか踏みとどまる。今の我は機嫌がいいのじゃ。


 今朝人間国の王城から掻っ攫ってきた王女の方へ振り返り、その容姿をまじまじと見る。腰まで伸びた金髪、やる気のなさそうな半開きになった目、我の特徴と合致する。唯一違うところと言ったら、我が翠眼なのに対してこやつは碧眼であることか。

 宰相の言っておった通り似ているのぉ。双子と言われても納得するぞ。


「宰相よ、そうカッカするでない。こやつにはちゃんと説明して了承を得ておる」

「本人には、でしょう?」

「問題なかろう。本人がそう言っておるのだから」


 宰相はひとしきり文句を言い終わると王女の方へ視線を向ける。一呼吸おいて冷静になったようじゃが、なんか疲れがにじみ出ておるのぉ。


「王女殿下、我が国にようこそいらっしゃいました。ご挨拶が遅れてしまい申し訳ござません。私は宰相を務めております、アルフィーと申します」

「ご丁寧にありがとうございます。私はアシーナ・ブライアント。第三王女ではありますが、わけあって公的には男爵令嬢で通しておりますのでそのようにご対応頂きたく」

「畏まりました。ブライアント嬢とお呼びしても?」


 宰相の問いかけに了承の意を示すアシーナを眺めていると二人の視線が我に向く。ああ、我の番か。


「我の名はティターニア。ティーでよいぞ。畏まった呼び方は好きでないからの。アシーでよいか?」

「どうぞご随意に」


 この小娘ちょいと固すぎんか? 固いのは宰相だけでよいのじゃが。

 そう思いつつも早速宰相と仕事の話をしているアシーを見て、ちょっぴりご機嫌になる。

 これで仕事が少しでも片付くのであれば、儲けもの。我の頭の中は既に未だ見ぬ自由時間の算用で占められていた。この後、この娘にどれだけ振り回されることになるのかも知らずに。



「嘘じゃろ。あれだけあった書類が半日で片付いたぞ」


 我は想定以上の成果にかなり動揺していた。

 それというのもアシーナがやってきて半日、昨日まで一日かけても積み上がっていた書類の山がきれいさっぱりなくなっていた。

 雑用を任せるだけのはずだったんじゃが……。

 まあ、まだそれだけなら気持ちを落ち着けるのも簡単じゃった。問題はその後じゃ。


「ねぇ、ティー。貴方ってどのくらい強いの? 噂では人間国を相手に一人でも圧勝しちゃう程って聞いたのだけど。ああ、今からその強さを味わえるなんて、私って幸運だわ」


 誰じゃ、このマシンガントーク女。めっちゃキラキラした笑顔で話しかけて来るんじゃけど。

 さっきまでのやる気のなさそうな表情はどこへやら。

 我が明後日の方を眺めている間にもアシーの語りは続く。


「ふふっ、この魔法の契約書があれば、致死量のダメージだったとしても回復するなんて……。アルフィーさんには感謝ですね。こんなもの人間には到底用意できませんし。……やばいわ。興奮してきた……」

「やばいのはお主じゃ……。まあ、仕事の手伝いを持ちかけた時に気づけんかった我もどうかしておったが」

「普通の令嬢は模擬戦をさせて欲しいなんて口にしませんよ。ティーはうっかりさんですね」

「どの口がそれを言うておるんじゃ」


 というわけで我らは今、中庭で剣を片手に相対していた。我が妖精術を使用すると戦いにすらならない為、こうしてアシーと同じ武器にしたのじゃが……。体動かしたくないのぉ。


「それじゃあ、行くよ!」

「!?」


 心の準備も出来ていない状態で我はアシーから開始宣言が叩きつけられる。その宣言と共にアシーは我目掛けて駆け出しており、完全に不意を突かれた形となった。

 アシーが逆袈裟に振り上げた剣を我は反射的に出した剣で…………弾き飛ばした。

 は?


「嘘……私の渾身の一撃が……」


 アシーはかなり動揺しているが、こちらはそれ以上だ。

 弱すぎる!

 いくら我が強いと言っても反射的に突き出した剣で弾き飛ばせるとかありえないじゃろ。

 そこまで考えてふと思い至った。


「アシー、剣は誰に習っておる?」

「嫌だな、ティー。私に剣術教えてくれる人なんていないよ。私、王女だし」


 そうじゃったー! こやつ、王女、しかも十歳ではないか。

 模擬戦を所望してきていたからてっきり一般兵くらいの実力だと勘違いしておった。ど素人ではないか。

 身構えた我がバカじゃった。これがあの書類仕事の対価と考えると安すぎて逆に申し訳なってくるわ。

 そんな考えを見透かしたように王女が我に話しかけて来る。


「それじゃ、次やりましょうか!」




 それからどれだけ時がたっただろう。気づけば、辺りは暗くなっている。

 中庭には未だ金属がぶつかる音が聞こえている。


「もう一回!」「もう一回!」「次!」


 音の原因をたどると滝のように汗を流す王女と死んだ目で応対する女王の姿があった。


「なあ、もういい加減やめんか? お主も疲れたじゃろ?」

「いいえ、まだです! こんな機会めったにありませんから! 何回でも良いって言ったのはティーですよ」

「確かに言ったが……」


 誰もここまでするとは思っておらんよ!

 実力差がこれだけはっきりしているのに勝負を挑んでくるアシーに我は気圧されていた。

 早くお家帰りたい……。


「ああ、もう! 次で最期じゃ!」

「そんな約束が違うじゃないですか!」

「これだけ実力差があるのじゃ。諦めい。その代わり、次お主が勝負に勝てば、お主と契約してやる。その上で強くなれば再戦してやる」


 再戦という言葉を聞いたあたりでアシーの肩がびくりと跳ね上がった。

 かかった!


 そもそも勝つことが条件にある時点でこの賭けは我の勝ちじゃ。アシーもこの状況ではただの打ち込みにしかならないことは理解しているじゃろう。再戦というのはこの上なく魅力的に違いない。

 こと戦闘においては短絡的になるのはこの半日で把握済みじゃ。

 後は勝った後に適当な理由をつけて契約をし、継続的な手伝いを手に入れる。これであれば、この面倒な作業も終わり、以降の仕事も終わる。完璧じゃ。


「わかりました。次で決めます」

「それじゃあ、始めようかの!」


 了承が返ってきた為、我は漸くこの地獄の時間が終わると安堵する。そのことに気付くと途端に家が恋しくなってきた為、我は今日初めて自分から打って出た。

 怪我をさせないよう剣に狙いを定めて神速の剣を横薙ぎに払う。


 狙い通り剣が彼方へと吹っ飛んでいき、思わず笑みを浮かべてしまう。


「これで我の勝ち……」


 その瞬間、我は逆袈裟に斬られていた。ぐふぇ、と倒れこむ我の前にアシーが立ち、覗き込みながら笑顔を向けてくる。


「私、使用する剣は一本なんて言ってないですよ?」

「く……そ……ガキ……」

「これで私の勝ちですよね?」


 正直、少女の力で斬りつけられた傷程度どうということもないのだが、アシーの満面の笑みを見ていると毒気が抜かれてくる。


 溜息とともに全身から力を抜き、妖精術で傷を回復する。その様子にアシーが若干緊張した面持ちとなるが、追い打ちをかけようとはしないところを見るとこちらの戦意がないことに気付いているのかもしれない。


 斬られた腹いせに少し黙ってやったが、我も早く帰りたい。呼吸を落ち着けたタイミングで返事をする。


「お主の勝ちでよいぞ。ほれ、近う寄れ」

「?」

「今日が終わってしまえば、来年になるぞ?」


 アシーが契約のことだと気づき、警戒を解いて勢いよく我に寄って来る。我がアシーの額に触れると指先から淡い光が広がっていきアシーの体を包み込んでいく。


 アシーが目を丸くしてその様子を眺めていたが、やがて光は闇夜に溶けていった。それを確認して手をグーパーしていたが、恐らく体に変化はないじゃろう。我の加護は最初使い物にならんからの。


「あの、これ何が変わったんですか?」

「そうじゃのぉ……。試しにさっき我がやった妖精術を思い浮かべてみぃ。その手の血豆は直せるじゃろ」

「人間は妖精術を使えないのでは?」

「いいからやってみぃ」


 半信半疑のアシーは首を捻りながら手に視線をやり、目をつぶって集中を開始する。アシーから淡い光が立ち上り始めた直後、アシーの体にあった傷が塞がり始める。アシーが目を開けたころにはすっかり血豆も消えており、我と自分の手へ視線を交互に向けている。そんな彼女に我が説明を入れる。


「我の加護は一度見た妖精術を使用可能にするというものじゃ。使用できると言っても熟練度は使っていないと上がらんがな」


 驚いて言葉が出てこないアシーに我は一呼吸おいて言葉を続ける。


「これでスタートラインには立ったじゃろ。せいぜい我が楽しめるくらいには強くなるのじゃぞ、暴れ姫」


 この日、妖精女王ティターニアの初めての契約者が誕生した。

 余談であるが、それを知った宰相アルフィーは胃痛で倒れたらしい。

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