PART2
十分に光源の取られた広大な空間の中にはいくつもの机と作業台が並べられており、そこでは十数名の人間が指示をし合い忙しなく動き回っていた。
研究所らしきその空間の奥には昼間、イーグルガイことスパイクを撃破した少女の姿があり、そしてその傍らには一人の女性の姿もあった。
小麦色の肌をした、黒髪で黒い瞳の――スパイクの事務所にやって来た女性である。彼女の面影が少女にも見て取れた。
「体に変なところはある? 痛かったり、とにかく変な感じがするところとか……」
女性は名前をラモーナといい、少女はラナという、ラモーナの実の娘であった。
ラナの前に跪き、質素な白いワンピースを纏う彼女の調子を気遣うラモーナは母親と言えるだろう。
「あるわけない、不調なんか。そうだろ? 博士」
表情を変えず、返事も頷きもしないラナは人形のようであった。そんなラナを痛々しげな眼差しで見遣るラモーナへとそう告げたのは、スパイクに依頼をしにいった日に一緒にいた偉丈夫であった。
デモンズ・ハーケーンという彼は筋肉で隆起した両腕を組み、沈黙するラナからその向こうへとさらに視線を移した。
彼が見ているのは作業台に安置された防護ケース。銃弾にも爆発の熱にも耐えるそのケースの中身である。その視線の合間に割り込んだのはラモーナだった。デモンズは彼女を見た。
「……その、通りよ。ラナは――」
「そいつじゃない」
「っ……そうね。ええ、ナノマシンは被検体を癒やし強化した。形成されるスーツはあらゆる面でDr.レオンのパワーアーマーを凌駕したし、その光景を誰もが見た。引く手あまたよ」
それなら良い――満足そうに笑みを浮かべ、歩み出したデモンズの行く先はケースだ。その広大な手のひらがケースの表面を愛おしげに撫でた。
「俺と組んで良かったろ。俺もアンタと組めてラッキーだった。アンタには研究を完遂するための金が必要で、俺には当時それがあった。こうなれば俺にはもう組織は必要ない。俺たちで全てを牛耳れる……」
ケースに施された生体認証による施錠を解除しデモンズがケースを開くと、中から衝撃吸収素材で厳重に保護された三本のシリンジが現れた。
シリンジ内部に満たされているのは白銀の液体。彼はその内の一本を取り出し、同梱されている注入器に組み込む。
「私たちはただ……」
「そう、アンタら親子は平穏に暮らせばいい。秘密を守って、ただ平穏に。なにせアンタの目的はもう果たされたんだからな」
「まだよ。安全の保障がされてない」
「ああ、そうだったな。けど心配ない。じきそれも果たされる」
そしてデモンズは手にした注入器を己の首筋にあてがい、動脈目掛けシリンジの液体を自らへと注射した。
内容物の全てがデモンズへと注入されるが、彼の様子に変化は無い。だがそこのとにデモンズが不満を懐く様子も無かった。
空になった注入器を作業台へと置いたデモンズが徐に二人へと振り返り、歩み寄りながら告げる。その手がラモーナの肩に置かれた。
「ただそのために、アンタの娘にはもうひと働きしてもらう。もっともっと、この技術に箔をつけたいんだ」
歯を剥いたデモンズの、その名の通り悪魔の如き凶悪な笑みを垣間見てラモーナの背筋が凍る。彼女の何処か後悔の色を含んだような憂えた目が、自らの娘へと向いた。デモンズが言う。
「次は“ナイトランナー”、あの小娘どもだ」
デモンズが二人から移した視線が見るのは作業台に置かれたノートパソコン。そのモニターに映し出されているのは、撃破されたイーグルガイを救出する二人の少女。