PART3
ランペイジとあだ名される男に目覚めた力は強大な膂力と、己の力に耐えうる頑強なる肉体であった。
ただその代償として彼の肉体は膨張し、醜く変形してしまう。異形と化した彼は日常を失い、悲嘆に暮れる内にその身を暴力の世界へと墜としたが、その世界は彼を求めていた。
自らに許された力を存分に振るい自らを虐げ、“ニューヒューマン”を受け入れない世間へ復讐をする。そのために彼は悪にその身をやつしてゆく。やがてはその心までも――
「止めとけ、“ハルク”。ガチでやり合えば怪我じゃすまないぞ」
「俺を説得しようってのか? 俺が怖いんだろ?」
話を聞くつもりはないらしい。スパイクはそんなランペイジに小さくかぶりを振ると、直後推進器を最大出力で噴かし、巨体へと瞬時に肉薄する。そして放ったのは右拳のフックであり、それを横面に受けたランペイジの首が大きく回った。さらにスパイクはすかさず左のフックを見舞う。
左右のコンビネーションの後、とどめとばかりに後方回転から遠心力を乗せた蹴りをランペイジの顎へと叩き付ける。推進器の勢いをも乗せたサマーソルトキックである。常人であれば弾き飛ばされる所であるが……
「お終いか?」
「……クソ」
スパイクからの猛攻をその強靱さで意にも介さないランペイジ。スパイクは次いで腕部の推進器を起動した渾身の右拳を真っ直ぐ彼の腹部に叩き付けるが、鉄板をもぶち抜くその鉄拳はしかし鉄板よりも頑強なランペイジの腹筋に受け止められてしまう。
思わずその光景に愕然としてしまうスパイクに嘲笑を浮かべたランペイジが左の拳を踏ん張りも腰も入れず、大した勢いもつけない純粋なる腕力のみで放つと、それを辛うじて腕で防いだスパイクの百数十キログラムの体が大きく吹き飛んだ。
すぐさま駆け出して追撃に出るランペイジ。スパイクはけれど冷静に、宙空動態制御を翼と推進器で行う。そして追ってきたランペイジの頭上を飛び越えた。彼を捕縛しようと伸ばされたランペイジの手は虚空を泳ぐ。
「オイオイ、スパイクゥ。いい加減諦めてよォ、このバルチャー様の本領っちゅーのを爆発させてみねェかァ?」
「その必要はない!」
「ステゴロじゃ勝ち目ねェぜ?」
「そいつはどうかな。“お隣さん戦法”でいこう」
ランペイジへと向き直りつつ、スパイクは両腕を左右に伸ばした。そして展開した腕部から射出されたワイヤーが先端部の爪で掴んだのはそれぞれ消火栓とマンホールだった。
ワイヤーを握り締め、その二つを勢い良く手繰り寄せる。パワーアーマーの膂力にマンホールは言わずもがな、しっかりと固定されているはずの消火栓すら容易く引き抜かれる。スパイクは宙を泳ぐそれぞれをワイヤーを使い操り、振り回す。
やがて圏内に入ってきたランペイジへとスパイクは、二つの鈍器で迎え撃つ。よく勢いと遠心力をつけた消火栓の横薙ぎがランペイジの横面を打ち、僅かにたじろいだ彼を次にマンホールの一打が弾いた。巨体が路上に止まった車に突っ込み、車体が歪む。
しかし頑強なるランペイジは自らを飲み込んだ車体の中で軽くかぶりを振るばかりで傷を負った様子はない。すぐに脱出しようと身動ぎした彼を、今度はスパイクの追撃が襲った。
宙空から加速をつけた両足による蹴撃。ドロップキックだ。その蹴りがランペイジの顔面を打ち据え、彼の体はますます車へと沈み込む。跳ね返ったスパイクがランペイジの意識を刈り取るべく、スタンガンを備えた両手を突き付ける。
「ぬるいぞ!」
だがスパイクがそれを射出よりも速く、車体を真っ二つに引き裂いてランペイジが復活する。彼は二つになった車体の前部と後部をそれぞれ両手に掴み、浮揚するスパイクへと向けて投げた。
悪態を吐きながら一つ、そして二つと回避したスパイクであったがそうして二の足を踏んだ結果、一瞬の隙を突かれランペイジに片足を捕まえられてしまう。
大して抗うことも出来ぬまま引きずり落とされ、背から固い地面へと叩き付けられたスパイクの体は地面にめり込み、襲った衝撃に呻いているうちにランペイジが彼に馬乗りになろうとする。
「いきなり騎乗かよ、気安いな!」
だがそのために捕縛された足が解放され、その事をすぐに理解したスパイクは両手両足、背面の推進器を高出力で噴かしランペイジの股座からの脱出に成功する。彼の頭部があった場所をランペイジの拳が深々と抉っていた。
推進器に引き摺られながらも強引に体勢を立て直し、片膝を付いたスパイク。さてどうする――そんなことを考えている内にもアラートが鳴り響き敵の追撃を知らせる。
彼は両手を迫り来るランペイジに突き付け、スタンガンを放った。青い閃光を放つ短針が飛翔し、ランペイジを迎撃する。短針は彼の皮膚を穿つことはなかったが、伴う電流が脳からの指令を阻害し筋肉を強張らせて動きを阻害する。その間にスパイクは次の策を練っていた。そして暴力の権化たる拳が迫った。
ここだ――拳がスパイクの顔面に命中する刹那、それを首でいなすと同時に彼の体が木の葉のように宙を舞う。そして四肢がランペイジの大木のような腕に絡み付く。
両足が肩を固定し、腕は肘。スパイクはそこから背をしならせ、すると極められたランペイジの肘関節が本来の可動域とは逆方向に曲がり靱帯の引き千切れる音が痛ましく響いた。
激痛にランペイジから悲鳴が上がった。なまじ頑強な肉体である、痛みとは長らく無縁であった。
そこに隙が生まれる。無効化したランペイジの右腕から離れたスパイクは翼を広げて宙に舞い上がり、瞬く間にランペイジの背後に回り込む。そして彼の輪郭と同じだけある太い首に鋼鉄の冷たい腕が絡み付いた。
「じき日が暮れるぜ、大物さん……!」
スパイクの鉄腕が塞ぐのは気管ではない。彼が塞ぐのは脳を活性せしめる血液を送り込む動脈であった。ありったけの力を込めて、関節が緩まぬように機構を固定する。
やがてランペイジが膝を屈し、その身が痙攣を始めた。昏倒まで間もなく。スパイクは勝利を確信した。だが、彼にとってそれが仇となる。