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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第六章 ~ アサシン ~
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[19歳] 不測の事態

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 ディムたち冒険者パーティ出て、普通にプラプラと歩いてる砦の北側は街道ですら人や荷馬車の往来がなくなってしまって3年経つ。

 所どころ雑草に埋まりそうになっていて、あと3年もしたら道がなくなってしまって、ただひたすら草原が広がる景色が見られるんじゃないかと心配してしまうけれど、いまのところは道を間違えることはない。


 砦から遥か50キロ北に行くと、やっと獣人の支配地区のリューベンだ。

 リューベン市街には獣人たちの最前線基地があるので近寄れないが、リューベンからわずか2キロ東にある集団墓地が3年前と同じなら、たぶんあんなところには獣人たちであろうと誰も寄り付かない。


 ちなみに、リューベンまで行かなくとも砦から10キロも行けば、いつ獣人とコンタクトあってもおかしくないと言われてる。もうここは獣人の支配地域とハーメルン王国の支配地域が重なる緩衝地帯かんしょうちたいだ。獣人の側からも斥候が出ていて、この土地はパトロールされているはずだから、すでに安全とは程遠い敵地だと考えるべきだろう。


 緩衝地帯に入ってからは獣人たちの目にも触れないよう、移動は夜間のみ、なるべく街道から外れて、見通しの悪い道を選んで歩きながら、獣人たちの足跡に注意しながら、獣人たちの最前線基地があるリューベンを大きく迂回し、そこからほど近く、東にわずか2キロ離れたところにある小高い丘を上ってリューベンの集団墓地へと向かった。


 ランタンや松明なんか使うと遠くの方からでも見つかってしまうので、明かりはなし。

 緩衝地帯に入ってからというもの、さすがにエルネッタさんを抱き上げて移動するなんてことないけど、墓場が近付いてくるにつれ、エルネッタさんがしおらしくなってしまった。エロネッタさんに交代してくれたと思って一瞬喜んだけど違うようだ。ただ小刻みにプルプル震えてディムの服の袖を掴んで離さない。言葉少なで、いつも無駄にでかい胸をこれでもかと張ってるくせに、今に限っては小さく猫背になっている。


 まったく、どうしたんだろう。


 格子の塀に囲まれた集団墓地に入ると、ダグラスが先導して右奥の隅っこにに向かった。

 無銘のまま立てられた大きめの石板の前に立つ。石板というよりは小さめの記念碑のようにも見える足もとには、もう枯れてしまってはいるが花が供えられていた。


 誰かがここにきて、花を手向けた。


 1か月前、ここにきたメイだろう。この墓標の下には誰も眠ってはいないが、ディムの父親も、ダグラスの家族も、メイの父さんも……、チャル姉トコのおじさんも。そういえばディム本人も死んだことになってて、ここで魂の安息を得て眠ってることになってる。


 ディムたち冒険者パーティは花を手向けることなく、ただ黙祷した。



 メイのパーティが教会の斥候とコンタクトしたのはここの奥にある霊廟れいびょうの裏っかわらしいのだけど、えーっと、砦を出てから2日たったから35日、ここは5日前だから30日前。

 それから合計で5日間は雨が降った。この地方の天気では、最後に雨が降ったのは2週間前。逆に言えば、2週間まえから雨が降ってないということだ。


 この辺りには足跡が見えない。墓地の中にも、丘を上がる小道こみちにも、足跡がなかった。

 獣人たちの足跡も、メイたちと思しき人の足跡もなにもない。ただ狐やタヌキなど小動物の足跡が無数に点在するだけだ。


 ということは、すくなくとも2週間前からここには誰も訪れてないという事だ。

 霊廟の裏に何も残されていないことを確認すると、ディムたち冒険者パーティは先を急ぐことにした。


 しかしエルネッタさんが大人しい。

 神官のハイデルさんがガタガタ震えてるんで、きっと大声を出して脅かすかなと思って、ビックリしないよう構えてるんだけど……大人しすぎて逆に不審に思えたので、まじまじと近くでエルネッタさんの顔を見ると、まるでチワワのように目を潤ませていた。


 なるほど、エルネッタさんは幽霊とか怖い人なんだ。


「ウソでしょ? 墓場が怖いの?」

「ディムは怖くないのか? 夜の墓場なんて死者の領域だ。そんなとこに好きこのんで来ようだなんて、どうかしてる。獣人だって夜の墓場と森には絶対近付かない」


 ディムはまたひとつこの国の風習に明るくなった。

 たしかに平然としてるのはダグラスとプリマヴェーラさんぐらいで、パーティーリーダーとは名ばかりのデニスさんですら挙動不審なほどビビってる。


「プリマヴェーラさんは平気なの?」

「エルフ族は死者の魂は土に還ると大地と樹木に活力を与える精霊のようなものになると考えていますから、墓地が恐ろしいだなんて私には理解のできないことです」


「俺らは村の墓石の上を飛び渡って教会のシスターに怒られたぐらいだし、何か出るとしたら、今じゃなくてあの時だろ? とは思うな。あの時出なかったんだから今出る理由がない」


 メイとダグラスにかかったら神も仏もあったもんじゃない。

 あの時、葉竹中はたけなかディミトリはさすがに日本人の心を持っていたから、そんな罰当たりなことはしなかったはずなのに、なぜか一緒にむちゃくちゃ怒られたんだった。


 あっ、もしかして。


「ねえダグラスちょっと地図見て、この辺に墓場なかった? えっと、この辺にも」

「暗いな……。マッチつけないと見えない……」


 ああ、そうだった。ダグラスは夜目きかないんだった。

 霊廟の裏側の光が漏れない所に移動すると、デニスさんが腰のポーチから黄燐マッチを取り出し、シュッとブーツのカカトでこすった。


 みんなで肩寄せ合ってできるだけ光が漏れないようにギュウギュウに詰めて地図を覗き込んだ。

 もしかするとこの即席パーティで初めて団結した瞬間かもしれない。


「あった。ここから狩人の山小屋に行くちょうどまんなか辺りにあった。そうだ、獣人が入ってこないと分かっているなら……」


「そうだね、メイなら墓場でもいびきかいてぐっすり寝るよ」


「なあディム、わたしそのメイって子のことが怖くなってきたんだが……」

「怖いというのはちょっと違うかもしれないけど、エルネッタさんとは気が合うかもしれないし、大ゲンカになるかもしれない。ダグラスはどう思う?」


「エルネッタさんとメイ? 大ゲンカになったら止めようとしてとばっちり食らいそうだし、仲良く意気投合されてしまうと、どうせ俺がまたとばっちり食らうことになるんだろ? どっちにしろ酷い目に遭う」


 さすがダグラスだ。自分のことはよくわかってる。

 とりあえず捜索地帯に入ったら捜索者サーチャーの指示に従ってくれると最初に約束したことがパーティのあだとなった形だが、ディムは墓場から墓場を経由して北上することにした。



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 ここからだと昼間に街道を歩けばわずか2時間、街道を外れて見つからないように移動しても4~5時間ほど歩けばセイカだ。はやる気持ちはあるけど、まずは手がかりを探さないと。



 墓場のある丘を下って街道手前を北に折れて、膝丈ひざたけの草が一面に生い茂る草原を行く。

 このあたりは雨が降ると水はけが悪く、湿地のようになる泥濘地帯なんだけど……。


 鼻が歪むほどの異臭が漂ってきた。


「デニスさん、この先になにか死んでると思う。肉の腐った悪臭がする……」

「なんだと? 本当か。まさか……」


「たぶん大型の動物か獣人の死体だね」

「勇者パーティの遺体とは考えないのか?」


「勇者たちが倒されたならきっと獣人たちの基地に運ばれるでしょ」

「そ、それもそうだな……」



 街道から丘の方に道を外れ、何が飛び出してくるかもしれない草むらを慎重に進み、死体のある場所へとたどり着いた。


 大きな木が3本ある木の下で、戦闘の跡が生々しく残ってはいたが、ゴブリン3体、オーク2体という獣人パーティだった。全員が武器を持ったまま、何か鋭い爪で引き裂かれたような傷跡が致命傷となり、ここで死んでいる。


 デニスのおっさんの見立てでは死後7日。こんなにも巨大な爪を持つモンスターなんて、地元で生まれ育ったディム達でも見たことがないし、聞いたこともない。


 爪でつけられた傷跡を見ると手の大きさをなんとなく推測できるけど、爪と爪の間が40センチもある。

 想像したくないけど手の大きさは手のひらを計って70センチ以上。手の大きさから更に推測してみると、モンスターの大きさは、5~8メートルほどの身体を持っている猛獣系。だけど不思議なことにパーティを襲ったであろう足跡がひとつも残されていない。見える足跡はこのパーティが木の下に慌てて走ってきたような歩幅の広い足跡だけだ。


「な、なあパーティリーダーとしてみんなに提案する。ちょっと戻らないか? これは得体が知れない」

「なに言ってんのさ、ダメに決まってるじゃん」


「正直言わせてもらうとキツい。私はオークなんて初めて見たが、こんな大きな化け物だとは思わなかった。身長はダグラスくんより二回以上あるじゃないか。武器も私じゃ持ち上げるだけで精いっぱいの大斧だ。こんな化け物のようなオークたちを襲って殺すモンスターがいるなんて聞いてない。話が違う」


「万年雪の積もった山の向こうには見たことがないようなモンスターが居るって聞いたな。もしかしたらそいつかも知れないな」

「わたしはディムに合わせる。ディムが戻るなら戻っていいけど、ディムは絶対に戻らないからな」


「話が違うって何? あのさ、勇者パーティって相当強いんでしょ? 獣人なんかには負けないとしても、もしかして、この爪のモンスター相手だったらどうなんだろうね? 無事を確認できなかったら装備品を持ち帰らなきゃいけないんだから、最悪、この爪のモンスターの巣を探すことになるかもしれないじゃん。まずは勇者パーティの無事を祈ろう」


 戻りたいというデニスのおっさんの提案は満足に検討もされないまま却下された。

 そりゃあディムもダグラスも勇者パーティの中にメイがいなければ帰りたいし、エルネッタさんも同じく、イトコの勇者を探すまでは後に引けない。


 足跡を逆にたどって街道のほうに行くと、あと20メートルで街道という場所で、また1体、ゴブリンの死体があった。デニスのおっさんは同じく死後一週間と見立てた。弓を装備していて、深い爪跡が致命傷になっているので、あっちの5体の死体と合わせて、きっとこいつも同じ獣人パーティだったと思う。


 ……おかしい。


 獣人たちを襲ったのが肉食獣だとするなら、襲う理由はエサをとるための狩りだ。

 だけど、足跡から推測するとまずはこいつが先に襲われて、木の下に逃げた奴らを襲っている。

 ここで戦闘になったということもなく、木の下で見つかったオークたちは、ここで仲間が襲われても、戦おうとも、仲間を助けようともせず一目散に逃げている。


 だいたい肉食獣は、獲物の群れを全滅させるという事はない。獲物を捕ったら満足して巣に持ち帰るなどして他のものを襲って殺すことはない。おそらく殺された獣人たちのうち1体は連れ去られているのだろうけど、それでもここから無事に逃げ切ったと思われる足跡が残されていないということは、この獣人パーティは全滅したってことだ。わざわざ皆殺しにするなんて考えられない。


 ゴブリンの死体の前で考え込むディムがたどり着いた結論。

 これは縄張り争いだ。

 獣人たちは、モンスターの縄張りに入り、闘争の構えをとったから殺されたと考えれば収まりがつく。


 ディムは得体の知れないモンスターが獣人たちを襲って全滅させたことについてひとつの解を導き出した。ここはモンスターの縄張りの中だ。あまり長居してはいけない。


注意を促し、この場から離れたほうがいいと思った、その時だ。


 その時、セイカ村に続く街道の先で何かが動いた。



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