[19歳] ほしかった言葉
―― カランカラーン
ドアチャイムけたたましく鳴らし、レジェンド武具店に入った。
ここにはいつも所狭しと武具が置かれていて、カウンター奥のスペースは入荷したばかりと思われる槍や剣が布に包まれたまま無造作に立てかけられていた。
恐らくこれから磨いて陳列されるのを待っているのだろう、しかしそんなにも武具が消費されてるのか。ディムの想像を超えて、大量に入荷している。
「ようオッサン、わたしの大盾きてる?」
顔だけは凶悪犯だけど、ステータスは普通の商人という、武具店の主人。ここに来るのは年に一度、履き潰した靴の底を張り替えてもらうぐらいなんだけど、今日は短剣を見せてもらいに来た。
エルネッタさんの大盾は店に入るとカウンターのいつも剣を5本ぐらい立ててる場所を占領してあった。基本的に木製盾なので重量はそれほどでもないけれど強度を増すためにフレームに軽金属が使われている。フレーム部分だけ無事なら木製の部分は張り替え可能なんだけど、以前のエルネッタさんの盾は盗賊団との長時間戦闘で酷使されすぎてフレーム部分も壊れた。
もともと10人単位で10枚並べて壁を作ったり、頭の上にかぶせて矢の飛来からも身を守る、壁タイプの盾だから一枚だけの運用に向いてないんだけど……エルネッタさんはこの盾しか使ったことがないから、これ以外の選択肢はないという。
「ねえおじさん、ぼくに短剣をもう一振り見繕ってくれない?」
短剣を見せてほしいという声に驚いて、エルネッタはハッとしてディムの顔を見た。短剣はミセリコルデがあるはずなのになぜもう一振り必要なのかと。短剣は間合いの狭い武器だから同時に複数人を相手にすることはできない。ディムのように体術に長けた者が使うならむしろ二刀流にしたときのデメリットも多い武器なのに、ディムはもう一振り見繕ってくれという。
「おおっ? 二刀で振れるのか? スキルは?」
「スキルは普通に『短剣』しかなくて、いつもは左手持ちなんだけど、右でも左でも使えるからさ、念のためもう一振り腰にさげとけばいざって時に使えるかなと思って」
「ボウズの短剣は戦闘用なんだよな?」
「うん。以前のミセリコルデと同じ形状でもいいですね。この形はとても理に叶ってます」
「ボウズが両刃短剣の実用性を証明しちまったもんだから、最近は短剣がバカみたいに売れてるんだ。本当にありがたい話ついでにひとつお願いなんだが、うちの工房の職人が短剣好きでな、戦闘用に特化したのを打ったんだ。ちょっと振ってみてくれるか」
手渡された短剣は刃とグリップの繋ぎ目のない一本物で、フルタングと呼ばれる形状のものだ。こうすることで剣とグリップの間での破断をなくし強度を出している。もちろんいい事ばかりじゃなく、重くなったもするけれど……。
いや、持った感じだと、そう重さを感じない。
フッ! フッ!
金属部分が多いからバランスが犠牲になってるかと思ったけど、思ったよりずっと軽く振れる。バランスがいい証拠だ。空気を切り裂く音も疾くて、軽く鋭く振れることがわかる。軽量化のせいかバランス調整のせいか、グリップが薄くて握りは浅い……か。
刃の形状が似ていても愛用してるミセリコルデとは用途の異なる短剣だ。
重心がちょうど中央あたりにあるってことは投げることも想定されてるんだろうな、グリップが薄いとしっかり握れないから堅いものを突くと力が伝わらず打ち込めないことがあるけど、これぐらいの薄さだと脇の下にも隠せるし、的までの距離によっては空気抵抗も考えなくてよさそうだし、戦闘用に特化したというのも伊達じゃない。
グリップの薄さはグリップテープを巻けば力も入るだろうし、フルタングだったらフレームの強度が出てるはずだから敵が振る剣を受けても耐えられそう。
とはいえ獣人たちの支配地域に入ったら強敵はオークたちだ。ハンマーや大斧みたいな武器を力の限り振り回してくるような奴らを相手にするんじゃこんな短剣で攻撃を受けようなんて考えないほうがいいのだけど。
「悪くないね、これで安いの?」
「ボウズが使ってるミセリコルデな、あんなに高いのに、年に数本出るんだ。ボウズが使ってる装備品は人気商品になる。それが使えると判断したのなら無料で提供するから、ぜひいつも腰にさげててほしいな」
「ぼくが持ってると売れるの?」
「おいおい、自分がゴールドメダルの捜索者だってことを自覚したほうがいい。駆け出しの冒険者はみんなボウズに憧れてるんだぜ? だからボウズがこれを腰にさげると、ミセリコルデなんて高級品を買えないようなヒヨッコから、ちょっと装備品にカネ回せる中堅の探索者まで、これに注目するってわけだ」
「こんないいものをタダで使っていいの? 断る理由なんてないよ。でもこれ投げてもいいバランスだよね? ぼくは投げる事なんてないからグリップ太いほうがいい。グリップテープ1本つけて。あとミセリコルデのとなり、左側に二本差しするからこのナイフベルトにシースつけて」
この短剣はブラオドルヒ。青い短剣という意味だから見たまんまの名前。人気商品になって量産が決まると、もっといい名前が付けられるかもしれない。それにこれは右手に持つのにちょうどいい。ナイフはサービスしてくれるらしいけど鞘と皮のグリップテープはお金を払った。
「わたしの盾はタダにならないのか? わたしもゴールドメダルなんだが」
「そんなデカいの誰も使いたくねえって。どんだけ力いるんだ?」
「ええっ? これ地面に置いて使うから力は思ったよりも使わないんだけどな?」
エルネッタさん、違う。
護衛でそれ担いで何十キロも歩くほうの心配をしてくれてるんだよ。きっと。
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待ち合わせの時間が迫っていることもあり、二人は取り急ぎ部屋に戻り、エルネッタさんの実戦装備を手伝ってる。チェスト付けて背中のベルトを緩め、肩から右腕にかけての防具を付けている。長期戦になる覚悟をしなくちゃいけないから重い金属鎧よりも軽い革鎧をつけてもらうことにして、槍を持つ右腕と、頭部だけ金属製で防御力の高いものを勧めておいた。
ディムは軽装だ。
だいたいが旅装と大差ない布の服に、手と足と胸だけ革を張ってるような格好なので、準備するのにも他人の手伝いなんていらないのだ。
「なあディム、我がままな女は嫌いか?」
「べつに? たまたまエルネッタさんが我がままなだけでしょ」
「じゃあ強情な女は?」
「たまたまエルネッタさんが強情なだけだし」
「頑固な女は?」
「以下同文……いったいどうしたのさ?」
「ディム怒ってるじゃないか。会話が少ないし、ずっと眉根を寄せていてピリピリしてる。新しい短剣を買いに行くとか……わたしの短剣はもう使ってくれないのか?」
「怒ってないし! 違う違う。そりゃあピリピリするよ、獣人の襲撃はぼくにはトラウマなんだ。ぼくといっしょに育った兄弟たちはみんな殺されてしまったからね。短剣、これは二刀で振る右手用だよ。これまで左手一本だったからね、オークを相手にすることを考えると一撃で急所を突けなかった時どうカバーするかも考えないといけないから。なにしろ我がままで強情な女がついてくるって言うからね、ぼくも攻撃力をちょっとでも上げる必要があるんだ」
「本当に? 温泉から帰ってくるときからディムの様子が変だ。もうひとりのわたしが不安がって、ディムに嫌われてしまったって言ってる。ディムの彼女のほうだぞ? 泣かせたら怒るからな」
二重人格の、別人格の方がいろいろと敏感に自分のことを見てくれていることが分かった。
まあ女っぽいところの大半を別人格のディアッカに持って行かれたみたいだから、もしかすると昔、ディミトリ少年の見ているものをただ眺めていた朝霞星弥と同じように、シアターの指定席に座って見ているのかもしれない。
「んー、ねえエルネッタさん、ぼくがもし外国に逃げようって言ったら、一緒に逃げてくれる?」
エルネッタはその時、ディムがなぜこんなことを言い出したのか、その真意が分からなかった。
だけど適当に返事をすることなく、正直に答えた。
「何から逃げる必要があるのか分からないけど、ディムが逃げるのならわたしも一緒に逃げるよ」
ディムはエルネッタの背中で胸当てのベルトをキュッと締め上げると、欲しかった言葉をもらって満足そうに微笑んだ。
「さあ、行こうか」




