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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

供養塔

片翼の女王とむよくの騎士

作者: 鶯埜 餡

 どんよりとした曇り空。

 そして、夏らしい熱風が彼らに襲い掛かってくる。


 だが、戦いの合図を今か今かと待ちわびる兵士たちは微動だにしない。



 そんな様子を小高い丘から眺めているのは、黒鉄の鎧を身に纏う女だった。

 三年前、この国に招聘され女王となり、そして一年前、彼女自身が連れてきたはずの騎士に玉座を廃された女。


「――――来ているな」


 ある一点で視線を止め、そう呟いた。彼女の視線の先には豆粒程度ではあるが、深紅に塗られた鎧をまとった男。

 その男こそ、彼女を玉座から堕とした男であり、彼女の夫だ。


 女は何かを言いたそうにしたが、何も言わず、そのままその場を去った。

 そして、彼女がいるべきところへ戻ると同時に、戦いの始まりの合図が聞こえてきた。




****************



 レスツェイン城。皇帝執務室。


兄様(にいさま)。一体、何のご用事ですか?」


 漆黒の髪をなびかせた女――エリザは、自分を呼んだ皇帝の部屋へノックなしに入った。


 十五歳の彼女が身に纏うのは、女性らしいドレスではなく、男物の騎士服だった。だが、彼女とすれ違う人は皆、違和感を覚えることなくすれ違う。


 否。最初は違和感だらけだった。

 彼女が先帝の庶子として王宮に呼ばれたときは、彼女の姿を見た人々から『猿』だの『猪』だの言われ放題だったが、もうここにきて十年以上たった今は、あからさまな嘲笑を浮かべる者はいない。


 ――――――――もっとも、彼女と親しくするものもいなかったが。


 彼女が数少ない話し相手は侍女の一人と小姓頭、そして兄である現皇帝、グスタフのみだ。


「よく来たね」


 (いにしえ)の賢帝の生まれ変わりのごとし、と評される兄は、その榛色の瞳を細め、柔らかく彼女に喋りかけた。

「はい。兄様のためならばどこへでも参ります」

 兄の柔らかな笑みに、いつも通りの言葉を返すエリザ。その言葉に一切の嘘や欺瞞は含まれていない。


「そうかい」

 グスタフはエリザを手招きした。彼もまた、皇帝という身分であるので、親しいものを作ろうとしない。だが、その例外は三人だけ。エリザと彼女に親しくしている侍女、そして彼の幼馴染だけだ。

 エリザが兄の元へ近づくと、一枚の紙を彼女に提示した。


「なんですか?」


 普段、エリザは政治の事には口出しをしない。

 それは彼女が庶子であることから、できる限り知恵をつけさせたくない、という周囲の思惑もあったし、彼女自身、政に全く興味がなかったので、そのような仕事をしてこなかった。


 だからこそ、その紙を流し読みした彼女は、違和感を兄に抱いた。

「これは――――」


「ああ、エリザも気づいたね」

 よしよしとする姿は、まるで本物の親のようだった。

「エリザが気付いた通りだよ」

 そう言って、兄は話し始めた。


「海の向こうのベック王国の王が死んだ。

 だが、不幸なことにあのジジイは猜疑心の塊で、身内、親戚一族をすべて粛清した。自分の息子や娘までも、ね。

 だから、ベック王国の王位を継ぐ者がいない。

 数年前ぐらい前には、親戚だと自称していたノースベック王もすでに代替わりして、今の国王はベック王なんぞいらない、とほざいているんだよね」


 あいつが引き継いでくれりゃ、こっちにお鉢が回ってこなかったのに、とところどころ毒をにじませながら語るルドルフの目には、一切の感情が映っていなかった。


「そこで、君に命令(・・)があるんだ」


 グスタフ(最愛の兄)が使った言葉にエリザは首を傾げた。今までは『お願い』をされたことがあっても、『命令』されたことはない。


「君にベック王国の王位を継いでもらう」


 この流れではそう来るだろう、と覚悟していたものの、いざ本当にそう来ると、戸惑いしか浮かばなかった。

「私には学がありません。それに、また別のところに行かなければならない、のですか?」

 エリザは直球で質問したが、グスタフは微笑みを返した。

 だが、その微笑みは、夜会などで貴族に挨拶をするときのものと同じ、表面上のものだということに気が付いた。

 


「ああ。エリザの力が必要なんだ。

 というのも、ベック王国は向こうの海峡を望む要の国。王の血筋を引くものがいなくなった今、なるべく大国の後ろ盾がないとやっていけない。その候補に挙がったのがうちを含めて五国。だが、他の四国の皇族・王族ともにベック王国を託すにふさわしくない人物ばかりだ。


 そう意味で言えば、エリザ。君は最高に『駒』として優れているんだよ」


 グスタフの回答にエリザは心の中で自嘲した。

 そう。いつ、どんな時であっても自分が『ちょうど良い駒』なのだと、あらためて認識させられたから。

 皇家から迎え入れられた時だってそうだった。あの時も父親である先帝はエリザをろくに見もしなかったし、今でこそ、こうやって喋るグスタフだって、あの時は腫物を扱うような態度をとっていた。


「それに、学がないことも問題はないよ。副官を二人付けるから、彼らに従っていれば問題ないさ」


 彼はいたって涼しい顔をして言った。

 しかし、一体誰なのだろうか。こんな私のために、都会である皇都を捨て、田舎と評されるベック王国について行ってくれる物好きは。


 そう彼女が思った時、廊下から足音が聞こえた。

「おお、ちょうどいいタイミングだよ」

 ルドルフは嬉しそうに言った。

 彼らが部屋の前に立ち止まるや否や、入っておいで、とルドルフが声を掛けると、失礼します、と言って、入って来たのは、彼女にも見覚えのある人物だった。


「すでにベック王国行きの内示は下っているよね?」


 ルドルフの問いかけに頷く二人。

 大人しめの小柄な黒髪の少女とそばかすだらけの顔をした茶髪の長身の騎士は、エリザの方に向かって敬礼した。

「二人とも君と親しいはずだ。二人となら、必ず連絡だってつくだろうし」

 グスタフの言葉に、困った顔をしたエリザ。


 ジェーンとヘンリー。彼らはエリザの侍女と小姓頭をしてくれている。ここに引き取られて以来、エリザの話し相手となってくれている。

 もちろん、嬉しいことこの上ない。


 だが。


 海を挟んだ向こう側、ベック王国に連れていく、という意味では少し不安だった。

 二人が頼りないから、という訳ではなく、むしろその反対。

 彼らは兄の古参の親友ではなかったのか。そんな彼らを私のために、借りてしまっていいのか、という困惑だった。

「大丈夫だよ、エリザ」

 そんなエリザの困惑を兄は打ち消した。

「むしろ、二人とも連れて行ってくれた方が、こちらとしても助かる」

 兄の言葉に驚きを隠せなかったエリザは、それを疑うことをしなかった。




 そして、一か月たち、とうとうベック王国へ旅立つ日がやってきた。


 すでにエリザをベック王国国王に指名する、という聖堂勅書を受け取っているが、お披露目のために式典が執り行われていた。


 女王として正装したエリザを、今まで遠巻きに嘲笑していた貴族たちは、突然の発表に驚きつつ、彼女とのつながりを作りたがっているのがありありと感じられた。

 だが、エリザは今までの仕打ちに、庶子だから、ということで甘んじて受け入れていたものの、決して機械ではない。そんな甘い汁を吸おうとしている彼らに近づくつもりは毛頭なかった。



 式典がすべて終わり、最も大きな港町へ行くために馬車に乗り込もうとしたとき。


「お待ちください」


 聞き覚えのある声が、エリザを引き留めた。

 彼女が振り向くと、そこには金髪の美男子がそこにいた。

 彼は確か、兄の侍従を務めている方だ。そう思って、兄に何かあったのかを尋ねようとしたが、先に彼の方が口を開いた。


「エリザベート国王陛下。私はわが剣をあなたに捧げる所存。どうか、この剣をお納めください」


 彼が言ったのは、帝国に古くから伝わる騎士の宣誓。

 彼がなぜ、兄の側近という立場を捨ててまで自分について行こうとしているのか、エリザには理解できなかった。


 だが、それと同時にいつか、きっと彼を手に入れたい、と思っていたことも思い出した。


「同行を許しましょう」


 だから、つい、エリザは言ってしまった。

 この選択が、後々、どんな運命をもたらすのかも考えずに。

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