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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第六章 ~ アサシン ~
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[19歳] エルネッタの過去


「ほう、プリマヴェーラの言った通りだ。キミも鑑定眼もってるんだな、ディミトリ・ベッケンバウアーくん。ところでキミは人間なのかね?」


「ぼくの目には種族も見えますよ? ヒト族のデニス・カスタルマンさん。そちらは見えないのですか?」


「見えてる。種族はヒトで間違いないらしい。だが……プリマヴェーラがキミのことをヒトじゃあないというから、ちょっと確かめに来たってわけだ」


「失礼だなあ。ぼくはヒトで間違いないですよ。ところで彼女をどうする気ですかね?」


「まあまあ、そうしゃっちょこばらずにさ、ひとつ提案がある。何も言わず黙ってそちらの女性を引き渡してもらえたら嬉しいのだが」


「引き渡すわけがないでしょ、何でそんな事を口に出してわざわざ言う必要あるのかな? それにさっきからぼくたちの戦闘力を値踏みしてますよね? で、どうします? やりますか? あなた死にますよ」


「ベッケンバウアーくん、キミの鑑定眼スキルは私たちの戦闘力を見抜いてるんだよな? それでいて座ったまま私たちを殺すという? 普通なら正気かと笑われるところだが……」


 胸に付けたプラチナメダルをチラチラとこれ見よがしに見せびらかすデニス・カスタルマン。

 こんなものを見せびらかしたところで何の役にも立ちはしないばかりか、あまり格好のいいことじゃない。そんなの酒場の姉ちゃん口説くときぐらいしか役に立たないだろうに。


「そっちのエルフさんもこっちのステータス見えているからこそ慎重になってるんじゃないですか? 仮にもプラチナメダルぶら下げてるんだから、勝てると思ったら囲んで逃がさないでしょ? だけどいまは勝てると思ってないから自分たちが逃げるほうを優先してる。それに注意がぼくに偏ってるみたいだけど……、んーと、残念ですけどあなたの実力じゃ、こちらの家出人の美女に勝てませんよ?」


「あははディム、よく言った。いーい脅しだ。この男はわたしが引き受けるから、その間にむこうの三人を殺してこい」


 エルネッタさんは胡坐に座って膝の上に槍を握った。さやこそ外していないが、両手で槍を見せびらかすことで、目の前に立つプラチナメダルの注意が散漫になった。槍先の動きから目を離すことができなくなって、露骨に槍の間合いから出るため、カスタルマンは二歩下がらざるを得なかった。


「ほらね、この人やる気です。あと陰に隠れてるカイラ・デフォイさんにつがえた矢を外せって言ってもらえませんか? こんだけピリピリしてると、なにかの拍子にあなたが死んでしまうかもしれません」


「あの暗闇まで見えてるのか。アビリティは伊達じゃないか……。なら降参だ。おーい、カイラ! ダメだこりゃ、皆殺しにされるのがオチだからやめとこう」


 プラチナメダルの騎士、カスタルマンはお手上げといったジェスチャーを見せて降参を宣言した。

 エルネッタさんが『嘘だな』と言わないのでちょっとホッとしているところだ。


「ご協力、感謝します」


「いや、いつも強気なプリマヴェーラが反対する理由が分かった」

「なにか言ってましたか?」


「まだ死にたくないんだそうだ。だから私らにはどうにもできん。報奨金は惜しいが諦めるとするよ、命とは引き換えに出来ないからな。どうせ今は依頼を受けて旅の最中だしな」


 どっちにせよ、このまま見逃してくれるのが一番有難い。


「そうだったんですか。会わなかったこと、見なかったことにしてもらえたらとても嬉しいです」


「わかった。ところで、ひとつ教えてくれないか?」

「教えられる事なら」


「プリマヴェーラって本当に162歳なのか?」

「ぼくの目には162歳に見えてますが?」


「くっそ、私には42歳だって言ってたのに……危ねえ、口説いちまうトコだった」


「ぶわっはっはっは、130も鯖読むってすごいな!」

「120だからね! でも鯖読んでるってことは口説いてほしいんじゃないですか? きっと女心なんですよ」


「いやいやいやいや、さすがに100以上年上の女性となると私の手に余る。じゃあ、私たちはキミたちに会わなかったし、なにも見なかった。そしてプリマヴェーラのトシの事は聞かなかったことにしておくよ。あと、私たちは街に戻ってもここでソレイユ家の家出人を見つけたなんて言わないし、いま受けてる依頼が終わってもキミの彼女を追うことはしない、だから後ろから襲ったりしないでくれよ」


「ぼくも今それを考えてました。多額のゼノが懸かってますからね、この場であなたがたを倒しておくのが最善の選択だという事は分かりますよね? もう二度と会わないという約束をしてくれるならそれで構いませんが、もしも約束をたがえたら、ぼくたちはこれまでの生活を守るため、何でもしますよ」


「わかった、約束しよう……」

 このオッサン、拳を胸にあてて、まるで "このプラチナメダルに誓う" なんて言葉が飛び出して来そうな、いい表情を見せた。


 チラッとエルネッタさんに目配せしても『嘘だな』と言わない。

 こういう時、エルネッタさんの能力が頼もしすぎる。このプラチナメダル、殺しておくのが安全なんだけど、嘘じゃないなら殺す理由もない。また衛兵を呼ぶ羽目になったら面倒でこっちが死んでしまう。


「今夜はここで休もうかと思ったんですが、立ち去ったほうがお互いのためですね」

「気ィ遣わせて悪いな……」



 ディムとエルネッタは名残惜しそうにロールマットを巻いて撤収し、怖いプラチナメダルの凄腕冒険者パーティから逃れ、今夜のうちにラールの街へ帰ることにした。



----


 ディムとエルネッタが立ち去ったキャンプ地で、残ったプラチナメダルの冒険者パーティは、いまディムたちと話したカスタルマンが手拭いで脂汗を拭っているところだった。


「ぶはあ……おっかねえ、あれがアサシンってやつ? マジでおっかねえ、何がおっかねえって、目に見えてるのに、あそこに人が居ないように感じるんだ。存在感がまるでねえ。やべえやべえ」


「なあおやっさん、俺ら四人がかりで勝てないなんて思えないんだけど?」


「おまえなあ、あれを目の前にしながらそんな事いう? マジで? 私にはヒトに見えなかったがな。詳しいことはプリマヴェーラに聞いてみろ」


「ええっ? わたしに振る? でも言わない。だってあのアサシン『聴覚』スキルもちだから近付くことも困難だし、いまもこの会話を聞いてるかもしれない。そして『追跡』スキルに似たスキルも持ってるから何かしようとして失敗したら逃げきれないわ。確実に殺されるし、『障壁』スキルがあったから攻撃したとしても額面通りに魔法が通るとは思えない。あのアサシンを追うっていうなら私は抜けさせてもらうわ。死にたくないの」


「おやっさんもあねさんも、あんたらどうかしてるぜ。俺は一人でも追うからな、あれを見逃すなんて捜索者サーチャーの名折れだ」


「パーティリーダーとしてお前を止める。カイラ、やめとけ。お前だけじゃなくパーティ全員を危険に晒す行為だ」


「どうしちまったんだ? おやっさん。腑抜けちまったか? 俺はたったいまパーティを抜けるよ。分かってんのか? ソレイユ家の家出娘って言やあ、10何年か前に居なくなったっていう弟王の婚約者だろ? 国を挙げて探してる要人じゃないか。アレを挙げれば報奨金だけじゃなく名声も手に入る。カネとは別に褒美ももらえるかもしれないぜ? アレを見ちまったあとで獣人の支配地に行くなんてバカだろ? そんな依頼よりナンボも安全に目ん玉飛び出るような大金を稼げるんだ。居場所を突き止めて衛兵に通報するだけなんだぜ?」


 30歳のカイラ・デフォイ。首都サンドラでは天才と言われた凄腕の捜索者サーチャーだった。

 【狩猟】アビリティに加え『足跡消し』『追跡』のスキルを持っていて、こと人探しに関しては無類の強さを発揮し、28歳でゴールドメダルになったというプライドがあった。


「カイラ、お前が抜けたら依頼の遂行が難しくなる、頼むから思い直せ」


 カイラ・デフォイは説得の声を聞き流し、無言のまま荷物をまとめてリュックサックを背負う。

 肩ベルトを調節しながら『足跡消し』のスキルを起動させ、この場に残して行く3人に軽く頭を下げたあと、先行したディムたちのあとを追うため、小走りに出立した。



 だが数メートル、わずか数メートルだった。駆けだして数歩走ったところで、カイラ・デフォイは、まるで糸の切れた操り人形のように、突然脱力しドサッと音を立てて倒れた。


 一瞬何かに躓いて転んだのかと思った。しかしピクリとも動かないことに何かを察して立ち上がろうとした【神官】のハイデル・ショーラスは耳元に知らぬ男の声を聞いた。



「回復魔法を使ったら敵とみなす」


 それは囁くように、優しく、怖気を誘うような声だった。


 同時に口を塞がれ、声を上げることもできない。


 【神官】ショーラスの首には冷たい感触があって、ヌルッとしたイヤな温度を感じた。

 目の前で倒れているデフォイの血か、そうでなければショーラス自身の血だろう。


 【神官】という回復魔法を使えるアビリティを持っていながら、身体の芯からくる震えを抑えることもできなくて、わずか数メートル先で死んでゆく仲間を救えないことに歯噛みすることしかできなかった。

 目には涙が溢れ、身体は一歩も動けないどころか、指先一つ動かすことができない。動くのは自分では制御できない、歯をガチガチと鳴らす顎の震えだけ。


 これが恐怖というものだ。


 パーティでは回復のかなめを務める神官職のハイデル・ショーラスは、生まれて初めて恐怖というものが、どういうものかを理解した。恐怖するという事がどういう事か、身をもって体験した。


 パーティリーダーのカスタルマンは、いま正に喉に短剣を突きつけられている神官を救うために立ち上がった。

 どうせ何もできやしなくても、立ち上がらざるを得なかった。


「カイラはたった今パーティを抜けた。私らは約束を守る! 守るから!」


 立ち上がることが出来ないプリマヴェーラも懇願する。

「話はスキルで聞いてたのでしょう? わたしたちは彼を止めてた。それでも別れて行くといった……。お願い、あなたと争う気はないの」


 その場を一歩も動くことができず、ただ震えて命乞いをするエルフの魔法使い……ディムはまたこのエルフを二度見する。162歳だというのに、その姿は29歳のエルネッタさんよりも若く見えた。


「あなたたちは、ぼくたちに会わなかった。なにも見なかった。こいつが死んだ理由は何か適当に考えるか、行方不明って事にするかい?」


「カイラは事故死だ、わたしたちは彼を止められなかった責任を取ってこの場に埋葬する。敵対の意思はない」


 ディムは少しだけ自棄になっていた。


 もうどうだっていいと思った。


 エルネッタさんが王族の婚約者?

 なるほど、それが隠し事だったんだな……と。

 エルネッタが話せないことを、少しだけ理解した。



 帰ろう……。


 ディムはたった今殺して、まだ温かい死体のことなんて、もう一瞥もせずにこの場を立ち去ろうと決めた。


 エルネッタさんを抱いて、もう帰ろうと。そう決めた。



----


「ディム? どうしたんだ?」

「大丈夫、何でもない……」


 "ちょっとここで待ってて" なんて真っ暗闇の街道にひとり残されたエルネッタは、文句の一言でも言ってやろうと待ち構えていたのだが、戻ってきたディムは様子がおかしかった。


 どうしたんだ? という問いに『大丈夫』だなんて、大丈夫じゃない証拠だ。


 ディムは別にエルネッタが乗せてくれといったわけでもないのに、いつもよりも強く抱いて、時折抱きしめたり、いい匂いのするうなじに顔をうずめたりしながら、ラールまでの道程みちのりをゆっくりと帰った。


 時間をかけてゆっくりと。


 朝の光とともに『宵闇』スキルが姿を消しても、ディムはエルネッタをずっと抱いたまま、ゆっくりと歩き続けた。


 エルネッタはただ、ディムが何も言わず、とても寂しそうな表情をしながら歩くのをただ見上げていた。


 朝になって、アビリティもスキルも消失したというのに、疲れたとも、降りてとも言われることなく、変わらず力強く抱き上げられたままラールに帰り着いた。



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