二
その後、結局このまま一回都内に帰ろうって話になった。藤田さんも、帰省中だけど遊びに行こうって話になったんだ。
「連絡つく子達と、ご飯でも食べようよ」
「あ、じゃあいいお店知ってるよ。居酒屋だけど、料理がおいしいの」
「お、いいねえ。お酒入るなら、一旦車は返さないとなあ。これ、レンタカーだから」
通りで見覚えのない車だと思ったよ。和美ちゃんちもうちも、車がないと生活出来ないから、免許取れる年齢になったら、すぐに取ったんだよなあ。
だから、一応私も車は運転出来る。下手くそだから、兄にも和美ちゃんにも、運転はするなって言われてるけど。
レンタカーを返して、携帯で連絡を取って集まれる人だけで、藤田さんお薦めの店に向かった。総勢七人。いきなり声をかけた割には、集まった方かな。
問題は、和美ちゃんの友達だから、怖い話好きが揃っちゃった事。これまた、嫌な予感。
しかも居酒屋は個室が使えた。これもう、絶体怖い話するパターンじゃんかー!
「和美ちゃん、恨むからね」
「まあまあ。その代わり、いちま様の事は話さないから」
それは当然です。てか、一度部屋に戻っていちま様、戻してくれば良かった。いつもなら、いちま様の方から戻せって主張してくるのに。
変なの。でも、連れてきちゃったからには、放り出す訳にもいかないし、このままでいっかー。
一緒に個室に入った子達も、気にしていないみたいだからいいよね。
とりあえず、私にとっての問題はいちま様ではなく、これから始まるだろう怪談の方だよ!
結局、個室での怪談は大いに盛り上がり(私以外に)、その日、誰もが満足そうに家路に就いた。
一つ、気になった事がある。怪談の最中に、いちま様が小さなゲップをした事だ。
「うーん」
帰りの電車の中で、その事だけが引っかかったけど、多分怪談に引き寄せられて何かよくないものが、あの場にいたんでしょう。
そう、思う事にする。
そのまま何事もなく夏休みは過ぎていって、お盆休みに入ったので実家に帰った。もちろん、いちま様も一緒。
実家に帰るといちま様はおばあちゃんの部屋に行くので、久しぶりにのんびりしてる。
そこに、和美ちゃんが遊びに来た。
「み、みいちゃん!」
「どうしたの? 顔真っ赤にして」
うちに来た和美ちゃんは、何やら凄い興奮してる。何か凄い事をしちゃった! って感じが、全身から溢れていた。
犯罪じゃないんだろうけど、大発見したぞ! とでも言い出しそうな雰囲気。
和美ちゃんはうちの母に挨拶した後、私の部屋に来た。
「みいちゃん! 瑠璃さんの事、憶えてる?」
「瑠璃さんって……藤田さんの事でしょ? あの、かくれんぼの話をしてた」
「そう! やったー!! みいちゃんなら、絶対憶えてるって思ったんだー」
「どういう事?」
和美ちゃんの言ってる事が、よくわかんない。
「みいちゃん、よく聞いてね?」
「う、うん」
「あの日、瑠璃さんの家に行った日、憶えてる?」
「もちろん。先月の事じゃない」
「うん。で、彼女の家に行った後、都内に戻って皆で居酒屋行ったのも、憶えてるよね?」
「当然でしょ? 何なの? さっきから」
本気で和美ちゃんが何を言いたいのか、わからない。ちょっとイラッとしてきた時に、部屋のドアがノックされた。
「美羽、ちょっといいかい?」
「おばあちゃん? どうしたの? あれ、いちま様」
「うん、いちま様がね、あんたのところに行きたいって」
……何だろう? 嫌な予感。
おばあちゃんからいちま様を受け取って、和美ちゃんの前に戻る。
「そういえば、あの日はいちま様も一緒だったよね。杏里のケーキ、満足してもらえたかなあ?」
「うん、夏限定、メロンショートのホール、ご満悦でした」
「良かったー。あの大きさで四千円だもんね。でも、いちま様がこの話をしている時に、みいちゃんの側に来たって事は、やっぱりそういう事か……」
「和美ちゃん、さっきから何言ってるの? さっぱり話が見えないんだけど」
「うん、あの居酒屋の時ね、他の参加者、瑠璃さんがその場にいなかったっていうの」
「え?」
「それどころか、瑠璃さんって人を知らないって言うのよ」
「はえ?」
「でね、私も、どこで瑠璃さんと出会ったんだっけ? って思い出そうとしたんだけど、ある飲み会の時に知り合った、って事しか思い出せないんだ」
「か、和美ちゃん?」
「それでね、その時の飲み会を主催した人に聞いたら、あの日の飲み会に、飛び入りで傘下した人はいないし、参加者は全員主催者が把握してるって言うの。でね」
「まだあるの!?」
「その参加者の中に、瑠璃さんの名前、なかった」
勘弁してよー!!
「じゃあ何!? あの藤田さんって、何者なの!?」
「私もそれを確認したくてさ。以前、瑠璃さんの家に行ったでしょ? 同じ道を辿って、彼女の家に行ってみたんだ。そしたら」
「そしたら?」
「あの家、なかった」
「はいいいい!?」
家がないって、どういう事よ!
「正確には、違う家があったの。私達が見たあの家は、どこにもなかったのよ!」
「待って待って待って、それ、どういう事?」
「それと、あの神社にも行ってみたんだけど、やっぱりというか、神社もなかった。空き地だったの」
そんな……あの時見た、あの古い社も消えてなくなってるの?
「普通、神社がなくなるって、大事じゃない? 近所に住んでるっぽい人に聞いたんだけど、あの神社、もう十年以上前に取り壊されてるんだって。その理由がね、神社で殺人事件があったからだっていうの」
「さ、殺人?」
やばい、本当に嫌な予感がする。
「殺されたの、小学生の女の子だったんだって。赤いスカートをはいた、髪の長い子。でね、その子、かくれんぼで遊んでる最中に誘拐されて、死体で見つかったらしいの。死体発見現場が、神社の境内」
ひいいいいいい。
「も、もしかして、その女の子が……あ、藤田さんも、あの日赤いチェックのスカートはいてた!」
「そうだっけ? だとすると、いよいよその女の子は瑠璃さんかもしれない。被害者の名前まではわからなかったんだけど。どうやら、あの住宅街に引っ越して間もない子だったらしく、近所の人達もよく知らない子だったそうなの」
誰にも知られていない、赤いスカートをはいた女の子。かくれんぼ。キーワードが揃っちゃったじゃない!
「あー、でも良かった」
「何が!?」
「これでみいちゃんまで瑠璃さんの事、憶えていないって言われたら、私の頭がおかしくなったのかも、って気が気じゃなかったのよ」
「そこ!? そこなの!?」
「いちま様も来てくれたし、私としてはちょっとすっきりした」
「私は全然すっきりしない。……あ、でも」
「何?」
「あの居酒屋の時、いちま様がゲップをしたんだよね……」
「……それって」
「……そういう事、なのかなあ?」
いちま様は、「悪いもの」を食べてしまうらしい。そして、食べ終わった後は、必ず小さなゲップをするのだ。
そういえば、神社で赤いスカートの女の子に出会った時、いちま様が吸い込んじゃったけど、ブーイングされたっけ……
「ん? どうかした?」
「うん、あのね。あの神社に行った時、赤いスカートの女の子に出会った……と思うんだけど」
「え? 本当に!?」
「うーん、本当かどうか、今となっては怪しい感じ。でね、その時、女の子をいちま様が吸い取っちゃったんだけど」
「吸い取った?」
「そうとしか、表現出来ない……で、その時、いつものゲップじゃなくて、ブーイングが来たんだ」
「いちま様としては、満足出来ない相手だったという事なのかな?」
そうなのかな……もしくは、美味しくなかったとか?
悪いものがおいしいのかどうかはともかく、いちま様が食べるものに満足していると、ゲップが出るらしい。
ちなみに、お供えするスイーツが気に入ると、夜の夢でゲップが聞こえるのだ。和美ちゃんが持ってきてくれたメロンのショートケーキも、お気に召したからかゲップをしていたし。
それにしても、あの家に上がった記憶も、しっかり残ってるんだけどなあ。あれも全部、幻覚か何かだったの? うーん、わかんない。
「とりあえず、ちょっとすっきりしたからいいや。じゃあ、私はこれで帰るね?」
「うん、また新学期にね」
「学校は違うけどね」
笑いながら帰る和美ちゃんを見送って、部屋に戻ったら、腕の中のいちま様が小さなゲップを一つした。
えー……
その夜、寝ていたらどこかから小さな女の子の声がした。
「遊びたかっただけなのに……あのお人形、私嫌い」
最後の方は、子供にしてはもの凄くドスの利いた声だったけど、小さい姫と一緒に声も消えた。
その後、またしても小さなゲップが聞こえたけど、もう気にしない。今回のいちま様は、大変満足されたようだ。