PART2
徹甲弾ですらない、ただのライフル弾ならば避けるまでもなし。スパイクの全身を余すところなく包み込んだのは“バルチャー”と呼ばれるAI制御のロボットだ。
機体を変形させ人間が着装可能な“パワーアーマー”となる機構を有したバルチャーを着込んだスパイクを、人はその姿から鳥人“イーグルガイ”と呼ぶ。
弾丸が直撃した箇所から、それを弾き返した証としての火花を散らしながらスパイクは急降下をする。目標は頭髪の無い、スキンヘッドの男だ。
間合いに入る直前に背中の翼を畳み前転したスパイクは、突き出した両足で男を蹴り飛ばす。男の体は軽々と吹き飛び、並木の一本に叩きつけられ沈黙した。
蹴った反動と全身の推進器を用い、今度は宙空での後転を披露するスパイク。再び広がった翼により姿勢を安定させた彼であるが、側面から大量の銃撃を浴びて装甲が音色を奏でた。
「あン?」
銃撃を受けた方をスパイクが見ると、そこには残った三人が当然ながら居た。スパイクは肩を竦めると言う。
「ライフル程度じゃ無駄って分かったろ、降参しろよ」
両手足、胴体、背面と至る箇所に青く光り揺らめくのが推進器だ。それらはスパイクの意思に応じて角度を変える。そうして彼が男たちの方を向くと、男たちは浮揚するスパイクことイーグルガイを見上げて「寝言は寝て言え」と吐き掛けた。
じゃあ仕方ない――僅かな後退から、弾けるようにスパイクの体が前進する。散れと仲間に指示した男の体が宙に舞う。重量百キログラム半ばを超える体当たりだ。男は向かいの歩道まで吹き飛ばされ、商店のガラス窓に突っ込んでしまう。
更に展開しようとする残りの二人をスパイクはその場で急旋回することにより、振り回された翼で打ちのめし瞬く間に四人を全員倒してしまう。
「降参って寝言はまだか?」
男たち四人の昏倒をスパイクは、網膜に投影された拡張現実で確認しつつ、吐き掛けられた言葉に対して皮肉った。
するとけたたましい音が彼の耳に飛び込む。音のした方を向くと、横倒しになったSUVを蹴散らしてバンが強引に発進していた。
「このままじゃ逃げられンぞ。おい、ボケ、スパイク」
「黙ってろ、ポンコツ」
逃がしゃあしねえよ――ヘルメットの内側から聞こえた声はバルチャーのものであり、それからの茶々をスパイクは一蹴すると背中の翼を羽撃かせ、推進器の出力を上げる。
しかしそうやって飛翔しようとした直後、彼を衝撃が襲う。横倒しのSUVから出てきた新たな敵が放ったロケット弾が直撃したのだ。
「ターキーの出来上がりだ! どうだっ、俺がやった!」
窓から上体を出した男が感嘆を上げる。彼が肩に担いでいるのは対戦車ロケット弾を発射するための発射器だ。
男の調子は留まるを知らず、自らの手柄を見せ付けるように吠えてはドアを頻りに叩きやかましく音を立てていた。
もう一台から頭を覗かせ、機関拳銃を構えていた男はそんな隣の男を呆れた目で見ていたが、彼のその眼前で突如として男が空へと飛んで行った。
何事かと男を目で追うと、男の持ち上がった顎を鋼鉄の爪先が蹴り上げ、彼はその一撃により脳を揺さぶられ昏倒してしまう。
男を蹴ったのは無論、スパイクである。スパイクはロケット弾を耐え、広がった煙幕に紛れて上空より強襲。一人を空に連れ去った後、もう一人を襲ったのであった。連れ去られた男は今、気絶させられた上で外灯に引っ掛かっている。
先と同じ配置ならばもう二人いるはずであろうが、バルチャーが車をひっくり返したときにでも気を失ったのだろう、出てくる気配は無い。スパイクは角を曲がりビルディングの影に消えんとするバンの後ろ姿を見た。
「はっ、逃げられてやんの」
「黙ってろ、勝負はここからだろうが」
雄大なる翼を広げ、スパイクが空を駆ける。歩道ではそんな彼を見上げ携帯を構える者たちで溢れており、これが“ミュール”であれば嬉々として手でも振るのだろうななどと彼は考えて鼻を鳴らした。彼は“ヒーロー”などを望んではいない。
撮影されてもそれに応えるような真似は結局せずに、拡張現実で道路に映し出されたバンの軌跡を追跡する。車両はすぐに見付かった。
スパイクは右腕をバンへと差し伸べ、握り締めた拳を手首から僅かに下げる。そうするとその動作に連動して前腕部の装甲が展開して迫り上がり横長の銃口が現れた。
そこから二筋の赤いレーザーが照射されバンを捕捉する。そのとき拡張現実に表示されていたのは、先ほどSUVの動力を停止せしめた円盤であった。
電磁パルスを放ち、電子器機を麻痺させる機能を持ったそれをスパイクは思考のトリガーを引くことで射出する。狙いは正確で、拡張現実が射線を表示することでスパイクの射撃能力はさらなる飛躍を見せるのだ。
フリスビーのように飛翔した円盤はバンの屋根へと付着し、直後に車両へと電磁パルスによる電子攻撃を行った。目に見える効果は無い。それはただ静かに電子器機に伝達され、機能を麻痺させる。そうして動力が停止したバンは徐々に速度を落として行き、やがて停止した。
「おし、ゲームセット」
「つまんねェなァ……」
止まったバンへと接近しつつ速度を落とし、着地のために両足を地面へと向けてスパイクは降下を始めた。あとはバックドアをこじ開けて奪われた技術を回収するだけである。
奪った連中のことも、彼らがどう動くかも。全てスパイクは依頼主から聞かされていた。彼は待ち伏せて襲撃を掛けただけ。探偵の仕事ではない。ヒーローの仕事かも怪しい。
「キナくせえ」
「屁でもこいたかァ?」
「黙ってろ」
訝しみながらスパイクがバックドアの合間に両手の五指をねじ込む。奪ったものを守ろうと出てくる者はない。スパイクは両腕に力を込めようとして、胸中に溢れてくる疑念に両目を細めた。
そのときである。眼前のバックドアがひしゃげながら勢い良く弾け飛び、スパイクの体が大きく突き飛ばされた。
しかし彼は推進器を使い宙空ですぐさま姿勢を立て直すと着地に伴い格納していた翼を広げて浮揚する。その実、スパイクは突き飛ばされたのではなく自ら飛び退いたのであった。理由は直感である。
「おっほほっ、お出ましだァッ」
「……まあ、こうなるわな」
「“ニューヒューマン”だぜ、ありゃァよォ」
防弾仕様で重厚なドアを容易く弾き飛ばして姿を見せたのは、異様に肉体が隆起した黒い肌の男であった。黒い髪と瞳、厚ぼったい唇を持った男はバンを降りると宙のイーグルガイを見上げ、両の拳を構えて見せた。