21 ギャル vs. インテリ女子大生
「さやか――おまえ、どんな本を読むんだ?」
俺は強引に話題を変えた。
とにかく仲間外れにするのはまずい。
こっちの会話に引き込もう。
「egg」
ぼそっと少女が口にした。
「あー、この前、復刊したんだよな。生徒が学校で話題にしてたよ――って、それ雑誌だろ。本だよ、小説とか読まないのか?」
「読まない。眠くなるから」
「子供の頃は? 小学生のとき、図書館でマーク・トウェインの『トム・ソーヤの冒険』とか読まなかったか? 夏休みの課題図書とかになったろ。マーク・トウェインは、実はアメリカ現代文学の源流って言われてて、あのヘミングウェイも――」
「トム・クルーズの冒険?」
「それ『ミッション・インポッシブル』な。トム・クルーズが冒険するのは」
もはや大喜利大会の様相を呈していた。
だが、当のさやかは大真面目なのだ。
いらだったように少女が自分から言い出した。
「さっきオイスターがどうとかって言ってたじゃん」
「いや、オースターな」
やっぱり聞き間違えていた。
小説家の名前を料理の調味料だと思っている。
「どっちでもいいじゃん。私、料理けっこう得意なんだよ。うちの母親が料理上手だから、子供のころから、お母さんが仕事で忙しいときは、妹のぶんも作ってあげたりした。けっこうなんでもできるよ。ニラ玉とか得意」
オースター=オイスターと〝空耳アワー〟で変換して、ニラ玉へ飛ばした。かなり強引に本から料理に話題を変えた。千佳さんに対抗して、自分の得意ジャンルに持ち込もうとしたのだろう。
そこまではよかった。問題は次の一言だった。
「松田さんって、料理はあんまり得意な感じじゃないですよねー」
癒し系の千佳さんが苦笑した。
ちらっと、この小娘め、という表情をのぞかせる。
「料理がうまいかどうかはわからないですけど――野菜ソムリエの資格なら、私、持ってますよ」
さやかの眉間が寄る。
野菜ソムリエという未知の単語に困惑している。
「何それ? 資格なの? 免許みたいなやつ?」
大型二輪とか、小型特殊とか、そんな感じをイメージしているようだ。「野菜」と付いてるから、農場で役立つ資格ぐらいに思ってるかもしれない(重機とかを動かせるやつ)。
千佳さんが咳払いし、自分で説明をした。
「野菜ソムリエというのは、日本野菜ソムリエ協会が認定する民間資格です。野菜や果物の目利き、栄養、素材に合った料理法などの専門知識を持っていることを認定しています」
俺もうなずいた。
「プロ野球選手の奥さんとか、モデルさんとかで持ってる人が多いですよね」
美人が持っている資格というと偏見だろうか。
俺の中ではそんなイメージだ。
ますますさやかの眉間が険しさを増す。
たぶん「ソムリエ」という単語がイメージできていないのだ。結果、野菜ソムリエもわからない。
ただ一つ、千佳さん=料理が下手説が否定されたことだけはわかったらしい。そりゃ、自己申告で「母ちゃん譲りで料理がうまい」より、野菜ソムリエという絶対的な「資格」は説得力があった。
「さやか、おまえ、ファッション好きだろ? 服、詳しかったじゃないか」
俺は強引に話題を変えた。
水族館でずぶ濡れになり、ファッショセンターで服を買いなおすときに手伝ってもらった。けっこう楽しそうだったし、服のことは詳しそうだった。
「うん、まあね。あ、コースケ、なんで十字架隠してるの?」
さやかが近づいてきて、俺の胸元に手を伸ばす。
シャツの下に隠していたアクセサリーを外に出された。前に垂らした髪をクシで再びオールバックに撫でつけられ、サングラスもかけさせられる。例の鱗柄の黒いブルゾンも着せられ、闇金コースケの復活である。
「どう、いいっしょ? これ、私がコーディネートしてあげたんだ」
得意げに自慢するさやかに、千佳さんが首をかしげた。
「どうですかね……奥平さんには、ちょっと派手すぎる気もするんですけど……」
千佳さんが自分のリュックからスマホを出した。ファッション系のサイトを開き、男性モデルが着た服を見せる。
「こいういうの、どうですか?」
「あ、いいですねー。俺、このブランド好きなんですよ」
ファストファッションの話題で盛り上がった。
なんだろう、この凹凸が組み合う感じ。
なんていうか、彼女とは会話がかみ合うのだ。
しばらくして、はっと気づいた。
さやかがいつの間にか黙り込んでいる。
顔をうつむかせ、表情はうかがいしれない。
まずい……。
千佳さんと目が合った。
しまった、という顔をしている。
なにか、さやかが勝てるものを話題にしてやらなくちゃ……。
小学生の頃、小さな子を野球やサッカーに混ぜたとき、わざとやさしい球を投げてヒットを打たせたり、ゴールを決めさせたことはないだろうか? そんな感じだ。
さやかが千佳さんに勝てそうなもの……料理もファッションもだめ(ファッションはセンスの問題のような気はするが)……知性では3回コールド負けだし……。
「あ、そうだ!」
俺は突然、声をあげた。
「ディ×ニー! おまえ、ディ×ニーランドに詳しいだろ」
さやかの顔がぱっと明るくなった。
「うん! ディ×ニーなら、私めっちゃ詳しいよ」
舞浜にあるギャルの大好きな夢の国だ。まだ東京にいた頃、天気のいい日は、学校をサボって行くとか言ってた気がする。
ここぞとばかり、さやかはディ×ニー愛を語った。何時間も並ばないと乗れないアトラクションにすぐ乗れる裏技とか、隠れキャラの見つけ方とか。
こういうとき、単純なやつは助かる。さっきまでの落ち込みようはどこへやら、うれしそうにネズミの国のすばらしさを語りまくった。
千佳さんも「すごーい」「へー、今度案内してほしいなー」と今回は大人の対応を見せた。
だが、話が一段落すると、少女がぽつりとつぶやいた。
「でも、あそこだけは行ったことがないんだよね。ほら、ディ×ニーランドで唯一、お酒が飲めるっていうレストラン。いつか、あそこに入ってみたいんだよねー」
さやかがしゃべっている最中に俺は気づいた。
千佳さんが気まずそうな顔をしている。
「……行ったこと、あるんですか?」
俺が訊ねると、千佳さんがこくりとうなずいた。
「その……父が役員を勤める会社がスポンサー企業で……それで……すいません……」
なんだか申し訳なさそうに謝る。
さやかがすっくとベッドから立ち上がり、無言でリュックを肩にかついだ。顔をうつむかせたまま、バンガローの出入り口に向かい、扉のノブを回した。
「シャワー浴びてくる」
それだけ言うと、外に出ていった。