第1話 ハッピーエンドだぞ? さあ泣けよ
隠しダンジョンの何も無い通路。
そこの何もない天井をぶち破り最奥の見えないスイッチを押し、1体だけの隠しボスをとある手順で倒し……。そんな辟易する手順を更にいくつも重ねて辿り着ける一室。漆黒の闇に満たされた広大な空間。
その片隅にこじんまりと、小さな一軒家が構えられている。
内部は何ともファンシーな、少女趣味全開な部屋だった。壁紙から天井、ベッドの趣味、枕元の置物に至るまで隙は無い。いつ誰が訪ねて来ても良い様に紅茶とお菓子のストックもばっちりである。
そんな空間のベッドの上でくつろぐ、一見すると可憐な少女。真珠色の長い髪に緑の目、整った顔立ちの女の子。
見た目にはただの少女だが紛う事なきこの空間の主、即ち魔神ちゃん。
創造主がこじらせとこだわりを履き違えた末の産物。隙の無いステータスと習得魔法。勇者が倒せるかどうかは度外視された存在。本来はただの漆黒が広がっていた空間に家を作り、この様な部屋を整えた張本人。
桃色のパジャマで寝転びスマホを操作し、退屈気に人界のニュースを眺めている。
「……っはあ、今日も無いの? 隠しダンジョンが見つかったってニュース……いつ見つけてくれるかしら……?」
勇者が魔王を倒したというニュースは既に何ヶ月か前に流れた。
あの時は嬉しさの余り心臓を握り潰し、思わず異界に向けて全力の混沌魔法を放ってしまった程だ。その世界がどうなったかは知らない。
しかしそこからの進展は、退屈という他なかった。
勇者が他の隠しダンジョンをクリアしアイテムを手に入れ、雑魚を相手に調子に乗っているというのを散見する程度。自身の場所へは爪もかかっていない。
いつかは自分の所へも勇者はやってくる。
それを信じて疑わず、魔神ちゃんは今日も情報収集するのだった。
「……今日はもうダメね。……寝不足は美容の大敵、そろそろ寝ましょ」
時刻は夜の10時、魔神ちゃんの就寝時間である。
果報は寝て待て、お肌は女の命。大人しくベッドに寝転ぶ。勿論スマホは充電モード。
「おやすみなさい……。いつまでも待ってるわ、勇者君……」
画面でしか見た事のない勇者へ告げ、魔神ちゃんはいつもの寂しい眠りへと落ちる。
§§§
深夜、枕元の光にうっすらと覚醒する。
真っ暗の部屋の中で何かがピコピコと魔神ちゃんの安眠を妨げていた。思わず叩き潰しそうになるが、寸での所でそれがスマホだと気付く。
「な……によぉー? 緊急通知以外は、光る……はず……。っはあ!? 緊急通知!?」
面倒な通知は全てカットしてある。機械関連は弱いが必死に頑張って設定したものだ。勇者関連で大きなニュースが入った時だけ画面が光る設定だが、それが久しぶりに光っている。
これが光ったのは、勇者が魔王を討伐した時の一度きりだ。
「なーんだそういう事なら、どれどれどれ……? ……………………あ゛?」
思わず、女の子が出してはいけない低く濁った声が漏れた。
記事の見出しにはデカデカと、キャッチーなフレーズでお祝い事が報じられている。
「勇者……お姫様……結婚……?
ボク達、普通の人に……も・ど・り・ま・す~~~~~???」
思わず顔が引き攣り眉間に力が入る。
結婚はどうでも良い、勇者に恋心などは抱いてはいない。
だがその後の言葉『普通の人に戻ります』という事の意味は、勇者の引退である。
「っはあ……これで何人目かしら? どんどん勇者が減っていくわ……まだ私は、見つけられてないのに」
勇者の引退は初めての事ではない。
元よりこの世界の勇者は百人単位で存在していた。力無い勇者や他にやりたい事を見つけた勇者の引退は、一時期は珍しくもなかった。
だが力ある勇者の引退は、それもお姫様と結婚できる程の勇者。それは魔人ちゃんにはショックだった。
久しぶりの緊急通知に打ちのめされ、虚しく暗い天井を見上げる。
「まあ、クヨクヨしてても仕方ないわ……。頑張るのよ魔神ちゃん、明日はきっと良いニュースが……」
だがこれだけでは終わらなかった。。
毛布に身を包みかけた魔神ちゃんの頭に、唐突に声が響く。
「ぁ、あー……テステス……ん、大丈夫じゃな。えーっとメモはどこに……」
「っはあ? 何よこれ……アタシの頭に、直接? どこの誰よ!?」
だが声の主は応じない。どうにも一方通行のアナウンスである。
そういえば前にも勇者が生まれた時等に、同じ老人の声が響いていたのを思い出す。
一先ずは落ち着いてベッドの上にちょこんと座る。
「あったあった、えーっと……。『この度晴れて魔王は討伐され、全ての隠し要素はクリアされ、最後の勇者は引退しました。これをもってこの世界はハッピーエンドで終えさせて頂きます。関係者並びに各位の皆様、お疲れ様でした』……と。ほんじゃおっつー」
「………………あ゛あ゛!? 全ての隠し要素おおお!? まだ私がここに――」
プツンと。何かボタンを押した様な音を最後に声は途切れる。
魔神ちゃんの声は虚しく響き、表情は感情無く固まっていた。
「そぉ、良い度胸してるじゃない。だったらもう……遠慮はいらないわね?」