7 オーシャンビューのレストラン
「うわ、チョー豪華じゃん」
店に足を踏み入れると、さやかが毎度おなじみの歓声をあげた。
そこはホテルの十三階にあるフレンチレストランだった。
淡い間接照明が作り出す幻想的な空間、天井から落ちるシャンデリアの光、アンティークな調度類……ゆるやかにクラッシックが流れる店内は、まさに別世界だった。
ウェイターに案内され、俺とさやかは赤じゅうたんの上を歩いていく。
「こちらの席へどうぞ」
外がよく見える、窓際のいい席だった。
白いクロスで覆われたテーブルには、磨かれたワイングラス、ナイフやフォークなどのカトラリー、薔薇の花弁風に折られたナプキンが置かれ、キャンドルの炎が揺れている。
ウェイターは椅子を引いてさやかを座らせ、次に俺が席についた。
さやかがちらちらと隣のテーブルを見ている。
白人の家族連れが食事をしていた。金髪の少年と少女がかわいらしい。
映画の1シーンを見ているようだった。
「ねえ、お隣のテーブル、ハリウッド俳優のお忍び家族旅行?」
「一般人だよ。北海道はインバウンドが増えてるんだよ」
「リバウンド?」
「バスケか。インバウンド――外国人が日本に来る旅行のことだよ。北海道は人気なんだ。自然がきれいで、リゾート施設が整ってるからな」
「たしかにねー」
窓の外の青みがかった夜空を、さやかは息を呑んで見つめた。
「これ、オーシャンビューってやつ?」
「おまえ、英語習ったのか? オーシャンは海って意味だぞ」
このリゾートホテルは、深い針葉樹林に囲まれた内地にある。
「え? オーシャンって泥棒って意味でしょ?」
「それ、オーシャンズイレブンな。映画のタイトル」
突っ込んだら負けのような気がしつつ、俺は冷静に訂正した。
ナプキンを膝の上に置き、俺は言った。
「っていうか、よく知ってるな。おまえにとっちゃ生まれる前の映画だろ」
「家にDVDがあって、オヤジが好きでよく見てた。参考になるって」
普通、感想なら「おもしろい」だろう。
参考ってなんだ。建設現場から銅線でも盗んで転売しているのか。
お父さん、本当にとび職か?
ウェイターと入れ替わるようにソムリエがやってきた。
革表紙のメニューを渡され、俺は銘柄を目で追った。
「僕にはスパークリングワインをグラスで。彼女には――」
「だいじょうぶ。ワインじゃなくていいよ」
俺はふっと鼻先で笑った。なんだ、わかってるじゃないか。
教師が未成年に酒を飲ませるわけにはいかない。
「あたしは生で」
ジョッキを握る手つきをしてみせる。
「馬鹿か! おまえ」
俺はぱたんとメニューを閉じ、ソムリエに戻した。
「彼女にはペリエを」
ソムリエが去っていくと、さやかが眉根を寄せた。
「ペリエって何?」
「スパークリング・ナチュラルミネラルウォーター、ようは水だ」
「水? せめてコーラぐらい飲ませてよ」
「フレンチレストランにそんなもんあるか。酒が飲めないなら水を飲め」
「はぁ? 鬼飲めるよ。正月にオヤジと飲み比べして、焼酎をボトルで1本、日本酒も1升――」
「そういう意味じゃない」
「堅いこと言わないでよ」
「教師なんだから堅いに決まってるだろ」
俺はぴしゃっと撥ねつけた。
未成年をホテルで同じ部屋に泊めるだけでも大問題だ。
飲酒など絶対に許すわけにはいかない。
ソムリエがワインとペリエを持って戻ってきた。
それぞれのグラスに飲み物を注ぎ、一礼して去っていく。
「カンパーイ、とか言うなよ」
俺は先に釘を刺した。
「フレンチでグラスを合わせるのはマナー違反だ。グラスも割れやすい」
「じゃ、どうやって乾杯すんのよ」
「こうやるんだ」
俺は手に持ったグラスを目線の高さまで軽く持ち上げた。
首を傾け、エレガントに「乾杯」と言った。
「きっしょ」
げっと吐き出す真似をする。
「この水、いくらするの?」
目の前に置かれたグラスをさやかが不審そうに覗き込む。
「メニューには900円って書いてあったな」
「マジで?」
大きな声が洩れ、あわてて声を潜める。
「ただの水が900円? ボラれてるよ、ぜったい」
「スパークリング・ナチュラルミネラルウォーターだ」
俺はこの会話を楽しみはじめていた。
今までペースを握られっぱなしだったが、ここでは自分が主導権をとれそうな気がした。
ようやくわかった。
ギャルと戦うには、ギャルの苦手な場に連れて行けばいいのだ。