19 ヘルズ・レディース
俺はバンガローの戸口に突っ立っていた。
ぽかんと口を開け、たいそう間抜けヅラをしていただろう。
「ねえ、さっさと入ってよ」
さやかの声に押され、俺は室内に足を踏み入れた。
それまで俺の体が邪魔で中が見えなかったのだろう。
正面ベッドにいる女を目にしたさやかが一瞬、立ち止まった。
が――そのままツカツカと小屋に入っていった。
右隣のベッドに腰を落とし、リュックを放り投げる。
必然的に俺は左隣のベッドに向かう。
入り口から見て、俺、美女、さやかの並びである。
六人用のバンガローに他に宿泊客はいない。
広さは六畳程度しかないので、互いに目の前で顔を合わせている感覚に近い。
美女がどこか申し訳なさそうに提案した。
「あの……ベッド変わりましょうか?」
「いえいえ、別におかまいなく。寝るだけですから――」
恐縮する俺の声に被せるようにさやかが言った。
「あ、そうしてもらえますぅ?」
リュックを手にさっさと立ち上がる。
美女も自分の荷物をまとめ、ベッドから降りた。
狭い空間で二人の女がすれ違う。
ベッドの位置が入れ替わり、(入口から見て)俺が左、さやかが真ん中、美女が右になった。
俺はサングラスを外し、ズボンのポケットにそっと仕舞った。オールバックの髪をさりげなく手で額に垂らす。黒い鱗柄のブルゾンを脱ぎ、首の十字架をシャツの下に押し込む。
闇金コースケは終了。
いい人キャラ・奥平浩介の復活である。
ベッドの位置が決まると、室内に微妙な沈黙が落ちた。
俺は遠慮がちに、あの、と美女に声をかけた。
「どちらからいらっしゃったんですか?」
「私は神奈川です。横浜から来ました……お二人は?」
美女に訊き返され、俺は「僕は東京です」と答えた。
いつの間にか「俺」が「僕」になっていた。
それから隣にいるさやかに目を向けた。
「彼女は――北海道……地元です」
美女が少し意外そうな顔をする。
気持ちを察し、俺は先回りして説明した。
「彼女とは旅の途中で……その、たまたま意気投合しまして」
父親と娘とか、叔父と姪とか、そういうのはやめた。
一度でも嘘をつくと、嘘を重ねなくてはならない。
ただ、それにしてもだ――
〝意気投合〟ってなんだよ。飲み屋で知り合った客かよ……。
行きずりの男女と思われた可能性はある。
だが、美女はふふっ、と笑った。
「旅先だとありますよね、そういうの。私もこっちに来て知り合った人と、途中までツーリングしました」
けっこう、くだけた女性のようだ。
北海道を女一人でバイク旅するだけはある。
もともと美女というだけでマイナス要素はゼロだった。
俺は彼女に好印象を抱いた。
「僕は奥平浩介と言います。こっちは渚さやか」
こっち呼ばわりされ、少女が眉をひそめる。
「私は松田です。松田千佳です。お二人は車ですか?」
「はい。……どうしてわかったんですか?」
バンガローの扉は閉まっていた。
中から外の様子はわからなかったはずだ。
「あ、エンジンの音です。私、エンジンの音で車種を当てるゲームをたまにやるんです。あ、これは並列2気筒だからCBR400Rかな? とか」
少し照れたように千佳さんは言った。
そんな遊びをやるとは、よほどのバイク好きなのだろう。
「ねえ――」
黙っていたさやかが急に口を開いた。
眉間を寄せ、じろじろと美女を見つめる。
「あんた、ヘルズ・レディース?」
たぶん「ヘルズ・エンジェルス?」と言いたかったのだろう。バイクに詳しい=暴走族と思ったのだ。結果、アメリカのバイカーギャング集団が、さやかにとって慣れ親しんだワードであるレディース(日本の女子暴走族)に変換されたわけである。
もちろん、千佳さんには何のことだかわからないので、
「いえ……ちがいます」
戸惑ったように目をぱちくりさせた。




