余命三年の悪役令嬢に転生しました
私──エリザベータ・ウェストウィックは唐突に思い出した。いや、思い出してしまった。この世界が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界だということを。
私に前世がある、と気付いたのは七年前、五歳の時だ。しかし、そのときはここが乙女ゲームの世界だという事実には思い至らなかった。
そんな私がどうして乙女ゲームの世界だと気づいてしまったのか。それは父であるウェストウィック公爵との会話にあった。
『そういえば、エリザベータは来年から王立学園に通うんだったな』
『王立学園……ですか?』
『あぁ、貴族の令息令嬢が交友を深めるための学園だ』
その言葉を聞いて、飲んでいた紅茶を吹き出さなかった私を褒めてほしい。まじで。
だって、お父様の言った『貴族の令息令嬢が交友を深めるための学園』というフレーズは、乙女ゲーム『LOVE SCHOOL』のロード画面に出てくる説明文とまっっったく同じなのだ。
そして、そそくさと自室に戻り鏡をじっと見つめ──エリザベータ・ウェストウィックという悪役令嬢を思い出したのだ。
ゲームでのエリザベータは一言で言ってしまえば性悪女だ。美しいはずだった銀髪をゴッテゴテの縦ロールにし、美しいはずだったアメジストのような瞳を吊り上げた、いかにも悪役令嬢という見た目をしていた。
手には華美すぎる装飾を施した扇子を持ち、高笑いを響かせる。そして、ヒロインをいじめたおすのだ。
しかし、今ここにいるエリザベータ、もとい私は悪役令嬢っぽくはない、と思う。銀髪は緩く波打ちながら輝いているし、銀色のまつげに彩られた瞳はアメジストのようにキラキラしている。まぁ要するに美女だ。ゲームと違いすぎて気がつかないのも仕方ないだろう。
あぁ、これは大変なことになった。なんてったって、私は『LOVE SCHOOL』を真面目にプレイしていた訳ではないのだ。
前世の私は十七歳で死んだ。普通に女子高生だった私は普通に下校してたら普通に(?)トラックに轢かれて死んだ。
そして、死ぬ前日までプレイしていたのが『LOVE SCHOOL』である。乙女ゲームには全くと言っていいほど興味がなかったが、親友に誘われて渋々プレイし始めた。
確かに面白かった。面白かったけど、激ハマりというわけではない。だから細かい要素なんて覚えてない。キャラの名前を覚えるだけで精一杯だ。
はぁ……考えすぎて頭痛くなってきた。もう寝る。うん、それがいい。
「頭が痛いから少々横になることにするわ」
私は侍女のソフィアに声をかける。ソフィアは私が小さい頃から世話をしてくれている、男爵家出身の侍女だ。王立学園には侍女を一人連れていけるらしいから、私はソフィアを連れていくことになるだろう。
そんなことを考えながら私は目を閉じる。考えるのは止めた。頭が痛くなるだけだしね。
「かしこまりました。お嬢様」
ソフィアの声を聞きながら夢の世界へと潜っていく……そして、起きたら人がいっぱいいた。なんで?
よく見たら、白衣を着ている人が多い。てことはお医者さん?え、なんで?
ふと、眉尻を下げて私を見ているソフィアが目に入った。あぁ、なんとなく察してしまった。
恐らく、ソフィアは私が頭痛で休んでいることを誰かに報告したのだろう。そしてそれがお父様に伝わり、医者を呼んだ。いや、過保護すぎない?
だけどこうなったら仕方ない。お父様は「大丈夫」と言っても聞かないのだ。ちなみにお母様も過保護だ。それから半年、定期的に診察を受けることになった。流石に過保護すぎでは?
半年後、今日も大人しく医師の診察を受けていると、何故か急に顔色を変えた。なんかすっごい青白くなってる。え、死なない?大丈夫?
私が心配そうに見ていると、医者は鞄から輪っかを取り出した。そして、それを私の手首に嵌める。真ん中に宝石のような物が付いているから、見た目はただのブレスレットだ。
少し待っていると、白かった宝石が禍々しい紫色に変化する。恐らく魔道具なのだろう。しかしこの変化が何を意味するのかまではわからない。そして、次に棒状の何かを取り出した。前世で言う金属探知機みたいな見た目だ。それを私の体に翳すと、胸の辺りでビー、ビーという音がなった。
すると、医者が沈痛そうな面持ちでゆっくりと口を開く。
「……恐らく、お嬢様は『魔力詰まり』を起こしています。並よりも遥かに多い魔力を持った人が稀に起こす病気です。治療方法は無く……余命は、三年程かと」
誰かが息を呑んだ音がした。ソフィアか、いつの間にか見に来ていたお父様か、それとも他の人か。けど、そんなのどうでもいい。だって、私は今、ものすごく混乱しているから。
『並よりも遥かに多い魔力を持った人』って、どういうこと?私、エリザベータは魔力が並よりも遥かに少ないはずでは?心当たりは……うん、あるね。ごめん、あったわ。
多分だけど、前世の記憶を思い出したことで、魔法に興奮して使いまくったことが原因だ。確かに、昔は魔法を一つ二つ使っただけで魔力切れの症状が出てた。でも、最近は大魔法も使えるようになってる。つまり、あれだ。魔力は幼い頃が一番増えやすい、っていうありがちなあれだ。
おい、昔の私何やってんだ。魔力を増やすだけならいいけど、増やしすぎて病気になってるんだが?
「なんてことだ……エリザベータ……」
「お嬢様……」
色々と考えてたらお父様とソフィアが涙を流して嘆いている。あぁ、そろそろこの先のことを考えなければ。
「お父様、そんなに悲しい顔をしないでくださいませ。大丈夫です、あと三年ありますわ。わたくしは、簡単には死にませんわよ?」
思考は前世とあまり変わっていないが、外面だけは立派な公爵令嬢だ。いたずらっぽく笑いながら、私はお父様を諭す。
「三年あれば、学園に最後まで通うこともできますわ」
「学園に通うのか? 静かに過ごしたかったら通わなくてもいい」
あ、通わなくてもいいんだ。でも、あのゲームのストーリーが現実で見れるのなら私は学園に通いたい。寮に入ることになるから親不孝かもしれないけれど、優しいお父様とお母様なら許してくれるはず。
「いいえ、わたくしは学園に通いますわ……親不孝ですが、どうか許してくださいませ」
「いや、親不孝なんかじゃないよ。わかった。エリザベータが通いたいと言うのなら、私たちは喜んで送り出す」
お父様は優しく微笑んで、私の頭を撫でてくれた。子供扱いされてる?もう十五歳なんだけどなぁ。
王立学園に入学するまでの三ヶ月間、私は色々な準備をした。まずは制服。ゲームでも見たけど、学園の制服はどちゃくそ可愛い。
全体的に白を基調としていて、金の縁取りがある白ブレザーに、同じく白のプリーツスカート。スカートは貴族の通う学校にしては珍しいミニスカートだ。私的にはその方が着なれてるからありがたい。ちなみに、シャツとリボンは自由にアレンジしても良いそうだ。
次に荷物の整理。私はこれでも公爵令嬢だから、寮の中でも特に広い部屋が与えられるらしい。だから、小物どころか家具も持っていける。でも私は内装とか気にしないから持っていく物に特筆する物はない。
そんなこんなで、三ヶ月はあっという間に過ぎていった。そして、今日は待ちに待った入学式。顔には出さないようにしてるけど、緊張しすぎてヤバイ。なんてったって、ヒロインも、五人の攻略対象達も、みんな同じ学年なのだ。
年上キャラとか年下キャラとかいないんだ!?って最初は思ったなぁ。
ゲームと変わってなければ、私たちの学年は六クラスだ。A~Fクラスまであり、Aクラスには私とヒロイン。B~Fクラスに攻略対象が一人ずつ配置されている。ゲームでは、一日一回別のクラスに遊びに行けて、そこで好感度が稼げた。
ちなみに私はいつもBクラスに行っていた。何でかって?そんなの、『推し』がいるからだ。その『推し』こそが──
「この王立学園で楽しいひとときを、皆さんと過ごしていけたらと思います」
今、ステージの上で新入生代表の挨拶をしている、この国の王太子、ラファエル・クロード・ロンズデールだ。
金髪碧眼の超絶美少年、これこそが王子様って感じの人物だ。こんなの推しちゃうでしょ。ガチ恋一歩手前くらいまでいっちゃうでしょ。
ってあれ?もう入学式終わった?ま、いっか。
確か次は自分のクラスに行くんだったか。いやぁ、ヒロインちゃんとご対面かぁ。入学式よりも緊張するかも。
めちゃくちゃ綺麗な廊下を歩きながら、私はAクラスへと向かう。一応確認したけどヒロインや攻略対象含め、私たちのクラスはゲームと変わっていなかった。
私はふぅ、と息を吐いてから丁寧に扉を開ける。うわぁ、みんなこっち見てるじゃん。そりゃあ公爵令嬢だもんね、見たくなるよね。
私は出来るだけ周りを見ないようにして自分の席まですたすたと歩く。そして、ゆっくりと席につく。すると、私は斜め前に見覚えのある姿を見つけた。珊瑚色のふわふわな髪をハーフアップにした少女。後ろ姿だけでわかる。この子は可愛い。だって、ヒロインなんだから。
『LOVE SCHOOL』のヒロイン、メアリー・クレメール。平民だったが、魔力が途轍もなく多いためクレメール男爵家の養子になり、この学園に入学した。そして、まだ本人は知らないだろうけど、すごく珍しい光属性を持っている。
そんなメアリーは、主人公補正によって攻略対象と共にハプニングのオンパレード。一年生終了後のルート分岐でラファエルを選んだ場合、エリザベータにぼっこぼこにされる。肉体的にじゃなくて精神的にだけどね。
ちなみに、それ以外を選んでもエリザベータにぼっこぼこにされる。もちろん、ラファエルルートよりは控えめだけど。
でも、私はメアリーちゃんに意地悪なんてしない!だって可愛いじゃん!
ゲームと違って私はラファエルと婚約してるわけでもないし、何の障害も無いよ!頑張って!
……ラファエルルートに行ったら一人で泣いちゃうかもしれないけどね。だって推しだし。でも今の私って三年後に死ぬ予定なんだから、どう転がっても婚約は結べない、又は解消されてたのでは……?
と、色々考えてたらホームルームが終わってました。てへっ。
「今日は初日なので早めに解散です。また明日」
担任がそう言うや否や、クラスの皆はガヤガヤしだす。よーし、私もメアリーちゃんのとこに行っちゃおうかな~?って思ってたら令嬢三人組が私の机にやって来た。
「ごきげんよう、ウェストウィック様」
そのうちの一人が私に声をかける。この人は確かセリーヌ・レオタール伯爵令嬢だ。見たことある。ていうかゲームに出てきたモブだ。具体的にはエリザベータの取り巻きだね。
「ごきげんよう、レオタール様。どうかしまして?」
おっと、話すのがめんどくさすぎて冷たい言い方になっちゃったかな?まぁ、この子達のメンタルの強さだけは尊敬できたから、たぶん大丈夫。
「わたくし達、初めてお見かけしたときからウェストウィック様とお友達になりたいと思っておりましたの」
「まぁ、嬉しい。わたくしも是非お話したいと思っておりましたわ。でも、もう一人お話したい方がおりますの。動いてもよろしくて?」
言外に「邪魔だからどいて?」という意味を滲ませながら私は席を立つ。セリーヌ達は言葉の意味を読み取れるようで良かった。ぎこちない笑顔でどいてくれてる。やったね。
私はセリーヌ達には目もくれず、帰りの支度をしているメアリーに話しかける。
「ごきげんよう、クレメール様」
「え?」
メアリーちゃんは私が話しかけてきたことに驚いてるっぽい。身分がめちゃくちゃ上の人に話しかけられたら誰だってびっくりするよね。
メアリーちゃんは私がウェストウィック公爵令嬢だって気付いたみたいで、顔からどんどん血の気が引いていく。
「うぇ、ウェストウィック様……!?」
「あら、びっくりさせてしまったかしら? 急に声をかけてごめんなさい」
「い、いえ、謝らないでください!」
メアリーちゃん、すっごいあわあわしてる。可愛い。つい、「ふふ」と笑みがこぼれてしまう。
「ねぇ、クレメール様。良ければわたくしとお友達になってくださらない?」
「わ、私と友達ですか!?」
「嫌、ですか……?」
私が上目遣いでメアリーちゃんを見ると、メアリーちゃんはぶんぶんと首を横に振った。
「嫌だなんて、そんなことないです! ぜひ、よろしくお願いします!」
「まぁ、嬉しい!」
セリーヌに言ったのと同じ言葉だけど、さっきよりも強く言う。だってメアリーちゃん可愛いもん。
「そうだ、わたくしのことはエリザベータとお呼びになって?」
「エリザベータ、様?」
メアリーは確かめるようにそう言って、へにゃっと笑う。私もついだらしない笑みをこぼしそうになった。危ない危ない。
「あ、ならエリザベータ様もぜひメアリーと呼んでください!」
「えぇ、メアリー様」
心の中で「メアリーちゃん」って呼んでるから、実際にそう呼びそうになっちゃった。気を付けないとね。でも、メアリーちゃん可愛いからいつか呼んじゃいそう。
めでたく仲良くなった私たちは寮まで一緒に戻ることにした。そして、二人仲良く廊下を歩いていたらラファエルがいた。これが主人公補正ってやつ?すごいね、メアリーちゃん。
私はついラファエルを見つめてしまう。現実で見るとなおかっこいいなぁ。笑顔で駆け寄ってくるとか可愛いかよ……。って、え?
「エリザベータ、久しぶりだね」
「まぁ、ラファエル様。お久しぶりですわ」
動揺せずに返事できた私を褒めてほしい。いや、動揺はしてたわ。それにしても、何その笑顔!? 私のこと殺しに来てるよね!?
「そちらの令嬢は……?」
ラファエルがメアリーちゃんの方を見てる。一目惚れかな?うーん、まだ判断できなさそう。
「メアリー・クレメール様ですわ。わたくしのお友達ですの」
きゃー!お友達って言っちゃったー!
私が心の中で叫んでいると、メアリーは慌ててラファエルに頭を下げる。
「は、初めまして! メアリー・クレメールです」
ここはお辞儀じゃなくてカーテシーが正解だけど、可愛いから許す!可愛いは正義だね!
「それじゃあ、僕は失礼するよ。また今度」
「えぇ、ごきげんよう」
突然の出会いでびっくりしたけど、会えてよかったなぁ。だって推しだし。ていうかもはや好きなのかもしれない。これがガチ恋ってやつ?まぁでもここは一応三次元だよね?ならいいよね?
こうしてラファエルと出会ってからというもの、ラファエルと関わる機会が多くなった。よって、私の好きが積もっていく。今からでもラファエルと結婚できる未来にならないかなぁ?……うん、無理だね。仕方ない。
それにしても、ラファエル以外の攻略対象と全くと言っていいほど会わないんだけど。つまり、メアリーちゃんはラファエルルートに入ったってこと?でもメアリーちゃんはそういう素振り、全然無いんだよ。むしろ私とラファエルが話してるところをじーっと見ている時が多いような……?
メアリーちゃんと仲良くし、ラファエルとも仲良くし、セリーヌ達は避けながら過ごしていたら、一年生が終わっていた。なんで気づいたら終わってるんだろうね?
そして、二年生。クラス替えは無いから今年もメアリーちゃんと同じクラスだ。やったね。
二年生になってからも、私はメアリーちゃんとほんわかした毎日を過ごしていた。そう、病気のことを忘れてしまうくらい。
ねぇ、知ってた?嫌な事っていうのは忘れた頃にやってくるんだ。
私とメアリーちゃんは、移動教室のため足早に廊下を歩いていた。その日は朝から頭が痛かった。ソフィアには心配されたけど、頭痛だけだったから大丈夫かなって思ってしまったの。
そしたら、気がついたら私は倒れてた。頭がぐわんぐわんして、メアリーちゃんの顔が歪んで見える。
ごめんね、そんなに悲しい顔をさせて。あぁ、メアリーちゃんにこんな顔させたくなかったなぁ。
そして、私の意識は暗転した。
私の病気、通称『魔力詰まり』はその名の通り体内の魔力が固まって詰まってしまう病気らしい。最終的には目眩、吐血、昏睡状態になるなど、様々な症状が出るそうだ。しかし、初期は特に症状はないため早期発見が難しいらしい。
私が早期発見できたのは、お医者さんが私の魔力のちょっとした乱れに気付いてくれたから。それも、毎週見てたからわかったんだって。こればかりはお父様の過保護にも感謝しなきゃだよね。
私が倒れてから一週間が経った。正直、一週間も休む必要はないと思ったけど、ソフィアがダメって言って聞かなかった。というわけで、渋々一週間休んだ。することなくて暇だった。
それから一ヶ月、二ヶ月と経っても、病気の症状が出ることはなかった。でも、三ヶ月経ってからはポツポツと体調が悪い日が増えてきた。
学園も休みがちになり、メアリーちゃんが心配して自室までお見舞いに来てくれた。それが嬉しくて、ずいぶん遅くまで話し込んでしまった。次の日は起き上がるのも難しいくらい頭が重かったけど、メアリーちゃんが来てくれたことを思い出したら元気が出た。
それから一週間後、久しぶりに学園に行ったらラファエルに呼び出された。ラファエルは頭がいいから私がもう長くないってことも薄々気付いてるんだろうなぁ、なんて思いながら待ち合わせ場所に向かう。
ラファエルが待ち合わせ場所に選んだのはもうほとんど使われていない第一中庭だ。その中庭の中央にある噴水にラファエルはいた。
「ラファエル様、お待たせしてしまいましたか?」
「いや、僕も今来たところだよ」
ラファエルはそう言うと噴水に腰かけた。そして、横をトントンと叩く。座って、という意味だろう。私はラファエルの隣に腰かけた。噴水からはもう水は出ていない。だから水がかかることはないけれど、何故か少し寂しくなった。
「あのね、エリザベータ。僕は君のことが好きだ」
うん、知ってた。私は鈍感じゃないから、ラファエルの気持ちなんてとうに分かってたよ。でも、気付かないふりをしていたの。私は貴方と幸せに生きることは出来ないから。
私だって、貴方のことが好きだと言いたい。けどそれを言ってしまったら、生きたいって思ってしまうから。
「わたくしは──」
「言わなくていいよ」
きっと、ラファエルも私の気持ちに気づいてる。私がラファエルを振るつもりでいたことも。
それをわかった上でラファエルは好きだと伝えたのだ。ねぇ、ラファエル。どうして、こんなに好きにさせるの?どうして、私の感情を溢れさせてしまうの?
私の頬を何かがつたっていく。おかしいな。泣くつもりなんて、なかったんだけどな。
抑えきれない嗚咽がこぼれ出す。そして、ラファエルは私を腕の中に閉じ込めた。なんて温かいのだろう。本当に、貴方は──
「……優しすぎますわ」
震える声で、私はそう呟いた。
それから、私が学園に行くことはなかった。頭痛や目眩のみならず、血を吐くことも多くなったのだ。
メアリーちゃんやラファエルは三年生に進級した。メアリーちゃんは三年生になってからもちょくちょくお見舞いに来てくれる。でも、私はメアリーちゃんを部屋に入れなかった。だって、痩せこけた醜い私の姿を、見せたくはなかったから。
そして、私は眠る。前よりも寝ている時間が多くなったとソフィアは言う。丸一日起きない日もあるそうだ。
今回はどれくらい寝たのかな。ソフィアやお父様、メアリーちゃんやラファエルが泣きそうな顔で私を見てるから、きっと、うんと長く眠っていたのだろう。
メアリーちゃんが何か叫んでる。でも、聞こえない。聞こえてるはずだけど、それが言葉として頭に入ってこないの。
これじゃあ、前世と同じじゃないか。誰にも何も言えぬまま、十七歳で死んでしまうの?そんなの、嫌だ。
気がついたら、私は泣いていた。あぁ、また人前で泣いてしまった。私は公爵令嬢なんだから、こんな姿を見せちゃいけないのに。
すると、メアリーちゃんも涙を流し始める。その涙は私の胸元に落ちて、消えていく。ただそれだけのはずだった。
メアリーちゃんの涙が落ちた場所がキラキラと輝き始めた。それと同時に、私の心臓がドクンと鼓動する。
なんだろう、体が軽くなっていく。一瞬、死んだかと思ったけど、そうではないようだ。
メアリーちゃんが恐る恐る私の腕に触れる。すると、私の体全体を淡い光が包み込んだ。きっと、これはメアリーちゃんの光魔法の力だ。光魔法は癒しの力を持つというが、涙で癒すなんて聞いたことがない。てことは、これは友情から引き起こされた奇跡だね。友情万歳!
光が徐々に収束していくと、私の体は元通りとまではいかないが、健康的に見えるほどまで回復していた。
私はゆっくりと起き上がった。そして、メアリーちゃんを見てへにゃっと笑う。いつの日か、メアリーちゃんがそうしたように。
「ありがとう、メアリー様」
単調な言葉かもしれないけれど、精一杯の感謝を込めて言葉を紡ぐ。メアリーちゃんも同じようにへにゃっと笑って、言った。
「……はいっ!」
そのあとは、ひたすらリハビリだった。メアリーちゃんの力で回復したとはいえ、しばらく運動していなかったのは確かだ。最近太ったと嘆いていたお母様と一緒に運動をした。めっちゃ辛かった。
そして、ラファエルに二回目の告白をされた。私は、笑顔で「はい」と答える。そしたらぎゅーっと抱き締めてきた。いや、可愛いかよ!?
メアリーちゃんとは前よりももっともっと仲良くなった。最近私の方を見て「ふふ」と笑うことが多くなった。なんで笑ってるのか聞きたいけど、可愛いから聞かないでおくことにする。うん、可愛い。
そんなこんなで、私は幸せだ。最初は悪役令嬢いやだなーとか病気くそだなーとか思ってたりもしたけど、今はこんなに素敵な人生を送れてる。
辛くても友情があれば乗り越えられるって知れたし、病気も大事な経験だったね。うん。
てわけで、余命三年の悪役令嬢に転生しても、案外上手くやれて、案外幸せになれます!やったね!