そうじゃ、入れ替わろう!
「嫌じゃ、嫌じゃ! 何故我がこのようなことをせねばならぬ!」
「女王陛下……貴方そのセリフ何百年言えば気が済むんですか」
溜息交じりに苦言を呈すのは我が国の宰相。中央で分けられた髪に、フチの太いメガネという真面目一辺倒の容姿はこの妖精国で彼以外いない。
容姿通り堅物なのでサボることすら許されん。若いくせに頭が固いとか大丈夫か、こやつ?
「何か失礼なことを考えてらっしゃいますね?」
「あー、はいはい我が悪かったですよー」
「はぁ……、いつもの事とはいえ、いい加減疲れてきますね」
「じゃあ、止めればいいと思うのじゃが」
「お互い様ですよ……」
二人して見上げるは書類の山。先ほどの発言から我が仕事をしていないように誤解されるかもしれないが、それは違う。さっきからずっと手はちゃんと仕事をしているのじゃ。
じゃあ、何故書類の山があるのか。
トラブル報告が多すぎる!
「いくら悪戯好きの妖精が住む国とはいえ、日に百件は多すぎんか? これでも報告の基準レベルはかなり上げておいたはずじゃろ?」
「仕方がありませんよ。人間との契約で力を得た若者が最近多いですからね」
妖精は人と契約することで加護を授ける代わりに力を得ることが出来る。契約者の素養にもよるが、素人がトップアスリートになるような変化もあり得るという話だ。
そりゃ、調子にも乗るわな。
「これでも良くなった方でしょう。人間国に我々の存在が知られた当初、至る所で契約が行われていましたから」
「そのせいで治安も悪くなっておったからの。主に人間国側じゃが」
「人間の王が妖精祭を提案してくれなければこちらも危うかったですよ。決まった日しか契約してはならないなんて法、我々の感性からは思いつきませんから」
「基本妖精は自由人じゃからの……」
おかしいな、我も自由人のはずなんじゃが……。
「女王陛下。そこは考えないようにしましょうよ。私達がいないとこの国成り立ちませんよ」
「人の心を読むな。その余裕があるなら仕事を早く終わらせろ」
その後黙々と仕事を続け、気づいた時には朝日が差し込んでいたはずの執務室が夕日で赤く染まっていた。宰相も周囲の様子に気づいたのか死んだ魚のような目で虚空を見つめていた。
そんな宰相の様子を見て思ってしまった。『ああ、これダメじゃのぉ』と。
そこでふと我は以前宰相が言っていたことを思い出し、ニヤリと笑みを浮かべる。妖精の感性も、いや、我の感性も良い案を出すではないか。
「宰相。お主以前、我に似た人間が王族にいると言っておったよな? しかも、とびっきり賢いのがいると」
「ええ、はい。何でも今年十歳になる第三王女が千年に一度の天才だとか」
我の問いに宰相が肯定を示す返事をしたのを確認し、頭の中で計画の具体案を思考する。
人間は妖精より成長が早いという違いはあるが、パッと見た感じ種族の区別はつかん。妖力が具現化した羽があればすぐに分かるじゃろうが、あれは出し入れ自由で基本的には出していない方が多い。
つまり容姿が似ているのであれば、我と入れ替わっても問題ない。頭の良い人間に仕事をさせれば、この書類の山も片付くかもしれん。
「よし、我は明日人間国側に行ってくるから、仕事の方は任せたぞ!」
そう言って我は執務室を飛び出した。都合よく明日は妖精祭。今年十歳となるならば契約しても問題なかろう。
後はいい感じにチェンジリングすればよかろう。
ニシシと笑いながら駆けていく我に宰相の言葉は届かなかった。
「絶対に止めてくださいよ! その王女、天才ですが問題児……って聞いてますか! お願い連れてこないで!」
こうして妖精の女王と人間の王女のチェンジリングが始まったのである。