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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第六章 ~ アサシン ~
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[19歳] 勇敢なセイカの戦士(1)


 エルネッタはディムが怒る理由を知っている。

 これまでは、身内に危害を加えようとする者にだけ怒りの矛先を向けていた。

 逆に言えば、知らない者が死んだところで、別にどうってことないような素振りだった。


 だけどエルフのプリマヴェーラとは8日ぐらい一緒に旅したという程度だ。パーティの仲間ではあっても、まだ身内というほど親しくもないし、砦の中に入るなと言われただけで、別に言う事を聞いてさえいれば傷つけられることはないはずだ。


 しかしディムだけではなく、ダグラスの方も我慢ならないという表情で、いまにもケンカになってしまうんじゃないかという空気が流れている。


 騎士経験者が当たり前のことだと言って、いちいち怒ってたら疲れるだけだと諦めてしまっているようなことに対して怒っている。この件に関してはエルネッタ自身、自分も俗世にまみれて純真な心を忘れてしまっていたのだと反省しているところだ。


 仲間に汚い言葉を浴びせられたら怒るのが当たりまえ。ディムやダグラスが怒るのは正しい。


 エルネッタは王都ゲイルウィーバー出身。デニスは首都サンドラ出身だ。どちらも都会生まれ都会育ちなので、騎士団が純血主義なのはよく知っていて、亜人差別どころか同じヒト族であっても外国人は嫌悪され、罵られる対象になる。騎士団は決して開かれたものではなく、内側から線を引いていて、守るべき対象である王国民に対しても盾を構えているようなものだ。


 これは種族的な問題だと言われている。

 その理由としてひとつ、【騎士】【聖騎士】という騎士に関するアビリティ自体がヒト族にしか発現しないということ。獣人やエルフたち亜人には騎士アビリティを持ったものがこれまで見られたことがない。その代わりと言っては何だが、オークやオーガにある【狂戦士】【バーバリアン】というアビリティはヒト族に現れたことがないし、【弓師】【射手】をアビリティで持つのはエルフのみとなる。つまり【騎士】こそがヒトのオリジナルアビリティなのだから、【騎士】アビリティを持ったものばかりが団結する騎士団においては他種族を排除するという考えに至るのも、ある意味自然なことなのだ。


 そしてそれはよそ者に対して寛容な都市部において顕著にみられる。

 ディムやダグラスが生まれ育った辺境では、むしろよそ者に対して排除する傾向があるけれど、亜人に対して特別な差別意識を持っている訳じゃないので、一度仲間になってしまうと連帯感が生まれる。それがエルフだろうがケモ耳の獣人だろうが同様にだ。


 いまディムとダグラスは、汚い言葉で仲間を罵られたことに対して怒っている。


 それは至って自然な事なのだが、しかしエルネッタはその怒りの根っこにはきっと、また別の理由があるに違いないと考えた。


 ここから北に少し行くとリューベンの町のあったとされる。いまじゃ獣人たちの前線基地があって、ここの砦と睨み合っている。

 リューベンといえば、たしか避難民たちを逃がすために一般市民たちが剣をとり、義勇兵として戦って大勢の犠牲者がでたと聞く。その中にはディムの父親も、ダグラスの身内もいたと。大変な戦いだったろう。しかし200人の騎士たちは避難民たちと一緒に逃げたらしい。


 ディムはこの世界とのつながりが薄いといった。父親にも甘えたことはないといった。実際に家族と接したのは別人だったといった。だけど、なかなかどうして、ディムの魂には怒りの炎が灯っている。エルネッタにとってこれは大きな関心事だった。やっぱりディムも人の子だった。怒りの矛先の向ける方向もしっかりとしている。胸糞の悪いことがあったら、怒るのが自然なんだ。ディムは冷静に怒ってる。それでこそディムだと、そう思って安堵し、ホッと胸をなでおろした。


 ディムが怒っていることに感心している自分に少し腹を立てた。

 やはりここはディムと一緒に怒ってこそだと、そう噛みしめる。


 ディムは一瞬だけ、チラッとエルネッタの顔を見ると微笑んで見せた。

 いや微笑ではない、あれはニヤリとイヤらしく笑ってみせたのだ。やっちまおうという合図だ。


「ダグラス、言って、ほら」


 ダグラスはプリマヴェーラに歩み寄るとサッと抱き上げ、さっきの騎士服を着た中隊長の前に出て、身長193センチの上から目線でキッパリと言った。


「断る! この人は仲間だ。俺たちはここを通って北に向かうからな」


 両手の塞がっているダグラスに向かって威嚇のつもりだったのだろう、騎士服の男は腰にさした剣を抜いて、上から目線で冷たく睨みつけるダグラスの喉元に剣を突き付けようと振り上げた。


 真昼間である。ディムの【アサシン】アビリティに付随する様々な夜間限定スキルは発動していない。もちろん短剣スキルもなし。

 ディムはダグラスの喉元に剣を突き付けようとする間に素早く割り込むと、その剣を指三本で白刃取りにした。

 一連の流れるような動作で脇の下を潜るようにくるっと回って、後ろ手に関節を極め、曲がらない方向に捻りあげると騎士の男は苦悶の声を発し、その手に握られていた剣は手からポロっと離れた。


 ディムはさっきまでこの男が持っていた剣を、無抵抗で受け取る形となった。

 ダグラスもエルネッタも、そしてデニスという騎士経験者は、騎士が抜いた剣を、こうもあっさり、いともたやすく奪えるだなどとはこれっぽっちも考えていなかったせいか、たった今目の前で起こった出来事が信じられない。


 あとはもう、関節が逆に決まってるところに少し力を込めてやるだけで、高慢が服を着て歩いているような騎士がとても従順になった。


「わはは、ディムかっこいいな。いまのどうやったんだ? あとで教えてくれ」

「マッサージやってると覚える関節の知識だよ。エルネッタさんマッサージ受けるほうだからなあ」


「ちょ、俺プリマヴェーラさん降ろさないと殴れねえし」

「降ろしたらダメだよ、まだ決め台詞言ってないんだから……」


 ディムの闘争ケンカを明るいところで初めて見た者にとってはまず指三本で片手剣を摘み取ったことに驚いたが、エルネッタはディムの歩法と、背後に回って関節を極めるという、流れるような一連の動作の方に興味があった。


 ディムは剣を抜いた敵の目の前に出て、横から素手で真剣を掴み取ると、短剣を抜くでもなくわきの下に潜り込んだと思ったら、もう背後で関節を極めていた。剣の修行を積んだものは、必ずや相手を目の前に捕える訓練を積んでいる。そんな奴の目の前からいともたやすく背後に移動するだなんて尋常ではない。しかも剣を抜いた相手にそれがどれほど難しいかは言わずもがな。


 実際、戦闘中、背後のゼロ距離に張り付かれた時点で負けだ。剣も盾も機能しない場所、剣も盾も届かない間合いの外なのだから。


 そこは敵の攻撃が届かない間合いの外でありながら、自らの攻撃は自由自在に届くと言う必殺の場所。交差法でいう死角だ。


 常に短剣という短い間合いで戦うディムが常勝してる理由のひとつを垣間見たのだ。

 背後を取られて身動きできないだなんて、どんなに屈強な戦士であろうと短剣ひとつで倒されてしまうのも頷ける。


「ディム、さっきの歩法をもう一度見せてくれ。頼む」

「あー、やっぱ分かった? でもこれ歩法なんて大層なものじゃなくて、足運びだよ。単なるね」

「あはは、頼む頼む。わたしはそれを憶えたいんだ」



 開け放していた南門、ディムたちパーティが砦内部に侵入すると、中隊長が捕らえられた姿を見て門番たちが慌ただしく剣を構える。

 とはいえデニスのおっさんや神官のハイデルさんはこの期に及んでまだ止めようとしてる。もう遅い。


 騎士服の男は腕を後ろ手に極められディムの誘導にとても従順に歩く。

 そりゃあそうだ、逆らおうものなら肩の関節、手首の関節、肘の関節を締め上げられ、激痛が走るのだから。くつわをはめられた馬の手綱たづなを握っているかの如くだ。


 エルネッタはディムの手もとと足もとを注視している。技を盗みたいようだ。


 そうこうしてる間にも騎士たちはどんどん集まってきていて、ディムたちの行く手を阻む。

 もうちょっとで囲まれてしまいそうだ。



「何ごとか! 何の騒ぎか!」


 奥の砦塔の扉から、また偉そうなのと、ダグラスより大きな奴まで駆け付けてきた。



---------


□ グリューデン・カルタス 40歳 男性

 ヒト族  レベル055

 体力:58472/60800

 経戦:B

 魔力:-

 腕力:S

 敏捷:D

【騎士】S/片手剣S/盾術A


----------



 これはまた凄いのが出てきたものだと感心してしまう。


「あのデカいフル装備の騎士に注意。レベル55だからカタローニを襲った盗賊の棟梁クラスだからね」

「マジか。ブッ倒してやりてえ!」


「おまえは抱っこマンだから無理だ。あいつはわたしがやる」

「抱っこマンってのやめてもらえないかな」


 包囲が二重、三重に囲みを狭めてきた。こいつらホント、最前線に配置された騎士団のくせに、たかだか冒険者パーティを相手に剣と盾を構えて、二列横隊の陣でゾロゾロと。

 ディムたちパーティは抜いてもいないのに。


「ディム、弓兵が出てきた。壁を背にしてくれた方が守りやすい」

「一応盾を構えといて。でも矢なんか射させないから大丈夫」


「まってくれ、なあディミトリくん、これは騎士団のメンツに関わる大問題だ。私らの主張が正しいかどうかなんて騎士団には関係ない。メンツを潰せば大変なことになる」



 騎士服を着た肩章つき、襟章付きで、ロマンスグレーの髪に完璧にセットが決まってる髭のオッサン。

 威圧感のある視線……。眼力めぢからの強さはギルド長を凌ぐ。



----------


□ゲイリー・デセニエル 58歳 男性

 ヒト族  レベル053

 体力:71590/78800

 経戦:D

 魔力:F

 腕力:S

 敏捷:E

【聖騎士】B/短槍S/盾術A


----------


 エルネッタさんと同じ【聖騎士】でレベル53。

 いい歳こいてまだ現役じゃないか。これだけレベル差があっても、ステータスは体力を除いてすべてがエルネッタさんよりも低い。この男が標準的【聖騎士】だとは考えたくないけど、やっぱりエルネッタさんのステータスは破格なんだと分かった。となればこんな男、どうってことない。


「おいおい待たれよ、諸君らは勇者どのを捜索するのに呼ばれてきた者たちであろう? わたしはこの砦を任されているデセニエルという者で、ここに来た諸君らがまず一番最初に挨拶に来るべき男だ。それがどういう経緯いきさつでそのような狼藉ろうぜきを働くのかを、取り押さえられる前に聞かせてもらってもいいかね?」


 この男、やっぱり上から目線で余裕の表情を浮かべていて、取り押さえることを前提に話をしてる。



「ダグラス、言って差し上げて」


「んっ。まずひとつ。その男は、俺らの仲間を侮辱した」

「ふむ。その亜人か。なるほど、もしかしてふたつめがあるのかね?」


「ある。俺はダグラス・フューリー、セイカ村の村長だったスルトン・フューリーは祖父にあたる。聞けばアンタらうちの村人たちを見殺しにして真っ先に逃げたそうじゃないか。そんな騎士の風上にも置けない不埒者ふらちものが、えっとディム、なんて言ってたっけ?」


「薄汚い傭兵風情」


「聞くに堪えないな、育ちの悪いチンピラの使う言葉だ。勇敢なセイカの戦士にむかって、言っていい言葉じゃないだろう?」


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