[19歳] 二人とも初チューだったらしい
第四章「夜を往くもの」完結です。
次話から第五章「悪魔憑き」始まります。五章はちょっと短め。
「はい、ごめんねエルネッタさん、ちょっと降りて……」
「んっ……んんんっ……」
背負ったリュックを降ろし、なかからカサナツの葉と鉢セットを取り出した。
「んっ、ディム……何をしてるの?」
「口調まで変わってる、絶対変だ。妙に色っぽいし、こんなの護衛遠征中とか、ぼくの居ないときに発作起こしたら絶対やられちゃうよ。妙に色っぽいというよりも、むちゃくちゃ色っぽいし」
これはエルネッタさんの仕返しかと思った。
いや違う。仕返しでこんな究極のご褒美みたいなことをしてくれるわけがない。
たしかエルネッタさんはこの症状に心当たりがあって、いつか必ず話すと言ってたはずだ。
だけど抑えることが出来てない。こんなんじゃ護衛には出せない。
「ディム? わたしはその匂いがあまり好きじゃないんだ、お願い、お願いだから……」
「ダメ、はいこれ水筒ね、そしてほら、逃げちゃダメ、逃げちゃダメだっていってんのに」
背を向けて蹲る形でカサナツから逃れようとするエルネッタさんを強引に裏返して組み伏せ、口の中に指を突っ込んで、この世界で最もニガい薬を放り込んでやった。
「んん――っ! ゲハゲハゲハっ……ちょ、水っ、水をぉー」
「さっき持たせたじゃん、それだけしかないから大切に使うんだよ……」
「うわー、ディム、水が足りないぃぃぃ、残った、味が残ってるんだ!」
「川まで我慢しなさい!」
「ディムひどい、ディムがひどい。わたしにカサナツを食わせるなんて……離婚裁判でも暴力として認められるほどの暴力だ」
「ふうん、じゃあ謝りましょう。ごめんなさい。やり直しますか? ぼくがカサナツを使わなければ、エルネッタさんは妊娠していました。はい、望むところです。いい夫になります、いいパパになるよう頑張ります。ぼくがどうにかしたわけじゃないんだからね、エルネッタさんがぼくを誘ったんだからね」
「ううっ、違う、悪いのはディムだ。ディムがわたしの唇を奪った。奪ったから! それを逆ギレで切り抜ける気か? 逆ギレはそもそもわたしの得意な戦術だからな、取るな!」
「うるさいよ、ぼくがどれだけの思いでエルネッタさんを正気に戻したか、本当に何も分かってないんだね」
「なんでディムが怒ってるんだ……」
「怒るよ……エルネッタさんが心配なんだ。ぼくに話してくれないことが心配だよ」
「ああ、そうか。ディムにはまた心配をかけてしまうな。でもさっきの問い、ディムがアサシンだったらってやつ、わかったぞ」
「なんだよもう、そんなの……」
「ディムがアサシンだったら、わたしは殺されてしまう。ディムの顔がすぐ近くにあるだけで、力が出なくなった。抵抗もできなかった。すっごく熱っぽくて、心臓が異常なほどドキドキして呼吸も……できなくなってしまったんだ。はっきりわかった、わたしは……もう長くないな」
「ええっ? マジで? エルネッタさんマジで病気だと思ってんの? いやぼくに言わせればそれは病気じゃなくて至って正常なんだ。そんなことよりも、急に色っぽくなって、ぼくを誘ってくるのがおかしいんだってば」
「もう何も言うな。何も言わずに、抱っこしてラールまで帰ってくれ。あと、川で水を補給してほしいから、ちょっと急いでほしい」
「あの、そんなことじゃなく……」
「うるさい、うるさい、うるさあい! おまえはわたしの唇を奪っておいて、そんなことを言うのか、どうせ何かわたしが抵抗できなくなるような卑怯な手を使ったんだろ。絶対そうに決まってる、じゃないとわたしがあんな……」
「ふうん、じゃあエルネッタさん、その後ぼくの顔を胸に押し付けたよね? そのあとぼくの瞼にとてもいやらしくキスしたの覚えてる?」
「……っ! そっ、それはわたしの反撃だ!」
「はい分かりました。もし次、また同じことが起こったら卑怯なこと一切なしで正々堂々と戦おう。真剣勝負だからね」
「戦うって、どう戦うんだ?」
「お互いに裸になって、布団の中で相撲をとる? それともレスリングがいい?」
「はあっ? ちょ、じゃあアームレスリングならいい。それか指相撲なら相手になってやる!」
「なんでそんなドキドキしてるときコメカミの血管浮かせてアームレスリングで鎬削らなきゃいけないんだよ! ……それに指相撲って……」
「やってみるか? ちなみに私は負けたことがない」
「やらないよ! そんな単純パワーよりも駆け引きが必要なんだから、ぼくがエルネッタさんに負けるわけないじゃん。それで勝ったら卑怯だの性格が悪いだの言うんだから絶対にやらない……」
「ほう……えらい自信だな、小僧……」
「小僧って言ったな、この、オバ……」
「オバ? ……なんだ? 続きを言ってみろ」
「言わないよ! 能書きはいいから、かかってこいよ!」
「口だけは達者だなディム、いまオバサンって言おうとしただろ? 許さないからな、オラアアッ! 泣かしてやる!」
ディムは関西風にオバハンと言いかけた。オバサンと言いかけた訳じゃあない。
「カモーン! いつでもいつでも」
「オラオラオラオラオラ! わたしの親指の動きを見切れるか! フッ、それは残像だっ!」
「えええっ! なんでそれを戦闘で使わないのさ、バカじゃないの!? くっそ、全部掴んでやる! ほれ、ほれっ!」
「ああっ、ディムおまえ……ああっ……わたしより手が大きいなんて卑怯だぞ! このっ」
エルネッタは人差し指を伸ばし、ディムの親指をひっかけて引き寄せた。
「うおっ、エルネッタさん人差し指は反則でしょ」
「乱入だ乱入! 王都ルールだとアリなんだよ!」
「王都ルールってなんだよ "大阪じゃんけん負けたモン勝ち!" みたいなもんか!」
「痛いっ! そんなに力を入れて握るなんて卑怯だぞ!」
「人差し指も親指も封じたからね、完全勝利だからね」
「お前はわたしに優しくない。夜は10倍なんだろ? チートじゃないか」
「握力が10倍じゃないし、まだほら、ちょっと太陽が出てるから夜じゃないよ」
「卑怯だ! ディムは本気で潰しにくるからもうやらない。性格が悪いからイヤだ。もう絶対いやだ!」
負けたらこれだ。
エルネッタさんの握力がすごい。骨がギリギリと軋むぐらいマジ握りしてきたくせに……。
「はいはいお嬢さん、機嫌を直して、またあの河原まで乗って行きませんか?」
「当たり前だ、機嫌を損ねた。お前はしばらくわたしの機嫌を取るんだ」
休息地からラールへ帰る道すがら、ぼくらはまたあの河原でキャンプすることにした。
自宅に居るのとなんら変わりなく、マットを敷いてやると思ったよりも寝心地がいいせいか、エルネッタさんはマッサージのあとすぐにウトウトと船をこぎ始める。
静かな寝息をたてながら眠ってるエルネッタさんに添い寝して、立て肘の姿勢でずっと顔を見てるだけ。すっかり痩せてしまった月明かりに代わり、銀河から降り注ぐ眩いばかりの星明りに照らされて真っ暗な夜の闇に映えるエルネッタさんの顔がもう、絶世の美女。
『わたしのどこがそんなにいいんだ?』なんて聞かれて、まず最初に顔から入ったなんて言っていいかどうか分からないけど……。
ディムはこの気ままな女傭兵のことを愛している。
この人の、この美しさに目を奪われて、温かさに心を奪われた。




