17 今夜の宿はどこ?
「ねえ、まだ探してるの?」
コンビニの雑誌コーナーに立つ俺にさやかが声をかけた。
ガラスの外には、すっかり日が暮れた北海道の風景がある。
「ちょっと待て。そのへんで漫画でも立ち読みしてろ」
俺が手にしている雑誌の表紙には『夏の北海道・おでかけブック』と書かれていた。
東京の彩香にツアーをキャンセルされ、俺とさやかは今夜、泊まる場所を失った。
とりあえず国道を車で走り、最初に見つけたコンビニに立ち寄った。
雑誌を読み漁りながら、俺は周辺のホテルの名前を頭に入れていた。
店の外に出たら、片っ端から電話をして、空き部屋の有無を訊ねるつもりだった。
「でも、コースケ言ってたじゃん。当日じゃ泊めてくれないって」
「リゾートホテルはな。小さなホテルなら……」
口ではそう言っても、簡単ではないとわかっていた。
夏の北海道、それもシーズン真っ盛りだ。
日本全国だけでなく、世界中からインバウンドの旅行客が押し寄せている。
当日(それも日も暮れてから)、宿を抑えるのは至難の業だった。
「ねえ、ここは?」
さやかが自分のスマホを差し出す。
「ここからちょっと距離あるけど、当日もOKだって」
「マジか!?」
少女の手からひったくるようにスマホを奪う。
画面には白いお城のような建物が写っていた。
背景は夜で、いい感じにライトアップされている。
――お二人で過ごす素敵な時間 ラグジュアリーなラブ空間――
画像にはめ込まれたコピーでその建物が何かわかった。
「却下!」
俺はスマホを少女の胸に突き返した。
「えー、なんでよ、せっかく探したのに……」
「教師が女子高生とラブホに行けるか!」
怒鳴った後に、あわてて周りを見回す。
他の客や店員に聞かれたら通報されかねない。
「えー、でも、他に泊まるとこないんだから仕方ないじゃん」
「ラブホはダメだ。論外」
「じゃあ、今夜どうすんの?」
「そうだな……最悪、車に泊まるとか」
「コースケ、北海道の夜を舐めてるでしょ? 夏でもけっこう寒いよ。それに、あたしは車に泊まるの慣れてるけど、コースケはそういうの苦手じゃない?」
うっ、と俺は言葉につまった。そのとおりだった。
ぶっちゃけ、俺は育ちがいい(父は教師、母は公務員だ)。この野良猫(雑種)みたいな娘と違い、温室育ちの家猫(チンチラゴールデンみたいな長毛種)だった。
幼いころから、三食と寝床に困ったことはない。車で寝泊まりした経験は一度もない。たぶん、車だと眠れない。明日の運転に支障が出る恐れがある。
「なんでラブホがダメなの? ラブホ=セックスとか思ってない? そういうの古いよ。今は女子会とかで使う人もいるんだよ。あたしだって、女友達とカラオケ代わりに使ったりするしさ。コースケはラブホをいかがわしいって偏見があるから――」
「だ、ま、れ」
俺は少女の口を手でふさいだ。
よくもまあ、ペラペラと舌が回るものだ。
減らず口とはこのことだ。
「おまえのその論法、毎度通じると思ったら大間違いだぞ。いいか、俺は教師だ。女子高生とは絶対にラブホには泊まらない」
「リゾートホテルには泊まったくせに……しかも、同じベッドで……」
「なんか言ったか?」
じろりと睨みつける。
ちぇ、と舌打ちし、「飲みもの買ってくるね」とドリンクの棚に向かった。
遠ざかる少女の背中を見ながら、俺はため息をついた。
教師気取りで説教したのはいいが、現実問題、今夜の宿をどうすればいいのか。
清花の言うとおり、泊まれそうなのはラブホぐらいだ。
あいつとラブホに?……
絶対に何も起こりえない「対策」をすれば許されるか?
たとえば自分で自分に手錠をかけるとか、目隠しをするとか……。
ブルブルと俺は首を振った。
何を考えているんだ。どうかしているぞ。
そのとき、入店を告げるチャイムの音がした。
革のつなぎを着た、二人組の若い男性が入ってきた。
バイカーか……。
ガラス越しに、店の前に停められた大型バイクが見えた。
この季節、北海道と言えばツーリングだ。
車で移動中、バイクとは何度もすれ違った。
そういえば、彼らはどこに泊まってるんだろう……。
リゾートホテルでは革つなぎを着た連中をあまり見かけなかった。
バイカーたちは俺がいる雑誌コーナーの裏にいた。
棚越しに声が聞こえてくる。
「今日、どこに泊まる?」
「〝やなせ〟にしようぜ。あそこならたいてい空いてるだろ」
「酒はどうする?」
「ここでビールとつまみを買って、部屋で飲もうぜ」
「それが安上がりだな」
俺は即座にスマホで「北海道 やなせ バイク」で検索をかけた。
そこはライダーハウスと呼ばれる簡易宿のようだった。
ここから3キロ程度の場所にある。当日宿泊も可能そうだった。
「ねえ、コースケ、これ買っていいでしょ」
さやかが戻ってきた。
黄色いカゴには缶ビールと干しイカが入っていた。
「バカ野郎、戻してこい」
「えー、いいじゃん。別にあたしが運転するわけじゃないんだから」
「そうじゃない。未成年だろ、おまえ」
「もう日も暮れたから検問もやってないって。オービスさえ気をつければ――」
「いいから黙れ」
俺は強引に買い物カゴをひったくり、飲料棚に行った。
冷蔵庫の扉を開け、2缶あったビールの一つを戻し、代わりに牛乳パックを放り込む。
「おまえは牛乳を飲め。成長期だ。背が伸びないぞ」
「ええーっ、せめて発泡酒にしてよ」
「ダメだ。それより喜べ。今夜、泊まるところが決まったぞ」
「え? さっきのラブホ?」
「ちがうっつってんだろが」
会話の時間がもったいなかった。
俺は愚痴を垂れるさやかを追い立てるようにレジに向かった。
 




