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5 ギャルとホテルにチェックイン

「いらっしゃいません。このたびはノーザンリゾートホテルへおいでいただき、ありがとうございます。チェックインでございますか?」


 フロント越しに若い女性が笑顔で応対した。


「はい、奥平浩介です。2名で予約しています」

「ご予約を確認させていただきますので、お待ちください」


 パチパチと軽快にパソコンのキーボードを叩く音が響く。


 悩んだ末、結局、さやかをホテルに泊めることにした。

 今から引き返し、車で家に送り届けても、ここまで戻ってくるのがつらすぎる。


 金を握らせて街に放り出したら、何をしでかすかわからない。

 それなら自分の目の届くところにいてくれた方がいい。


 今夜一晩だけだ……今夜だけ乗り切れば、明日、電車で帰らせればいい……。


「お客様、ご予約番号をお教えいただけますか?」

 俺は家でプリントアウトしたメールの写しを渡した。

「拝見させていただきます」

 フロントの女性が、パソコンのディスプレイで番号を照合する。


 俺はロビーを振り返り、さやかの姿を探した。

 金を渡し、売店に帽子を買いにいくように命じてあった。

 帽子を目深に被らせ、フロントの前を通過させる作戦だった。

 小手先の変装だが、何もしないよりはマシだ。


「ご予約の方、確認できました。こちらがお客様のお部屋のルームキーとなっております」

 差し出されたカードキーを俺は受け取った。

「お部屋は七階です。右手のエレベーターでお上がりください。お荷物はベルボーイがお部屋までお持ちします」

「いや――」


 自分で運びます、と言いかけてやめた。

 逆に怪しまれる。自然体でいこう。


「……お客様、何か?」

「はい、お願いします」


 若いベルボーイが近づいてきて、俺の足下にあるスーツケースを軽々と持ち上げた。


「お連れさまは?」

「そのへんにいるはずなんですけど……」


 俺はロビーを見渡した。

 そろそろ売店から戻ってきていいはずだ。


 赤じゅうたんのロビーには上品そうな中高年の姿が目立った。

 いちおうは北海道の高級リゾートホテルである。

 客も、喜寿のお祝いにでも来たような裕福そうな老人が多い。


 どこに行ったんだ、あいつ……。


 辺りを見回していた俺の目が、ぎょっと見開かれた。


 つばのやたらと大きいテンガロンハットを被った金髪の少女が、まるでファッションショーのランウェイのように堂々とロビーを横切ってくる。カカトの高いインヒールスニーカーで闊歩(かっぽ)し、へそではピアスが鈍い光を放っていた。


 あのバカ! 目立つことをするなと言ったのに……。


 少女が俺の前で立ち止まり、にこっと笑った。白い歯がのぞく。


「これ、イケてね?」


 右手をつばに、左手を腰にあて、モデルのように腰をくねらせる。


 頬を引きつらせる俺は、別の方向からの視線を感じた。

 フロントの女性が、いぶかしむような目を俺に向けてくる。


 まずい……怪しんでいる……。


 焦ったのには理由がある。

 旅行会社経由で申し込まれたツアー(車で巡ろう北海道の旅)には、婚約者である彩香の名前と年齢が記されていたはずだ。親子ほども年の離れた金髪娘の存在をどう説明すればいいのか。


「あの――」

 俺は真剣な顔をフロントの女性に向け、声をひそめて告げた。

「彼女とは正式に婚約し、お互いの両親にもちゃんと紹介しています。将来も見据えて、真剣な付き合いをしています」

 テンガロンハットのギャルを指さす。

「……そうですか。おめでとうございます」

 相手は微妙な表情で祝福した。


「こちらへどうぞ」


 ベルボーイに先導され、エレベーターホールに向かう。

 エレベーターが1階に降りてくる間、三人は無言で立っていた。

 ただし、ベルボーイがさやかに興味津々なのは明らかだ。


 ここに来る前、二人の関係を偽装する案をいろいろ考えた。

 ギャル雑誌の読モと編集者、

 お忍び芸能人とマネージャー、

 兄とギャル(まい)……等々。

 だが、よけいな芝居は墓穴を掘るだけと思って放棄した。


 エレベーターの扉が開き、三人は乗り込んだ。


 ベルボーイがちらちらとさやかを見ている。

 顔は抜群にかわいいし、モデル並みにスタイルがいいので、若い男の関心を引くのは無理もない。本当にモデルか、お忍び芸能人と思われているかもしれない。


 視線に気づいたさやかが「似合うっしょ?」と自分から話しかけた。

「牧場の人が被ってるやつと同じなんだって」

「お似合いですね」

 ベルボーイが愛想笑いをする。

「あんた、ここで働いて長いの?」

「まだ一年ぐらいです」

「長いよ。あたし、いちばん長く続いたカラオケボックスのバイトで一か月だもん」


 初対面の人間と、まるで10年来の友達みたいに言葉を交わす。

 人見知りの浩介にすれば信じられない。


「展望風呂って何時までやってんの?」

「深夜1時まで営業しています」

「外が見えるんだっけ?」

「はい、屋外の露天は屋根がありません。今夜は天気が良いので、星がよく見えると思います」

「マジで? (テンション)ぷち上がりなんですけど」


 なんだろうな、このノリだけの軽い会話。

 ノリしかないというか。


「ここ、クラブないの?」

「残念ですが……。バーならあります。11時30分まで営業しています」

「(閉店)(はや)っ!」

「地元のピアニストの演奏が評判ですよ」

「ピアノ……ないわ。萎えるわー」


 頼むからもう黙っててくれ、と祈りながら、俺は階数表示を見上げていた。

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