其の四
間に合いませんでした……。無念。
「彼女はこの事件の最初の被害者 高橋朝美さんの妹。つまり被害者の遺族だ」
智一は五郎にそう告げる。
「被害者の妹!?」
五郎は驚きの声を漏らした。
自分の扱っている事件の被害者は、幼馴染が経営しているこの喫茶店の常連さんだった人で、その遺族と今、この喫茶店で偶然会っている。
その事実に五郎はただただ驚いていた。
「ほ、本当ですか?」
五郎は目の前で起こっていることが信じられないかのように彼女に聞き返した。
「はい。私、高橋夕菜って言います。死んだ高橋朝美は4歳年上の私の姉です」
そう言うと夕菜は目を伏せた。死んだ姉について触れたことで少し落ち込んだようだった。
しかし、夕菜はさらに話を続けた。
「お姉ちゃんは…よくこの喫茶店の話をしてました。ここのマスターさんと話してる時間がとっても好きだとか、来月からここでバイトするんだとか…。だから…」
「…そうだったんですか」
…しばらく沈黙が流れる……。
『何か言わないと…』
せっかく話してくれたのに何も言えない自分に五郎はイライラしていた。
「あ、あの!」
その沈黙を破るように夕菜が声を出す。
「は、はい。何でしょうか?」
五郎は突然のことで反応が少し遅れた。が、彼女の次の言葉で五郎はさらに面を食らったような状況になる。
「あ、あのですね?私も…私もこの事件の捜査に加えてはもらえませんか?」
「……は?」
五郎が素頓狂な声を上げる。意味が分からなかった。
「な…なんて仰いましたか、今?」
「ですから、私もこの事件の捜査に加えてほしいんです」
「…あぁ。なるほど。……って、いやいやいやいやっ!駄目に決まってるじゃないですか!」
「何で駄目なんですか!」
「いや、普通に考えて駄目ですよ!危険ですよ!」
連続殺人事件。しかも極めて猟奇的な事件。そんな危険極まりない事件に一般人を巻き込む。五郎にはそれが出来なかった。
「とにかく、駄目なものは駄目ですよ。相手は殺人鬼です。そんな危険なことに他人を巻き込む訳にはいきません」
「…そうですか。それなら…」
夕菜は一拍置き言った。
「私は私だけでこの事件を調べます!」
「……へ?…じ、冗談言わないでください」
「冗談なんかじゃありません!私、本気です!」
「だ、駄目ですって!俺と捜査するより危険じゃないですか!それだったら俺と一緒に…いえ」
その言葉を聞いた瞬間夕菜の目がキュピーンと光った。
「そうです。私一人の捜査より高杉さんと一緒に捜査した方が安全です。だから一緒に捜査させてください」
「いや、捜査しないって選択肢はないんですか!?」
「無いです!」
夕菜がハッキリと伝える。
「私は、姉が殺された理由が知りたい。何で姉は死ななきゃならなかったのかを」
その言葉を聞いた時五郎はハッとなった。……昔の…いや【今でも心のうちに居る自分】がそこに居た。
「……分かりました」
気が付いたら五郎はそう答えていた。
「え!?ホントですか!ありがとうございます!」
隣りでは智一が五郎に対して『また厄介事を背負い込みやがって…』と言いながら嘆息していた。
「それでは夕菜さん。早速ですが、貴女とお姉さんの住んでいた家に案内してくれませんか?」
「あ、はい!」
夕菜はピシッと背筋を伸ばして答えた。
「では早速行きましょう!」
と言って、五郎と夕菜は喫茶店から出た。
「おい!五郎!代金!」
後ろから智一の声が聞こえたが、それに対して五郎は「付けといてくれ!」とだけ言って出ていった。
「ホントいい加減にしろよ五郎……」
智一は一人うなだれた。