[19歳] エルネッタさんが勧める指名依頼
第一章の扉絵に挿絵を入れました。「ああ、憧れのヒモ暮らし 【挿絵】」です。
エルネッタさん23歳、ディム13歳、河原で拾われてしばらくしたころのひとコマを描いてみました。
興味のある方はどうぞ。
第五章始まりました。物語が終盤へと向かう橋渡しをするような展開で10話ぐらいを予定しています。
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休息地の温泉地からラールまで帰ってきてもゴロゴロするのは変わらず、衛兵から二人合わせて200万ゼノを受け取ったこともあって、カネがあったら働かない冒険者稼業の気楽さを満喫している。
朝から晩までのんびりだ。いや、朝は来ない方がいい。晩から晩まで24時間、食べる、寝る、女の体に触る(マッサージ)という極楽生活を続けながら怠惰なヒモ暮らしを満喫していて、ギルドに顔を出すこともなく、日課だった依頼ボードを見に行くという、たったそれだけの労力も惜しんでゴロゴロすることに専念していたある日、ノックの音がした。
ドアを開けずとも外から名乗る声で分かったのだが、ノックの主はギルド長のダウロスさんだった。
もそもそと布団から起き出して応対すると、ダウロスさんはひとまず顔を背けてよそ見をして見せた。
まあ玄関から中を見渡せるワンルームの部屋で二人して半裸でまどろみに身を任せてゴロゴロしていたのだから、突然の訪問者ならだいたいお楽しみ中だったのかと驚く。
「ディムくんに指名の依頼が来ている。詳しくはギルドのほうで説明したいのだが……って、もしかして邪魔をしたかな? 真昼間からまさかとは思ったんだが……」
「いいえ大丈夫です。服を着たらギルドに向かいますね」
「うむ。よろしく頼む。直接二階にあがってきてくれ。できればエルネッタもな」
それだけ伝えると、ダウロスさんはギルドに戻っていった。
ギルド長ダウロスさんの急な呼び出しに、エルネッタさんは気が気じゃない様子だ。
「なあ、今のギルド長だろ? 指名か。誰か事故ったのか?」
「さあ知らない。エルネッタさんも来てほしいって言ってたよ」
「わたしも? あー誰か事故ったなこりゃ。アルスだったら寝とこう」
「賛成……だけど最近アルさん、チャル姉との関係が怪しくてさ。マジだったら助けないとチャル姉が悲しんだら困るし……」
「あはは、チャルとアルスがまったく無関係ならどうでもいいみたいな言い方だな」
「どうでもよくない?」
「わたしにはどっちだっていいし、どうでもいい」
相変わらずエルネッタさんはアルさんに厳しいけど、まあいつものことだ。
ディムとエルネッタはわざと普段着に着替えて仕事する気がないことを服装で表現すると、通りを挟んで、斜め向かいにある冒険者ギルドへと向かった。
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「せっかく休んでるところ呼び立てて悪かったな。ディムくんを指名したのはサンドールの町のギルドからの要請だ」
「サンドールってどこでしたっけ?」
「ラールからだと傭兵の護衛で一日と半分、出発が遅ければ二日ってとこかな」
エルネッタさんはサンドールへは往復便の護衛にちょくちょく行ってたからその町の名前を知ってる。
傭兵の足で一日半から二日ってことは30~40キロぐらいの距離だ。
遠征と聞いただけで半分やる気を失ってしまった。
「実はな、サンドールでは子どもの失踪事件が頻発していて地元の探索者たちが総出で捜索しているが、満足な手がかりも掴めていないらしい。そこでうちのエース、キミに白羽の矢が立ったってわけだ。もちろん大規模な人身売買組織が絡んでる可能性が高いので捜索者一人で行かせるわけにはいかない。だからエルネッタを呼んだのは私からの要請だ」
無言で依頼の詳細レポートをペラペラとめくりチェックしているエルネッタさんはいつにもまして深刻な表情をしていた。
「ディム。この依頼は受けるべきだ」
そういって手渡された詳細レポートを読むと、先月から40日の間に、4歳から9歳までの子ども、いずれも女の子ばかりが実に4人も行方不明になっている。そんなことよりも、エルネッタさんの方から受けるべきだと言われたことの方に驚いたのも確かだ。
傭兵の指名依頼って、エルネッタさんでどれぐらいもらえるのか。ちょっとだけ興味が出てきた。
ディムは手渡されたレポートを詳しく読むことにした。
〇行方不明者のリスト
・キャンディ・ヘイス 8歳 120万ゼノ
長い月の5日
夕刻前、夕食の食材で足りなかった芋を買いに行かせたまま帰ってこなかった。
・テインク・キンドル 6歳 100万ゼノ
長い月の14日 夕刻前
マーケット付近で目撃されたのを最後に行方が分からなくなっている。
・アリス・セイラー 9歳 80万ゼノ
長い月の28日 午後半
自宅近辺で行方不明になった。午後半になってようやく居ないことに気付いた。
このとき、40歳ぐらいの見たことのない男が近くをうろついていたのが目撃されている。
・ディミトリア・カンザス 4歳 80万ゼノ
神の無い月の2日 夕刻前
家族の経営する雑貨屋で母親が接客中に居なくなった。
その時きていた客は40歳台の見たことがない男だった。
最初に行方不明になった8歳のキャンディ・ヘイスは依頼達成料が120万になってる。子どもが見つかってない期間が長いと目撃者の記憶も薄れるし、手がかりもどんどん減ってしまう。依頼者である家族のほうも気が狂うほど心配して心配して、依頼達成料が上がっていくシステムだ。このまま来月まで放置していると200万ぐらいにまで上がるはず。
「エルネッタさん、なんで受けるべきなの? サンドールって温泉か何かあったっけ? でもこのディミトリアって子、なんか名前が似てるから親近感あるなあ」
「受けるか?」
「うん。エルネッタさんも来てくれるんだよね?」
「ああ、わたしはディムに着いて行くよ」
「ではディムとエルネッタが受けたこと、サンドールに鳩を飛ばしておく。今日中に出られるな」
「はい、帰って準備すれば夜には出られます」
「夜のうちに着いちまうよなぁ。ディム」
「エルネッタさん自分の足で走る気まったくないよね」
「年寄りに走らせる気か? ひどいな」
まさか2度目の人生、異世界に転生したら成人女性を抱いたままフルマラソンを二時間台で走り切るようなロマンチックガイになろうなどとは、爪の先ほども思わなかった。
だいたい二人で歩くときは、自分の荷物は自分で持つ。それが別に申し合わせることもない普段通りのルールなんだけど、エルネッタさんを抱いて移動するときは当然、エルネッタさんの荷物もディムが持つことになる。
だから荷物は厳選する必要があるのだけど、エルネッタさんを抱いて走るなら今夜中にサンドールに着くから二人分のキャンプセットなんて嵩張るものは持って行かなくていい。
ロールマットをリュックに縛り付けて一人分の荷物でいいはずだ。
エルネッタさんの装備品は槍のみ。盾はレジェンド装具店のオッサンに注文してるけどまだ届いてないらしい。まあスクトゥムなんて地面に置いて使うようなデカい盾、王立騎士団でもなければ誰も使わない。ましてやラールの街には騎士団いないし、傭兵なんてそもそも扱える人がいないのだし。だから王都のほうから送られてくるのを待っているそうだ。
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結局やっぱりエルネッタさんを抱いたまま走らされて、それでもまあ、悪い気はしないのだけど……。
ここはラールの街から北東に40キロ以上離れたところにあるサンドールの町。すぐ横を大きな河が流れてるおかげで、トラウトのムニエルという料理が有名。
なぜかエルネッタさんが急げっていうので、宵のうち(20時ごろ)には到着してしまった。
おかげで汗かいた。
町の規模はラールからすると小さくて、ぱっと見で半分ぐらいかなと思った。
そんな小さな町なんだけど、町の目抜き通りは石畳になっているし、こんな時間帯でもマーケットにはまだ客がいて、通りを明るく照らす街灯のランタンはオイル式だから、そこそこの規模だ。日が暮れたら一気に真っ暗になるセイカ村とは土台からして違う。
「サンドールのギルドはこっちだぞ」
エルネッタさんに手を引かれてサンドールのギルドに顔を出す。
ディムはよそのギルドなんて初めてだったが、ギルドなんてだいたいどこでも似たような作りになってるらしい。扉を開けて中に入ると依頼ボードが2枚と、右側の衝立の向こうはギルド酒場になってる。
ラールのギルドとの明らかな違いといえば、顔見知りがひとりもいない初対面なので、酒場エリアには入りづらいって事ぐらいか。何しろヨソ者に対する嫌悪感がひどい。まず最初にギロッと睨まれるのはストレスを感じるので勘弁してほしいところだ。
エルネッタは気後れして一歩も奥へ入って行こうとしないディムの手をグイグイと引いてギルドカウンターに到着の報告をする。
「エルネッタ・ペンドルトンだ。ギルド長はいるか? ラールから指名の捜索者とたったいま到着だ」
「はっ、はやっ……ちょっと待ってくださいね」
早くとも明日の朝がたになるだろうと思っていた受付嬢、返信のハトが到着してからまだ一刻(約二時間)もたっていないというのに、もう到着したと聞いて驚きが隠せない様子。
受付嬢の報告を聞いてバタバタとけたたましく階段を下りてきたサンドールのギルド長、デラホーヤさんのステータスを覗いてみた。
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□ヘステル・デラホーヤ 52歳 男性
ヒト族 レベル039
体力:27322/30200
経戦:D
魔力:-
腕力:B
敏捷:E
【戦士】C /両手剣B
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さすがギルド長、レベル39もある。
しかしギルド長ってギルドの荒くれ者を纏め上げないといけないから腕っぷしの強い戦士アビリティもちが向いてるのかな? なんてことを考えてしまった。腕っぷしで纏め上げてるわけでもないだろうに。
「おおおっ、キミらがラールのゴールドメダルか。よろしくな、デラホーヤだ。こんな小さな町でギルド長をやってる。指名を受けていただいて感謝してるよ伝書鳩がついてからそう時間がたっていないと言うに。さすがに動きが早いな、カタローニでの活躍は聞いているよ。ヘスロンダールから流れてきた50からの正規軍を向こうにして正面から防いだんだって?」
立ち話も何だから……なんて言いながらギルド酒場のほうに案内されて行くと、どこか懐かしい擦り切れた木製の粗末なボックステーブルの対面に座って、今回の幼女連続行方不明事件の詳しい説明を受けた。




