[19歳] ケンカっぱやい人たち
ケスタール砦に駐留する騎士団と王国軍の数が多かったので修正
× 数千
〇 騎士団100+王国軍500+予備役1000程度
ラールの街を出てしばらく、喧騒から遠ざかり風に揺らされ、さやけく草の葉擦れの音が耳に心地よく触りはじめたころ、エルフのプリマヴェーラさんが、他の誰にも聞こえないような小声で話しかけてきた。
当然『聴覚』スキルを使ってることぐらい承知の上ってことだ。
「ねえディミトリくん? アビリティ複数もちなのは秘密にしてるんですか?」
「あなたも年齢を鯖読んでるでしょ、お互いさまって事にしませんか?」
「え? ……年齢まで見えてるの?」
「うん」
「……その取引、乗ったわ。お願いだからダグラスには言わないで」
「はあ? なんでダグラス? ってもしかしてダグラスの事が気になるの?」
「言ったら殺すわよって言いたいところだけど、殺されるのはわたしか……。そうよ、だってあの子可愛いもの。193センチぐらいあって、足長くて顔小さくてしかも相当なイケメン。筋肉と筋肉と筋肉で……ああっ、あの胸板に優しく抱かれてみたい」
「言っとくけどダグラスって相当ニブいよ? あいつに恋愛なんて無理じゃないかってほどニブいよ?」
「本当? じゃあさ、もしかしてもしかして彼女とか……いないのかな?」
「聞けばいいじゃん。ダグラス!ちょっと」
「ええええっ、ちょっと、やめて、やめてよ」
「んー? どしたー?」
「ダグラスって、彼女とかいんの?」
ラールの街を出てから初めてディムが声をかけてきたから何かと思ったらそんなことだった。
勇者の事とか、メイのことなどではなく、そんなどうでもいいことを。
しかもちょっと気になってたエルフのお姉さんとコソコソ耳打ちしながらそんなことを言ったものだから、そりゃあイラっとするだろう。
「うるせえ! 爆発してしまえ!」
いっつも女連れでベタベタしてて、こんな困難な依頼でもずっと一緒だという、いかにもまっとうな理由で"爆発しろ"という呪いをかけられてしまったらしい。ひどい幼馴染もいたものだ。
もういちど彼女がいるのか居ないのか?と重ねて聞いたら、"もし彼女がいたらラールに移籍するなんてことあるわけないだろ" といって、さらに呪った。
「ディムー、疲れた。足が痛い」
そして見事なタイミングでエルネッタさんがダグラスの嫉妬の炎に油を注ごうとする……。
「んー? ダグラスもしかして抱き上げて移動とかマジでやってみたいの? けっこう疲れるんだよ?」
「うるさい、お前みたいな他人の気持ちが分からない奴はやっぱり爆発してしまえ」
「ええっ? 勘違いしてない? これは筋トレなんだ。戦闘以外でもぼくは常に足腰を鍛えてる。なんでそれが分からないんだよ」
「き……筋トレだと……」
「そっちのエルフのひとほら、さっき足が痛いって言ってたし、ねえプリマヴェーラさん、ダグラスが筋トレしたいって言ってるんですが、ついでに乗っていきませんか? 戦闘地域に出るとさすがに無理ですけど」
「はい? 足が? そんなこと一言も……ああっ、そうです痛いです。足が……」
「ええっ? 俺でいいの? えっと、あの」
「こんなにもか弱いエルフ女性が足が痛いといって困ってらっしゃるんだよ? ダグラスは騎士としてどうあるべきか考えたほうがいいと思う」
そう、こんなにもか弱いのはレベル62のエルフ魔法使いだ。
ちなみにダグラスはレベル48だから、ケンカになったら手も足も出せずに黒焦げにされてしまうだろう。
「ご婦人、俺の細腕で良ければどうぞ」
その丸太みたいな剛腕をよくもまあ細腕だなんて、謙遜も過ぎれば嫌味に聞こえる。
「は、はい。でも騎士さまが私のようなエルフを……」
「いいえ、光栄です」
「ディミトリくん、この恩は忘れないから――。ありがとう、わたし足が弱いの。腕が疲れたりしたら神官のバカに回復魔法かけさせますから、どうか遠慮も気兼ねもなさらずに抱いていてください」
普通なら"その足に回復魔法かけてもらえばいいだろ"で済ませるところなのだが、ダグラスがアホなおかげでプリマヴェーラにひとつ貸しができた。ディム自身なにもしていないのにだ。
「ディム……わたしも乗せてくれ早く」
「光栄です」
「ぶああっははははっ、どうか遠慮も気兼ねもなさらずに抱いて――っ」
「おまっ、覚えとけよ、絶対何か仕返ししてやるからな」
「なにいってんだよ、お礼を言われたいところだし」
で、その結果、でっかい大盾と槍はもちろんディムの背中のリュックにベルトでカチっと装着されることとなり、けっこうな重量感を全身に受けつつエルネッタさんまで運ぶという、いつものパターンになった。
その重量感は本気で筋トレしてると言って過言じゃなかった。
「ディムおまえダグラスには容赦なく大嘘つくんだな。ひどいぞ?」
「方便っていうんだよ」
パーティの先頭を歩くリーダーのデニス・カスタルマンは、呆れたように神官のハイデルにこぼした。
「なあ、私らって、いまからどこ行くんだっけ?」
合コンであぶれた敗北者のような顔をした二人が、うしろのカップルたちのダブルデートに愚痴をこぼす。
「デニスさん、無心です。後ろを振り返ってはなりません。歩きながら思考を止めて無我の境地に達すのです。この試練は何者かが私たちを試そうとしているとしか思えない、ひどい試練です。獣人支配地域に着く前から心が折れそうです。やってられるかあ!って心境です」
「ハイデル……抱っこしてやろうか?」
「それはハッキリと負けを認めたことになるのでお断りします。ひどく空しいですし」
毎日このパターンで筋トレながら移動を続けてていると、ダグラスは筋トレの効果が現れたのか、いつの間にか腕力ステータスがAからSに上がったことでいたく感動し、もうプリマヴェーラはダグラスの旅に欠かせないものとなった。
初日こそはすぐそこにあるエルフ女性の美しい顔を見ることすらできなかったダグラスだが、2日目、3日目と日を重ねるに従い慣れてきたらしく、いまじゃ抱き上げた美女と雑談などしながら歩いてる。
プリマヴェーラの勝利というべきだろう。この依頼を終えたあとも二人は組んでいそうな気がする。
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そして勇者捜索パーティは予定通り8日後、王立騎士団の前線基地ケスタールへ着いた。
ケスタール砦は北からの獣人を防ぐ砦だけど、要衝なのでディムたちが歩いてきた南側も一応門がある。
デニス・カスタルマンは扉をノックし開門を要求した。
「開門ー! 遭難した勇者パーティを捜索するために雇われた冒険者だ。通してくれ」
ケスタールは最前線の砦として機能していて、石造りの高い防護壁に囲われた防護砦だ。
北部へ向かう街道はここ以外にもあるが、大規模な軍の進攻を考えると荷車を引ける平坦な街道である必要がある。つまり1000を超える獣人たちが一斉になだれ込んでくるルートはここしか考えられないのだ。
デニスさんの話によると、ここケスタール砦にはハーメルン王国の王立騎士が100程度。王国軍が500という規模で集まっているのだそうだ。けれど砦の形状、こいつら守備隊、王立騎士団の拠点防衛に固執したような装備品などを見るに、このケスタール防衛を第一の任とされていることはよくわかった。
取られてしまった土地を奪い返すには3倍の兵力が必要だ。獣人たちが進行してきたとき1200という情報だったから、数値的に単純計算をすると3600の兵が必要だと言うのに、こいつらときたらわずか500そこらの兵士を置いてるだけ。
つまりこいつら、セイカ村を取り戻す気なんてこれっぽっちもないってことだ。
獣人たちに奪われてしまった地域を奪い返すのは、勇者パーティの役目だという事でもある。
「聞こえてるよ。薄汚い傭兵風情が大声を出すな」
いきなり大歓迎のお言葉をいただいたようだ。
初手からクスッと笑っちゃったんだけど、なんでこんなことを言われたのかというと、デニスのおっさんが肩章が3本ついてて偉そうな騎士服を着た男に声を掛けただけ。
肩章3本は中隊長の証なのだけど、中隊長なんてたかだか中間管理職だ。そんな中間管理職でありながら完全に上から目線だ。
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□ ディレント・ゼラホム 45歳 男性
ヒト族 レベル044
体力:42010/42440
経戦:B
魔力:F
腕力:B
敏捷:D
【騎士】B/片手剣B/盾術B
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ディムは"ほう"と感心して見せた。
そこそこに強い。レベルだけ見るとギルド長よりも上だ。
しかし、なんというか違和感を感じた。
傭兵風情なんて言われたのに、エルネッタさんは怒っている素振りを見せない。いつものエルネッタさんなら皮肉を言い返して険悪な雰囲気になるから、だいたいいつもはディムが『まあまあ、やめとこうよ』ってその場を収めるはずだ、今日に限って眉根を寄せることもなく平常心を保っている。
小耳に引っかかって気になってるのはディムだけじゃない。ダグラスも少しイラっとしたようだ。深呼吸して呼吸を整えてる。そうしないとケンカになりそうだからだ。でもこれはいったいどうしたことなんだろう?
砦について早速おっぱじまってしまって、医療テントに入りきらないほどのケガ人が出ると思ったのに、面と向かって小馬鹿にされたデニスのおっさんですら平然としている。だいたいこの中ではきっと平和主義者のディムですら不機嫌になったほどだ。これだけ喧嘩っ早いひとたちが、どういう風の吹きまわしなのか。
「あの……エルネッタさん? ケンカにならないの?」
「ん? ああ、そうか。こいつらな、騎士団なんて昔っからこういうもんなんだ。自分たちだけが偉いと思ってるからな。騎士のくせに冒険者やってるなんて言ったら、騎士団で通用しなかった二流以下だと言って笑いものにされるだけ。傭兵稼業も長くやってるとさすがに慣れたわ。あんなブ男、殴ってやってもいいけど、たぶん牢屋に入れられて一週間は足止め食らうぞ? きっと」
「マジでー?」
だからこういう場では、完全アウェー感をむしろ楽しむぐらいが丁度いいんだとか。
現にデニスはしっかりスルーして対応している。
「ああ、すまんな。さっき言った通り、ルーメン教会からの依頼で来た。北に向かった勇者パーティの捜索隊なんだ、駐留してる教会関係者に話を聞きたい。あと砦門から北に出入りしたものの名簿も提出してほしいから権限のある人に取り次いでほしい」
「フン、良かろう。亜人はもうちょっと離れて待っておれ。シッシッ……何にも触れるなよ、壁にも、扉にもだ」
亜人というひどい言葉でなじられたエルフのプリマヴェーラさんは、つば広のとんがり帽子を目深にかぶり、すこし俯いて数歩下がった。ダグラスもダグラスで黙り込んでしまって、ぎゅうっと拳を握りしめているだけ。
この砦を通してもらわないとすんごい遠回りになるのもあるけど、ディムは我慢できなかった。
「エルネッタさん、ダグラス……ごめん、ケンカになりそう……」
「はあっ、そうだよなディム……、気を遣わせちまってわりぃ」
「こんなの我慢するなんてダグラスらしくないよ」
「ほ――う、ディムが闘争する? 珍しいな。ならわたしもやる」
「待ってくれ待ってくれ、パーティリーダーとしてマズい状況だと判断する。私たちは情報を引き出さないといけないんだ、まずは……」
「オッサン、大丈夫だ。いざとなったら教会関係者を捕まえて拷問すればいい。ディムが追跡してくれるさ」
「無茶な……」
「大丈夫だよ、ぼくは絶対に逃がさないから」
「そっちの心配は誰もしてないけどな!」




