[19歳] ふたり悪魔
2600文字と少量で話が進まなかったので2100文字ほど追加しました。
「ところで悪魔憑きってなんでバレるの?」
「悪魔祓いを頼みに行けばバレるさ」
「はあっ? じゃあ頼まなきゃいいじゃん! 頼みに行く人アホじゃん! 多重人格は悪魔憑きじゃないからエクソシストなんかに治療できる訳がないの! 悪魔祓いなんか頼んだら100%火あぶりだってば!」
「ディムおまえなんでそんなことまで知ってるんだ?」
「ぼくは物知りなんだよ。こと悪魔憑きに関してはね」
多重人格を見つけ出すスキルがあって、それを悪魔憑きだなんて言って魔女狩りみたいなことやってんのかと不安になったけど、自己申告制なら言わなきゃいいだけだ。
「でも、耳元で悪魔が囁くんだ。ダメだろ? わたしはもう蝕まれてる……もうダメなんだ。いつか悪魔に身体を乗っ取られて、わたしは消えてしまうんだ」
たしかに不安なのは理解できるけどさ、何をそんなに悲観的な顔をして涙目で訴える必要があるのか……。
「大丈夫だよエルネッタさん。今のところ入れ替わったら一発で分かるし、名前も本名を名乗ってたから、今のところ区別するのも簡単だからね。それに入れ替わってる間の記憶があるなら、物がなくなっているとか、逆に物が増えてるとかっていう困ったこともないでしょ?」
「それはない……」
ちょっと元気がないな。元気の出るたとえ話をしてやるか……。
「じゃあさ、えっと、例えば。例えばだよ? エルネッタさんが気が付いたら室内は血まみれ。壁まで血飛沫が飛び散ってる凄惨な状況だった。そして足もとに男が倒れてる。何があったんだと思って駆け寄って手を差し伸べると、自分の手が血まみれで、ハッとして鏡を見たら頭から返り血いっぱい浴びてたとか……」
「怖い怖い怖いっ! ディムお前、よくそんな恐ろしいことを……」
「フフフ……、ぼくはホラーな話がそこそこ得意なんだ。ぼくに抱き付いてくれてもいいよ?」
「ありそうで怖い。リアルに想像してしまったよ」
抱き付いていいって言ってるのにスルーされたことは、すこし悲しい。
「記憶があるならそういうことにはならないってこと。大丈夫だよ。二重人格は病気でも悪魔憑きでもなんでもない。ただ、エルネッタさんが不安定になって混乱を引き起こすといけないんだ。エルネッタさんも、ディアッカも、まずはお互いを認めて受け入れよう」
「……ディム……わたしは悪魔憑きなんだぞ? それでもいいって? おまえ本気なのか? 他に女が居ないならまだしも、おまえ自分がモテるの知らないのか? パトリシアも、サラエもおまえのことが好きなんだぞ? 優良物件が手を広げて待ってるのに、なぜこんな見るからにヤバいおばさんに執着するのかが分からない」
「エルネッタさんはディアッカで、ディアッカはエルネッタさんなんだ。二人は一人、一人は二人。ぼくはどっちも好きだからね。……だからさ、心配しないで。不安がらないで」
「ん。そうか……わたしはディムがそう言ってくれるのを期待してたのかもしれない」
「ぼくはエルネッタさんの期待に応え続けるよ」
「んー、ディム。おまえますますいい男になったな。もう呼び捨てでいいぞ。エルネッタさんなんて言わなくていい」
「へ? どういうこと?」
「お前いってたろ? わたしを呼び捨てにするのが夢だって。ディアッカのほうは呼び捨てにしたじゃないか」
ディムは深く深く溜息がこぼれた。なぜにこのひとは、ここまで察しが悪いのかと。
「呼び捨てにしていいってことは、ぼくの妻になるってことだけど?」
「はああっ? なっ、ちょ……まっ」
「そうだね、結婚式の日取りを考えようか、エルネッタ」
「ちょ、ちょっ、まってくれ、ごめん、いまのナシ。いまのナシにしてくれ……」
「どうでもいいよ、どうせ偽名なんだしさ。どうせならエルネッタさんの方もディアッカって呼びたいね。さてと、エルネッタさんの別人格の問題も解決したよね? じゃあどうする? 寝る? 寝るならさっきのエロい方のディアッカに代わってほしいんだけど」
「ダメダメダメダメっ! ダメだってば、あいつは……」
「えーっ、ここはどこですかー? 何するところだっけー? いまぼくたちが添い寝してるベッドは、愛をはぐくむ場所なんだけど」
「ああああっ、ダメだダメだダメだっ」
「ほら、想像力が足りない。この部屋、このベッド、毎日誰かがしてるんだよ? なにをしているのか、想像してみて」
まあラブホの部屋にはいるにしても足跡追尾のスキルを発動して、不審な者が入ってないかぐらい確認してみるのはいいけれど、シーツは交換してくれてるからいいとして、ベッドの脇までべたべたと知らない人の足跡がいっぱいだ。見るもんじゃないなあって心底思った。
「ダメだあっ、ディムおまえ……無理やり悪魔を呼び出そうとしているな! 外に! そうだ、酒場に行こう。腹が減ったよな!」
「なんだよ意気地なしだなあ。じゃあ、えっと、酒場でも食事でもいいけど……実はさ、ぼくたちを尾行てた屋根の上の狙撃手なんだけど、あれさっきギルド酒場で絡んだあの弱そうな探索者だったんだよね……。名前なんて言ったっけ? エルネッタさんにヒイヒイ言わしてやるって言ってたやつ。ぼく的には全裸で逆さ磔の刑に処してやりたいんだけど? そこでちょっと順序を決めてほしいんだけど、酒場の方が先でいいの?」
「ディムおまえ、なんでそれを早く言わない」
「あんな野郎よりもエルネッタさんと朝までしっぽりとベッドの中でいっしょに居たかったという単純な欲望だよ。どうする? お酒にする? 食事にする? それとも……風呂にでも入って寝る?」
「いやいやいや、酒よりも肴が先だし、メシ食うにしても前菜が必要だ。あいつのヒイヒイ泣いた顔を先に見たい、きっと今夜の酒は最高に旨いぞ」
イチャつくよりもあの野郎を殴るほうがいいらしい。
単なる照れ隠しであってほしいよ。
「あの野郎を全裸で逆さ磔ね。はあ、仕事優先かあ。仕方ない。じゃあ行こうか」
「ほらな、お前のそういうところがいい男なんだ」
「主観に相違があるよね、ぼくはこういうところが一番ダメだと思ってるんだけどね……ほんとに」
結局何もせずにラブホをチェックアウトして、またこの寂れた繁華街に出た。
猛り狂った性欲をどうしてくれようか。
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さてと、さっき屋根にいて陰から二人を狙撃しようと狙ってたのは、探索者のハンマ・ターナー。31歳。レベルは28で大したことないけど、エルネッタさんにエロい言葉を投げつけやがったんで、個人的にタダじゃあ済ませてやらない。
だけど先に、複数の失踪現場で目撃されてるカリウス・フォンダのほうから手を付けたいところなんだけど……。こいつらの足跡がまた、見事に同じ方向へ向かってる。
足跡のついた時間は少しずつ違ってて、関係ないと思う足跡もいくつかあるけど『足跡消し』スキルを使ったセングルって探索者の足跡と合流して、町の外に出た。
街灯もない夜の街道、見渡す限り美しい闇が広がってて、付近にはディムとエルネッタだけだ。
念のため尾行者がいないかどうか確かめたけれどもう誰も尾行てない。
一人ぐらい見張りを置いてると思ったが、怪しくないと判断されたらもう、完全にフリーになった。
甘いというか、本当に大甘で困ってしまうほどに甘い。
「なあディム、いま誰を追ってるんだ?」
「5人の足跡がずっと繋がってる。一網打尽できるかもだけど、子ども最優先だからね、勝手に突っ込んで暴れないでよ」
「酒の席と仕事は分けてるから安心しろ。わたしはディムの補佐だ。指示通りに動くよ」
足跡は未熟な足跡消しのセングル、レベル39の【盗賊】アビリティもちフォンダ、ギルド酒場でエルネッタさんに絡んだターナー、そしてラブホの路地に突っ込んできたフォンダに付いてきたキュラス。こいつ地味だけどレベル38もある。あと一人は屋根の上から狙撃しようとして狙ってたターナーとコンビ組んでた狙撃者ケイレブ。5人分、ちょっと小走りの足跡もある。急いだのか。
サンドールの町から出て星明りの街道を2キロほど歩くと、丘と草原と森が織りなす自然の造形美と言うべき地形に差し掛かった。街道から折れて丘を上がり、足跡の判別がつきづらい草むらを直進すると、丘の向こう側に段差があって、そこにコンテナ? のような作りの犬小屋より簡単な造りの掘立小屋が二棟、こんなにも美しい丘の斜面の向こう側、街道から見えない位置にこそこそ隠れるよう建てられていた。
そのうち小さな方の建物に向かって足跡が繋がっていた。
出入りのあとは頻繁にあるけど、判別できる数時間内の足跡は5種類。ってことは、最低でも5人いるってことだ。
小さな建物? 窓がないけど『聴覚』スキルで中の会話は聞こえる。
話してるのは三人だ……。
---- Sound Only Open ------------
「しかしまさか噂の凄腕捜索者が、あんなガキとはな……」
「追跡スキルもってると思って警戒してたのによ、なんだありゃ? 連れ込み宿に一直線とはな」
「あははは、羨ましいんだろターナー。あいつら今ごろやりまくりだろうな。おまえもあの巨乳の姉ちゃん狙ってんだろ? 酒場で口説いてたじゃないか、ヒイヒイ言わせてやるって」
「ああっ? 姉ちゃんはいいけど、男の方も口説いちまったなそういやあ……」
「ターナーおまえどっちもいけるひとなのか?」
「俺? んー、実は俺、男は好みじゃないんだ。フォンダさんに譲るよ」
「なんだ俺に回ってくるのか? いや、いらねえな。男ならもっと若いのがいいんだ」
「「「わはははは……」」」
------------ Sound Only Closed ----
「こっち小さな方の建物に5人分の足跡が入っててたぶん雑談中。内容はまあ、猥談だからエルネッタさん聞かないほうがいいね。聞いたら飛び込んでいきそうだ。こっちの建物はどうなんだろ?」
「でっかいほうに攫われた子どもがいるんだろ? どうせ」
「だろうね、ちなみに女の子って売ったらいくらぐらいになるの?」
「知らないよ? なんでそんなことに興味あるんだ?」
「えーっと、考えてみたんだけど身代金誘拐だったら、身代金を受け取るときが一番難しくてさ、ほとんどが捕まるじゃん? だからって女衒と組んで売り飛ばしたとしても、その女の子はずっと生きてるわけだから、どこかで逃げ出したりすると発覚するよね。稼ぎは少なくていいから誘拐で安全に稼ごうとするなら、どうすればいいかな? と思って」
「何を言いたいんだ? もっとはっきりストレートに言ってくれないと、わたしには分からない」
「例えば、んーとエルネッタさんが子どもを攫う係、ぼくが見つけてギルドに連れていく係、1ヵ月ほど隠して温めておけば値段は倍に。相手がお金持ちなら2ヵ月ほどで値段は5~6倍にまで膨れ上がる可能性もある。これって安全確実ないい商売だなあ……って思ったんだけど」
「ディムが悪いことを始めたら誰も止められないな……」
不正なんていくらでも思いつく。
こっちの五人が集まってる建物はおいといて、先に大きな方の建物を調べることにした。
窓ひとつなし。
扉は端っこに一つ。さあどうしたものか。
足跡はいくつも出入りしてるけど……、入った数だけ出ていってる。ってことは、この建物、人の出入りは頻繁にあるけど、中に人は居ない可能性が高い。もし中に人がいても、臨機応変に対処するしかない。
「エルネッタさんはこの辺の陰に隠れといて。もしもの時はお願い。ただし弓術スキル持ちが何人かいるから無理は禁物だよ」
「ディム一人で突っ込むのか?」
「室内戦は短剣有利。敵は盗賊で接近戦は短剣だから外では槍が有利。頼んだよ」
なんてカッコよく言ってみたものの扉に鍵がかかってて開かないんだこれが。
ドロセラさんなら一発だったことを思い出して、解錠スキルが欲しくなった。
「ディム……外の敵は全部わたしが引き受ける。ディムは中を」
「えっ? なに? さっきそう言ったよね? エルネッタさん何する気?」
―― ドガバーン!
エルネッタさんのヤクザキックいっぱつでドアが吹き飛んだ。
「さっきぼくの指示通りに動くって言ったよね!」
「こうしてほしかったんだろ?」




