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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第五章 ~ 悪魔憑き ~
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[19歳] 母からもらった名前

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 探索者シーカーとして期待されていたタクト・セングルは死んだ。


 いまから三ヵ月前に行方不明者の探索をしていて、うまく発見できたことから味を占め、この自作自演を思いついた。四人の女児たちは依頼達成料が最大にまで上がってから順次発見したことにして達成料をせしめ、街から街へと流れて、首都まで行けば商売を始められるぐらいの資金にはなると思っていたらしい。


 予想してたことと現実はあまり違わなかった。ディムはこの件に関して驚きも感動もなかったけれど、保護したばかりのディミトリアって子を抱き上げて、一心不乱に泣き続けるのをなだめるエルネッタさんの目がとても優しいことに気が付いた。普段は眉を吊り上げて男みたいに強い目をしてるのに、小さな子供を抱き上げるエルネッタさんの目は、まるで母親のように優しい。


 やっぱりエルネッタさんとこの子のあいだには何かある。そう思って、ようやく泣き止んで落ち着きを取り戻したディミトリアの顔がはっきり見えたとき、なんとなく事の真相を理解したような気がした。



「この子はディムが抱いて、連れ帰ってやるべきだ」

 ディムはエルネッタさんから、自分とどこか似た顔のディミトリアを渡され、拒むことなく抱き上げると、まずは自己紹介から始めることにした。


「初めましてディミトリア。ぼくはね、ディムって言うんだ」

「わたしもディム。おんなじ」


 男たちが5人で酒を飲んでた部屋を調べて、オイル式ランタンを二つ回収した。これを女の子たちに持たせて道を照らしてやればみんなで歩いて帰れる。


 エルネッタさんはいつもの指定席をディミトリアに譲り、捕えたハンマ・ターナーを縛り上げ、まるで犬の散歩を愉しむ貴婦人のように暗い街道をゆく。槍で刺された足が痛くて歩けないなんてことを言い出すと、容赦のない蹴りで派手にフッ飛ばされ、サッカーで言うドリブルよろしくサンドールの町まで運ばれるので、ターナーは痛みを押して足を引きずりながら苦悶の表情で戻ることになった。



「なあ、若い女を抱いてそんなにニヤニヤするな。嫉妬してしまうじゃないか」


 どうやら四歳の幼女を抱いて、ニヤニヤしていたらしい。

 ディムはこの件でほとほと思い知った。エルネッタさんの秘密主義はそう簡単に崩せない。

 よくもこんな大切なことを黙っててくれたもんだと、問い詰めてやりたい気分を飛びこえて感心している。サプライズにしては出来が良すぎるし、ディムの誕生日はまだずっと先だ。


「エルネッタさんは最高だ。最高にひどくて、いい女だよ」

「そんなに褒めるな。くすぐったいぞ」


 皮肉だった。褒めたつもりなんて一ミリもない。


「3年前から知ってたってこと? ぼくが16の頃?」

「ああ……」


「ぼくに言えなかった理由は? 秘密なの?」

「その子の母親は夫も息子も死んだと聞かされ、絶望して川に身を投げたんだ。流される女性を見て、オットー・カンザスが濁流に飛び込んだ。命は助けられたが記憶を失ったらしい。いまはカンザスの妻として幸せに暮らしてる。ディムに言うべきだったのかもしれない……だが、どうすればいいか分からなかったんだ」


「そっか。そういう経緯いきさつがあったのか。しまったなあ、カンザスさんに失礼な態度とってしまったよ。謝らないと」

「ディム……大丈夫か?」


「生きててくれただけでも嬉しいのに、母さんはいま幸せで、ぼくはいま妹を抱っこしてるし、エルネッタさんとカンザスさんの疑惑は解けた。記念すべき日だよ、花火を打ち上げて祝いたいほどさ」


「おまえ疑り深いんだな。あれほど関係ないって言ったじゃないか」

「エルネッタさんはどれだけ隠し事があるか分からないブラックボックスだからね」

「それな、ディムにだけは言われたくない」


 ディムとエルネッタが子どもたちを救出し、サンドールに戻ったのは夜半を少し回った頃。冒険者ギルドのドアを開けると、もう遅い時間だと言うのに酒場でクダ巻いてた荒くれ者たちも戦慄した。


 血だらけで縛り上げられた探索者シーカー、ハンマ・ターナーが蹴り転がされたのだ。


 どこぞの殴り込みかと勘違いした者が数名、仲間がこんな目に遭わされて黙って見ていられるわけもなく、剣を抜いた者が数名。


 ディムが女の子たちと一緒にギルドのドアをくぐると、わずか数秒前に入って行ったエルネッタさんがもう一触即発の修羅場を作り上げていた。すっごい才能だ。揉め事を呼び寄せる体質として、エルネッタさんを超える逸材を見たことがない。



 女の子たちはギルドに保護され、夜半過ぎとはいえ、すぐに伝令の者が家族に知らせるため走った。

 縛り上げられたハンマ・ターナーは、その場で正座させられ、ディムとエルネッタに話したのと同じ内容を、ギルド長に話し、四人死んだこともあって、すぐ衛兵が呼ばれた。


 それからというもの、真夜中だというのに衛兵が20人規模で押し寄せるわ、子どもが見つかったと言われ、寝間着の上にコートを羽織っだだけの状態で駆け込んできた家族たちの涙の再会に立ち会わされるわ、あちこち事情聴取に引っ張りだこのエルネッタさんの傍ら、ディムはずーっとディミトリアを抱っこしたまま、柔らかい髪を撫でている。



「ディム!!」


 ずっと聞きたかった声、懐かしい声が鼓膜を震わせた。反射的に振り返ってみると母さんがそこに居て、ずっと会いたかったのに、ディムって名前を呼んだのに、母さんが見つめていたのは、女の子のほうのディムだった。


 ずっと会いたかった母さんは、エルネッタさんと顔見知りだったあのオットー・カンザスという男が並んで立っていて、ディムとディミトリアが二人揃って振り返った様をみて、駆け寄ろうとする足を止めてしまった。


 ディムはディミトリアを父親に託すと、くるりと踵を返し、衛兵たちに引っ張りだこにされてるエルネッタさんの下へ戻ろうとした。


「ねえパパ、あのお兄ちゃんもディムっていうんだって。同じ名前なの」

 立ち止まったディム。後ろ髪を引かれる思いを背中で断ち切るように、振り返らないつもりだったのに、小さな、震える声がディムの心を揺らす。


「あの、すみません。……、失礼を承知でお伺いします……」


 ゆっくりと肩越しに振り返るとそこには、ディムの記憶の中では母親だった女性が縋るような眼差しを送っていた。


「こんなことを言われると混乱するかもしれませんが、あの……、私のことを知りませんか? もしかすると親類か、どこかで血のつながった方ではないかと思いまして」


 きっと喉元まで出かかってるのに、出てこない、絶対に見覚えがあるのに思い出せないもどかしさに我慢できなくなったのだろう。母はその解答をディムのほうに求めた。


 記憶がないこと、普段からフッと気が遠くなるような感覚と共に、なにか記憶が呼び起こされるような気がするけれど、実際には何も思い出せないのだそうだ。


 でも無事に見つかった愛娘を抱いている、娘と似た顔の青年とのツーショットを目の当たりにして、得も言われぬ収まりの良さと、他人とは思えない懐かしさを感じ、もしや親類縁者ではないかと考えたそうだ。


 他人とは思えない懐かしさ……。喉まで出かかった有名人の名前みたいなものだ。


 チラッと振り返ってエルネッタさんに助けを求めようにも、衛兵に囲まれてむちゃくちゃチヤホヤされてて、尋問攻めにされてる。やっぱりエルネッタさん、こんな時だけ役に立たない。



「すみません、実はぼくも家族の事は覚えてなくって……、でもあなたの顔を見ると、なんだか懐かしく感じます」


「そうだったのですね、それは残念です。私もそうなんです。以前の記憶を失ってしまいました。とても大切なことなのに、思い出さなくちゃいけないことなのに、思い出せないことは苦しいですよね、本当にお察しします。今日は本当にありがとうございました」


 そしてディムは母と、すこし他人行儀な握手を、堅く堅くかわした。


 母はディムが多重人格で、いま目の前にいるディムは別人格だったことを知らないし、ディムのほうも母の手に触れたのは初めての経験だった。


 農家の嫁にきた母の手は、すこしかたくなっていて、かさついていた。働き者の手だ。

 ディムがいつも欲していた、得難い温度、握った手は思った通り、温かかった。


 母と子は、まるで初対面のような挨拶を交わして、この場は別れることにしたのだけど……、お互いに見つめ合ったまま、まだ握手した手を放そうとしない。


「あの、ごめんなさい。ちょっと名残惜しくて……。えっと、どうかお元気で」


 母と息子がぎこちなく手を握り合うさまを、オットー・カンザスは、救出されたディミトリアを両の腕でしっかりと抱きあげたまま眺めていた。



「うおーいディム? もういいか? あいつの名前なんだっけ? あの39のやつ。忘れちゃってさ」

「カリウス・フォンダ。忘れてもいいよ、もう死んだし」


 エルネッタさんが邪魔しに来たのでせっかくの親子の対面が終了のお知らせを聞いた。カンザスさんは我に返った母さんにディミトリアを抱かせると、ディムの前に立った。



「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。先ほどは挨拶もできませんで……わたしカンザスといいまして……すみません、あなた、私の妻をしっているのですね?」


 母がディミトリアのことで衛兵に話しかけられているのを確認したうえで、ディムはこのカンザスという男に小声で話した。


「ぼくの名ですか? ぼくはディミトリという名をつけてもらいました。あなたの奥さんは、どうやら記憶を失っているようですね」


「はい、妻は記憶をなくしています。だからもしやと思い……」

「いいえ、きっと思い出したくもない、つらい出来事があったのだと思います。今が幸せだというなら、つらい過去なんて思い出さない方がいいのかもしれません」



 カンザスは恐縮し、申し訳なさそうな顔をしながらひとつ教えて欲しいことがあるといった。

 明らかに妻の過去を知っているであろうこの青年に。


「実は恥ずかしいことですが、わたし未だに妻の名を知りません、もしよろしければ教えていただけませんか」


 依頼書によればディミトリア・カンザスの母親の名はケイト・カンザスとあった。母さんは自分の過去も名前も思い出せなくて、いまはケイトという名前をもらって幸せに暮らしてる。


 名前はただの文字の羅列でも、連続した記号でもなく、ひとの思いが込められた魔法の言葉といっても言い過ぎじゃない。ディムの母さんはカナリアという名前だったけど、カナリア母さんは未来を悲観して、自分を殺してしまうほどつらい思いをしたんだ。


「カンザスさん、あなたの奥さんの名前はケイト・カンザスだと資料にありました。ちなみにこの名前はどなたが?」


「私です。名前も知らないというので……僭越せんえつだとは思いましたが……」

「ケイト、いい名前じゃないですか。実はぼくも6年前、河に流されて死にかけてたところを、あちらのエルネッタさんに命を救われました。いま二人で暮らしてて、とても幸せです。いまが幸せなら名前なんてどうだっていいじゃないですか」



 まさかまだ十代の青年がそんな達観したようなこと言うとは思わなかったのだろう、カンザスさんは何も言えなくなり、少し寂しそうな表情を見せた。いつもならもう話すことはないところだろうけど、今夜は少し話したい気分だ。蛇足だとは思うけれど、ひとこと付け加えることにした。


「ああ、そうだ。退屈な話だけど、ぼくの母さんの話を聞いてもらえるかな?」


「は……はい、ぜひ」


「そうだなあ、これと言って特別どうってこともない、ただの家族自慢なんだけどさ。ぼくは母さんに叱られたことがないんです。ぼくがまだ幼かったころ、村の畑のスイカを盗んで幼馴染の友達と食べたことがあって、普通ならお尻をぱたかれたり、怒られたりするものだと思うけど、母さんはそうはしなかった。ぼくが悪いことをしたら、一刻(二時間)かかろうが二刻(四時間)かかろうが、話をするんだ。何がいい事で、何が悪いことか。悪いことをすると村の人がどう思うか。恥ずかしいこととはどういうことか。正しいとは何か。優しい目で、優しい声で、ぼくが分かるまで、ごめんなさいと言って反省するまで、怒るでもなく、辛抱強く滾々(こんこん)と言い聞かせました」


「……ああ、ケイトもそうだ。時にディミトリアが気の毒に思えるほど……」


「そうだったんですね、ケイトさんもいいお母さんなんですね。ぼくの母さんはカナリアっていう名前でした。とても優しくて、温かなひとでした。とても、とても」


 ディムの脳裏に、懐かしいセピア色の記憶がフラッシュバックし、思い出が鼻を掠める。

 こんなギスギスしたアウェイのギルド酒場だというのにホッとしたような安堵感に心を温める。完全アウェーでの依頼なんてほっぽって帰りたいぐらいのストレスなんかどこへやら行ってしまった。そんないい空気の中、母さんの思い出に浸っていたのに、エルネッタさんからお呼びがかかった。


「ディム! おい聞け!」

「ああ、うちのガサツなお姫様がお呼びです。それではまた。いつか、どこかで」


 そう言ってその場を立ち去ろうとするディムの背中、カンザスは何も言わず、ただ深々と頭を下げた。


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