[19歳] プリマヴェーラが見た悪夢
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ダグラスがラールのギルドに移籍し、新しい依頼も特になく、日がな一日ゴロゴロして暮らすという怠惰な生活に戻ろうとしていた頃、こんな辺境の田舎街に住んでいると一生目にすることはないだろうエルフ族の女性を連れた一団が通りを歩いていた。
すれ違う者、特に男性なら目を奪われるほど強烈な印象をもつ、美しいエルフの女性。
魔導師のローブ、イメージ通りのとんがり帽子を装備していて、2メートルはあろうかという長い木杖をついている。やけに古風な魔導師のスタイルだ。
冒険者で魔法使いを擁する実戦パーティを率いるは、デニス・カスタルマン。首都サンドラの冒険者ギルドでも凄腕と名高いプラチナメダルのSランカー。
数日前、ディムとエルネッタ相手にイザコザを起こし、メンバーのうち1人、どうしても外せない捜索者を失ったパーティだった。
そんな手負いのパーティがこのラールの街に何の用があるのか、まずは街の郊外、ルーメン教会に行って補充の申請を許されると、すぐさま冒険者ギルドへ向かった。
受付嬢のカーリは生まれて初めてプラチナメダルを見たので、それをシルバーメダルと勘違いしてしまったというポカがあったものの、カスタルマンたち3人のパーティは、丁重にギルド長の部屋へ通された。
「緊急の依頼だ、腕利きを2~3人補充したい」
「プラチナメダルの補充となると厳しいな、うちのエースでもゴールドなんだ」
「騎士、魔法使い、神官の3人は間に合ってる。欲しいのは捜索者と、あと腕っぷしの強い奴ならなんでもいい。依頼の内容は、連絡が途絶え、行方不明になった勇者パーティの捜索だ。なお内容は極秘でお願いしたいのでボードに張り出さず、指名していただきたい。もしここで集まらなければ、フェライの街にも立ち寄る必要があるが……」
「アンタら運がいいな。フェライのゴールドメダルは、いまこの街に遊びに来てて、ヒマそうにしてるよ」
「ほう……あと依頼の性格上、腕のいい捜索者が必要なんだが、心当たりは?」
「そいつもアンタら運がいい。うちの捜索者は凄腕だ。もうすぐプラチナメダルに推薦する予定なんだが?」
「そいつは楽しみだ。パーティ組んでた腕のいい捜索者が事故ってしまってね、依頼遂行不可能になるところだった。ただし、面接はこちらのプリマヴェーラが執り行う、鑑定眼を持っているから口だけの男には騙されないってのが自慢だ」
「魔法使いと神官がいるようなプラチナランクの戦闘編成で事故死? おいおい、どんな化け物を相手にしてんだ?」
「とんでもない化け物と出会っちまってな、私の人生で最悪の不運だった。まずはゴールドメダルを紹介してほしい」
その後、細かいお金の話なども取り決めをして、依頼書を作成した。
「うちのゴールドは三人とも夜になるとギルドに顔を出すことが多いけど、急ぎなら呼びに行かせようか? 面接は酒場のテーブルでいいよな?」
「丁度よかった、私たちも腹が減っていてね。ここらじゃあ何がうまいんだい?」
「まあ、だいたいは肉だ。狩人組合とは対立してるが、奴らのとってくる肉だけは認めてる」
勇者捜索隊の三人が酒場に降りていくと、エルフのプリマヴェーラがとにかく目を引いた。普段はギルド酒場になんか近寄りもしない一般人ですら、美しいと評判のエルフ女性を一目見ようと酒場に集まるのだ。
「どうしたの? なんで私、こんなとこで人気があるのかな?」
「哀れな男どもは、美魔女に騙されるんだ……」
「あら? 美魔女? あなたが私を褒めるなんて珍しいわね。ちょっとだけ機嫌よくなったかも」
「別に褒めてないんだけどな……」
パーティリーダーのデニス・カスタルマンがステーキを食べ終えた頃、ちょうど腹を減らした190センチ以上あるだろう筋肉質の男がギルドのドアを開けて入ってきた。
「チャル姉、腹減ったー、なんか力が出るメシで安いの食わせてお願い……」
「らっしゃいダグ。安いのなら魚か鶏、どっちがいい? どっちもおいしいよ? ああっとそうだ、ギルド長さんがダグのこと探してたよ? 声かけてきたらどう?」
カウンター席に座ったダグラスが立ち上がるとギルド長が降りてきて、テーブルへと誘った。
「ダグラスくん、移籍して早速で悪いんだが指名が来てる。まずは座ってくれないか」
ダグラスは出された茶のグラスを握ったまま席を移動し、エルフ女性、プリマヴェーラの前に座った。
「えーっと、指名?」
「ええそうよダグラス・フューリーさん。あなたは面接に合格しました」
エルフ女性特有の高い声でダグラスの合格が告げられた。
面接なんて言っても単なるステータスチェックだ。ダグラスのステータスは首都のプラチナメダルが率いるパーティでも文句なしの水準だという事だ。
「指名なのに面接? なんだそれ?」
「カーリ!、エルネッタを呼んでこい、すぐにな」
「はい」
「ギルド長さん? 俺なにも説明受けてないんだけど?」
「まあエルネッタたちが来るのを待ってくれ、鑑定眼スキルで面接なんだとさ、そのあとまた上で依頼内容を説明するから……」
「んじゃ先にメシ食っとくわ俺、ハーラへっちゃって、もうヘロヘロ」
ダグラスとチャルが話をしている間にカーリが戻り、エルネッタとディムがギルドの扉をくぐって酒場に入ってきた。
「まーた指名? なんだよそれ、わたしたちを休ませてくれないわけ?」
「ぼく働きすぎだよ、過労死したら化けてでるからね……あ、ダグラスおっす! ぼくも何か食べようかな……」
「ひいっ!!」
「ひゃあああああああぁぁぁぁ!」
プリマヴェーラとショーラスが悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちたのを見て、エルネッタの目がすわった。
「ああっ? お前ら、次わたしらの前に現れたら殺すって言ったよな……」
「そこまでは言ってないと思うけど、言ったってことでいいよね」
「どうしたエルネッタ、お前もしかして知り合いか? ディムくんも」
「ああそうだ、温泉旅行の途中でこいつらと会ってケンカになったんだ。第2ラウンドやるかオイ?」
「まてまてまてまて、ダグラスも止めるの手伝え!」
「ちょ! ギルド長、代わってくれ、俺がディムを止める。エルネッタさんはおっかねえって。おれもう貧乏くじか! 止めに入ったら絶対巻き込まれるって。残念会の意味わかったわっ」
「まってくれ、ディミトリくん……と、えっと、エルネッタさんと呼べばいいか? まずは落ち着いて話を聞いてくれ、私たちもキミたちを追ってここに来たわけじゃない、信じてくれ。ここにはメンバーの補充で立ち寄っただけなんだ」
どういう運命の巡り合わせか、つい数日前にイザコザを起こした冒険者パーティに欠員が出て依頼が達成できないとかで、うちのギルドに欠員の補充で来たんだそうだ。
「欠員ってもしかしてあのひと?」
「ああ、そうだ。腕のいい捜索者だったけどな」
「そうだったの? あちゃあ……」
ギルド長のダウロスは、話を聞いて頭を抱えるディムの姿を傍から見ていて激しい頭痛を憶えた。
首都のプラチナメダルが出会った人生でも最悪の"とんでもない化け物" の正体がいま明かされたのだ。
「こいつら、またやりやがった……カーリ、私に頭痛薬とウォッカを頼む。最高に強いやつをな」
「ギルド長、頭痛薬は飲みすぎ注意ですよっ」
「俺が過剰摂取で死んだらエルネッタとディムのせいだからな、葬儀代はこいつらのツケにしといてくれ。で、面接はどうなった? この3人がうちのエースなんだが」
「彼らが味方になってくれるなら面接なんてするまでもない……おい、プリマヴェーラ? 大丈夫か?」
「は、はい……。私まだ悪い夢から覚めてない……」




