第3話 女の子が夢見るもの、それはもちろん……
「さぁーて腕が鳴るわよ。早速……」
亜空間に飛び込み、既に新築の創造は終わった。
慣れ親しんだしかし新しい部屋。ベッドの上でスマホをいじる魔神ちゃん。当然ながら以前のように人界の情報を見ているのではない。
もはや情報収集は時代遅れ、自らが乗り込む時なのだ。
「うん、とりあえずはここかしら。じゃ、行ってみますかー」
装いを新たに外出用のワンピースに換装。
素敵な勇者との出会いを求めて、適当な世界へとワープする。
§§§
出てきた空からそのままに≪浮遊≫の魔法で空から辺りを見回す。
眼下に広がる深い森を、初めて直に見る景色を。
「ふーん、情報通りね。さて……!」
初めて見る生の外の世界。
情報だけでは知っていたしスマホの画面から動画でも見ていた。しかし生で見るものは何かが違う。
光の暖かさ、森の放つ空気、風の発する音。どれも全て知っている。しかし初めて感じる物に魔神ちゃんは不思議な感覚を覚えた。
だが今は感慨に浸っている場合ではない。頭を振って勇者探しを再会する。
「……さて、んー……ぉ? 見ーつけた」
僅かな気配を感じ強化した視力で森の隙間を覗き込む。
金属製の鎧を見つけた。まずは出会わない事には始まらない。早速その間近に着陸する。
「……はあ? 何こいつ……趣味悪いわねー」
「……!? ……っ!?」
鎧の持ち主は勇者ではなかった。
巨大な二足歩行の魔狼は、突然の遭遇に驚きたじろいでいる。魔眼で瞬時に読み取れた情報によると、どうにもこの森の主らしい。お供の魔獣達は怯えつつも精一杯の唸り声を上げている。
「はあ……まあどうでも良いわ。あんた、勇者の情報知ってたら……」
「動くな、邪悪なる魔獣共! 女の子から離れろ!!」
突如背後から声が響いた。凛々しく勇ましい声に思わず振り向く。
そこには待ちに待った勇者が、勇壮なる仲間達と共に武器を構えていた。
「勇者……嘘、ほんとに……ん? でもなんか……あ」
疑問が浮かび、それは一瞬で解消される。
魔狼は魔神ちゃんの≪魔力感知≫に引っかかり探知された。その下限のレベルは30だ。そして実際に目にした魔狼のレベルは38だった。ここまでは良い。
そして感知に引っ掛からなかった勇者一行。4人組のレベルは平均すると28。
この世界のバランスを魔神ちゃんは知らない。しかしそれでも10レベルの差はどうなのかと心配になる。
「(あっれー? これ魔狼と勇者君達……勝てる、のかな? でも私がやっちゃうのは、ぇーっと……)」
思わず不安になり、魔狼と勇者達に挟まれたまま考え込む。
当の勇者達は絶えず声を荒げ、魔狼の方は依然困惑している。なんとも喧しい状況に魔神ちゃんの考えは纏まらない。
「……ぁーっもー、うるさいわね……ちょっと黙りなさいよ! ≪時空固定≫!!」
思わず大魔法を放ってしまう。たがお陰で静かになった。
落ちる葉も光の投射さえも、世界の全てが止まっている。勇者達も魔狼も姿も何もそのままに動かない。
「……ぉや? これ丁度良いんじゃない? これを……こうして……こうね?」
魔狼の生命力を≪生命操作≫で限界まで減らし、勇者が構えている剣をそっと添える。他の魔獣達も同様に、一箇所に纏めて勇者の仲間達の武器を当てておく。
「よしよし……それじゃ、≪解除≫!」
解除と同時に勇者の剣が魔狼に刺さる。他の仲間達も意図せぬままに、魔獣達へ僅かな攻撃が当たりモンスター達は倒れていく。
「!? ォグォ……ッガァ……」
「離れないと言うの、な? ら……?」
呆気に取られる勇者達、経験値や戦利品を確かめる余裕もない。一様に怪訝な顔をして勇者に微笑む少女に視線を投げる。
「これでレベルが……ぉー35。一気に上がったね、やったじゃんか」
「君は……一体。なにが……?」
ふと魔神ちゃんは思い至る。
今勇者達と戦って、それは楽しいものなのだろうかと。
勇者パーティーのレベル平均は34になった。当然ステータスは魔神ちゃんと比べるべくもない。
「こうなれば私が育てて……いや、それは違うか……んー、なら……」
自身で育てて自分と戦う、それは何かがズレていると感じる。勇者達もいきなり言う事を聞くわけも無いだろう。強引に聞かせるのもやはり違う。
妥協案として一つの処置をしておく。
「≪能力複製≫≪急成長≫≪能力譲渡≫……4人分……と」
4人全員に≪急成長≫の能力を付与する。これで遠からず、戦いになる強さを得るだろうと。当の勇者達は益々困惑の色を濃くし、魔神ちゃんから距離を取る。
「今のは……。君はまさか……魔族、なのか?」
「んー、いつか解るかもね。ばいばい勇者君、また会いに来るわ」
投げキッスを飛ばし再び亜空間のベッドへと戻る。
とりあえずは今の世界をブックマークしておき、たまに観察をする事にした。
気付けば部屋の時計は午後10時。魔神ちゃんは亜空間でも規則正しく生活をする。
「ふふっ……いつかあの勇者君も、私と戦える強さに……なると、良いなあ……」
初めての外出を思い出し夢へと落ちる。
思えば人と話したのも、魔神ちゃんには初めての事だった。




