表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第五章 ~ 悪魔憑き ~
83/238

[19歳] 半落ち

第五章おしまい。次話から第六章始まります。

第六章は明日にでも。よろしくお願いします。

 エルネッタは絶句した。

 まさに悪魔憑きで心悩ませているところにディムの告白は衝撃的だった。


「まて、じゃあディムは? 本当のディムは?」


「死んだ。13のときセイカでオークと戦って死んだ……。エルネッタさんの言う通り、本当のディミトリ・ベッケンバウアーは死んで、いまのぼくは偽者なんだ。だって母さんとは今日初めて話したし、今日初めて触れたんだ。どうしたらよかったの? ぼくはあなたの息子ですって抱き合った方がよかったのかな? ぼくにはわからなかったんだ」


「すまんディム……言葉を間違えた。ディム……いまのは取り消したい。ディムはディムだ」

 エルネッタは言葉を選ばず、咄嗟に口を突いて出た『本当のディムは?』と言ってしまったことを悔いた。

 ディムはこの世界とは関りが薄いと言った。13のとき初めてこの世界の空気を吸ったのだとも言った。

 エルネッタと出会ってからもずっとディミトリ・ベッケンバウアーと名乗らなかった理由も分かった。過去を話したがらない理由も分かった。ディムの幼馴染、ダグラス・フューリーが、ディムが死んだところを見たといったその証言も繋がった。


 ディムには自分自身が体験した思い出がなく、過去もない。

 ディミトリという名前も、正確には自分の名前ではないのだ。


 13歳の時、戦場に降ってわいたも同然だった。


「ぼくはこの身体を乗っ取ったわけじゃない。ほかにいた四人の兄弟たちはみんなあの夜、勇敢に戦って死んでしまったんだ。ぼくの事を嫌いにならないで欲しい、ぼくはぼくだから……」


「よく話してくれた。ディムは偽者なんかじゃないから。わたしには唯一無二の家族だ。嫌いになんてなるものか。おまえはわたしのものだ。わたしが拾ったんだから、わたしのものだ。ディム、頼むからそんなに悲しそうな顔をしないでくれ、私の胸が張り裂けそうだ」


 エルネッタは何度も何度もディムの頬を撫でながら、ディムの欲っしている言葉をかけ、同時に多くのことを理解した。


 ディムが悪魔憑きに関して専門家のような知識を持っていたこと、そしてエルネッタの悪魔憑きにも気持ち悪がらず、悪魔でさえも受け入れようとしてくれること。これまで不審にすら思っていたことに次々と明るい光が灯ってゆく。


「エルネッタさんは二人? 頭の中で会話とかしてるの?」

「いまもうるさい。もっと胸を押し付けろだとか、ディムは暗闇でも見えてるから胸の谷間を見せつけろだとか、目を閉じて顔を近づけるだけでいいとか……」


「いいなぁ、ぼくはもう兄弟たちはみんな死んでしまって、ぼくだけしかいないから。なんだか羨ましいよ。それにエルネッタさんやっぱり胸に自信があるんだね。女の武器を自覚してる」


「私じゃないからな」

「間違いなくエルネッタさんの胸を褒めてるんだよ。ぼくは……どうせならもう、昼間エルネッタさん、夜はエロネッタさんって感じに担当したらどう?」


「エロネッタ言うな! そんな事をしたらディムの好きなようにされてしまうじゃないか」


 エルネッタさんは何かと男の言いなりにされてしまうようなことを嫌う。

 女が男の好きにされてしまうことへの反発なのだろうか。べつにお互い好きなようにすればいいだけの話だと思うが、なかなかそこは頑固に見えた。


「あのさ」

「なんだ?」


「ぼくたちけっこう境遇も似てて、お互い分かり合える稀有けうな存在だと思うんだ……だから、えっと。その、彼女になってくれないかな?……と思って」


「お互いに隠し事がなくなったらって言ったよな?」

「うん。でもさ、隠し事って悪いことじゃないと思うんだ。さっきのカンザスさんだってさ、知らなくてもいい事をわざわざ教える必要もなかったし」


「おまえ本当に……、あのなあ、もうすぐ30のわたしに何を言ってるんだ? わたしは老いるんだ、おまえは……」


「ぼくが好きだって言ってんのに年齢を盾に断るなんてズルいよ。若い方がいいって言うなら、いますぐにでもぼくの彼女になるべきだ。一日遅れるごとに一日年を取るじゃん」


「すまんディム、反論も出来ないよ、あまり責めないでくれ。お前の言うようになれたらどれだけ素晴らしいかと思う。だけどダメなんだ……」


 エルネッタの消沈する顔を見て、ディムは押しを弱めた。

 いま押せば落ちるかと思っていたが、エルネッタさんなりに人格が分離するほど苦しんでいる。


「ごめん……ちょっと言いすぎた」

「すまんディム。分かってくれとは言えない……」


「……そうだ、じゃあエロネッタさんに代わって! 先に半分落としとくから!」

「ダメだ、あいつはもう落ちてるからダメ」


「じゃあ半分彼女だからね! 半分!」

「半分……か。そうだな、半分だ」



―― ガッ!!


「シャアアアアッ!」


 立ち上がって力いっぱいのガッツポーズを決めた。


 半落ち!

 半分だけ彼女になった。あと半分だ。もう受験のお守りとは言わせない。


 ディムはこの上ない喜びと共に、急激に力が抜けてゆくのを感じた。


「今日はぼくの勝ちだからね……。ふう、もうヘロヘロだ。力が抜けた……。ぼく寝る」

「ここで寝るのか? 狭いぞ?」


 なんだか本当に力が抜けてしまって、精神的にかなり疲れた。

 ディムはエルネッタに優しく抱きしめられて、そのまま深い深い眠りに落ちた。


 ディムとエルネッタは翌日もその翌日も、衛兵の詰め所に缶詰にされて調書を取られた。誘拐事件の四件分、エルネッタの正当防衛に、ディムが戦闘で死なせた三人の件、加えて探索者シーカーの行った不正とその巧妙な手口についても、根掘り葉掘り聞かれた。


 ようやく解放されたのは四日後という長期滞在となったが、すべてを終わらせてからラールの街へと帰ることになった。しばらくこの町には来ないだろう。


 カリウス・フォンダが死んでしまったことで取り調べはできなくなってしまったが、10年前に起きたまま手付かずになっていた強盗殺人事件もこれで解決。妻を殺された金貸しのあるじもフェライの街から夜通し馬車を飛ばして駆けつけ、顔を確認したことにより不幸な事件にようやく一区切りをつけることができた。賞金を増額したフェライの金貸しが一区切りつけることができましたとお礼を言いに来たことで、カリウス・フォンダの強盗殺人事件も解決。こちら賞金の500万もラールに帰ったあとで衛兵詰め所に取りに行けば受け取れるらしい。


 冒険者ギルドの探索者シーカー自らが誘拐事件に関与し、依頼達成金を得ようなどとは、冒険者ギルド前代未聞の不祥事となった。もちろんこれまでもあったとは思うけれど、ここまで大きな事件になって明るみに出た以上は大ニュースになってしまう。


 この辺境の小さな町で起きた誘拐事件は重大案件として王都へと報告されることとなり、冒険者ギルドのありかたそのものを問われることとなった。恐らく今後は行方不明案件を冒険者ギルドが担うとき、衛兵の中の警察組織が一枚噛むことになりそう。もう考えただけで面倒だ。


 そして不祥事を起こした当のサンドール冒険者ギルドは今回の自作自演犯罪の責任の一端を負うことになり、依頼達成金はサンドールの冒険者ギルドが100%支払うこととなった。そんなものに手数料がかかると、話はややこしくなる。つまり、30%の手数料を取られることなく、100%ぜんぶ、ディムとエルネッタの懐に入った。


・キャンディ・ヘイス   8歳 120万ゼノ

・テインク・キンドル   6歳 100万ゼノ

・アリス・セイラー    9歳  80万ゼノ

・ディミトリア・カンザス 4歳  80万ゼノ


 ディムの依頼達成料は380万ゼノ。

 エルネッタさんのラールで受けた傭兵としての指名依頼料が50万ゼノ。こちらは指名の扱いにはならず、ギルド長の推薦ってことなのでラールで手数料引かれるから、手のひらの上に乗るのは35万ゼノ。


 カリウス・フォンダの懸賞金500万を合わせると、ディムとエルネッタが得た今回の収入は、合計で915万ゼノという大金だった。


 この金額は二人で贅沢さえしなければ三年ぐらいは仕事しなくても暮らしていける大金なのだけど、エルネッタさんには装備品を買ってもらわなきゃいけないし、身体がなまってしまうと現場復帰が難しくなるので、仕事はボチボチ続けるつもりだ。


「また温泉だねーこれは」

「そうだな、肩がこった。また温泉に行こう」


 ようやく衛兵たちの聴取から解放されたので、ディムのことを兄ちゃんと呼ぶディミトリアにお別れを言うため、二人はカンザスさん家族の経営する雑貨店に顔を出した。


 エルネッタさんがディミトリアを抱いて、高い高いしてあげてたのがとても印象的だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ