[19歳] アダム・カニバル・フォルカー
しばらくの沈黙が流れたあと、衛兵の屯所長の歯噛みするようなギリッという音が聞こえると、振り返ってねぎらいの言葉をかけてくれた。
「ご苦労だった。冒険者たちよ、礼を言わせてほしい」
「仕事です。ぼくらのやったことはカネのためですよ。そんな事よりもダリアス・ハレイシャの指名手配、すぐに解いてやってください、村に戻ってこられるように」
バロン髭のよく似合う屯所長が、ドロサラさんに向き直り、軽く頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「当然だ。悪かったな、カペンシスさん、いい教訓になった。ダリアス・ハレイシャが戻ってきたら屯所に顔を出すよう言っといてくれ。こちらの間違いでも、手続きはしておかねばならんのでな。ああ、捜索者の、えっと……」
「ディムです。こちらエルネッタさん」
「王国軍から報奨金が出る、キミらはラールの冒険者だったな? すぐに報告書を出すから10日前後で報奨金が支払われるんだが、ここで受け取るかね? それともラールで?」
「えっと、三等分してひとり100万ゼノずつ、ドロセラさんはこちらで受け取りますが、ぼくたち来週には帰らないといけないのでラールで受け取ります。だからラールで200万受け取れるようにしてください。100万はドロセラさんの分け前ということで」
「そ、そんな……わたしはダリアスの無実さえ証明できれば……」
「ぼくらは今夜、仲間としてパーティを組んだ、土地勘のないぼくらに案内してくれたし、饅頭屋たちの情報も、捕まってた姉妹の情報も有難かった。ぼくなんか椅子に縛り付けたオッサンを担いで運んだだけだし」
「わたしは一発殴っただけで100万か? ウマすぎる! もう傭兵なんかやってられないな……」
「あはは、そうだね。それに最初の約束で成功報酬は等分って言ったはずだよ。ね、そういう訳で、100万はドロセラさんに」
「了解した。カペンシスさん、よくやったくれた。我々はあなたの正義を誇りに思う」
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ドロセラさんはどうやら疲れが隠し切れなくなった様子。瞳から力が失われ、とろんと眠気が勝っているようだが、念願だった彼氏の無実が証明されたことで、ホッとした安堵の表情に包まれている。
ディムとエルネッタは何度も何度も丁寧にお礼を言われ、今日のところはいったん帰って眠り、また目が覚め次第、屯所に来て事情聴取を受けなくちゃいけない。エルネッタさんなどは半ばうんざりした表情を浮かべてる。
衛兵の仕事は端的に言ってしまえば書類仕事だ。事件があると何があったのか事の顛末を事細かに、詳細に記録する。何十年か後に、いま起こった出来事を振り返ろうとしたとき、担当者の記憶になくとも、あるいは担当者が死亡して居なくなっていても、手に取るように状況が飲み込める書類を作成するのが望ましい。
こんな女性連続誘拐監禁事件が連続猟奇殺人事件になろうかって大事件になると、おそらく近くの大きな街から大勢の衛兵がきて捜査本部が立ちあげられ、記録員も複数で一気に書類を作成することになる。
つまりエルネッタさんも一発殴っただけだというのに、何日か潰れることになるのだ。
ひとり100万ゼノのご褒美がなければ逃げるように帰ってるところだ。
明日からの事情聴取を考えただけで鬱になる。深いため息を一つついて、二人手をつなぐことなく、肩を寄せ合う形で温泉宿に戻ることにした。
「あ、今日のところは私も帰ります。衛兵さん、深夜勤務ご苦労様です……」
三人が一緒に屯所の扉を出て、通りの方に向いたところで、アンナの夫、ムゲノ・ダムフェルドが衛兵に連行されてきたのが見えた。
鉄でできた手枷と足枷をジャラジャラと響かせ、抵抗したのだろう、顔には殴られたような跡があった。
すれ違いざまダムフェルドはディムとエルネッタをチラッとだけ一瞥し、屯所に引きずり込まれようとしたその時だった、通りの向こう側から独特の雰囲気を漂わせ、少し早足でこちらに向かって歩いてくる男に気が付いた。
饅頭屋の主人、アダム・フォルカーだ。
こいつ本当に好感度高いのか? って疑ってしまうほど、その目には色濃く狂気が映し出されていた。
白いシャツは血に濡れ、返り血だろうか、赤い飛沫を浴びたように、頭と顔の半分、肩、そして腕までが血に濡れていて、右手には短剣を握りながらも、こちらにそれを悟らせないよう手首の影に隠している。
ダムフェルドが逮捕されたのと同じように、フォルカー逮捕にも衛兵たちが向かったはずだ。
フォルカーが頭から浴びた返り血が、逮捕するため饅頭屋に向かった衛兵のものだとすると、きっともう衛兵たちは皆殺しにされたと考えたほうがいい。
エルネッタさんがゆっくりとフォルカーに向けて槍を構えたところで、衛兵たちは笛を吹き鳴らし、けたたましく耳障りな高周波が大音量で鳴り響いた。
―― ピピッ! ピリリリリィィッ!
今しがたムゲノ・ダムフェルドを逮捕して戻ってきた衛兵たちがこの異様な男の来訪に気付いたのだ。
ツカツカと早足で近付いてくるフォルカーの前にディムは一歩、二歩と踏み出し、立ち塞がる形でそれ以上の接近を食い止める。
「エルネッタさんはドロセラさんを守って、こいつの狙いが分からない」
「よしてくれ、こいつだなんて呼ばれ方は心外だ。……、初めまして。キミが噂の捜索者なんだろ? その若さでゴールドメダルなんだって? いやあ甘く見てしまったよ、本当に凄腕だったんだな。私はこの村に住むアダム・フォルカーという、しがない温泉饅頭屋だ、よろしくね」
「ああ、お話ができて光栄だよ、えっと、アダム・人食い・フォルカーさん。そういえばそこそこ強かったっけ? まさかとは思うけど、なに? 衛兵の屯所に自首しに来たの?」
「やだなあ、そんなことあるわけがないだろう? あんまりペラペラ喋られると困るからね、ダムフェルドとケイナーは始末しておかないと。観光地とは言え寂れた休息地だからさ、ここには衛兵なんて全部合わせても20人しかいない。いや、6人殺したから残り14人。チョロいね、だから皆殺しにして私はこの村を出ていくことにしたよ。まったく、どうしてこんな面倒な事になったのかな、原因はキミたちだろう? お礼しないといけないよねぇ……ふふふふっ……」
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□ アダム・フォルカー 36歳 男性
ヒト族 レベル041
体力:29663/34150
経戦:C
魔力:―
腕力:B
敏捷:B
【調理士】C /短剣A /解体B
/カニバリズムB /サイコパスA
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レベルが1つ上がってる。衛兵を6人殺したからレベルが上がったのか。
短剣スキルがちょっと上がったようだが、腕には相当な自信があるのだろう。
だけど井の中の蛙だ、この程度のレベルなら、エルネッタさんに通用しない。
仮に不意を突かれても負けないレベル差だ。
鳴り響く笛の音に、武器を構えて次々と屯所から出てくる衛兵たち。
屯所長も副長も、全員出ての総力戦の様相を見せ始め、衛兵たちが包囲の陣形を取り始めた。
フォルカーはわざと時間を与えて、この場に衛兵を集めようとしている。ほんとヌケサクと言われるだけのことはあると見た。実戦経験のない衛兵が取り囲んだところで、いいように殺されるだけだ。
「捕えた容疑者二人を絶対に殺させるな、おまえら四人で牢へ連れて行って死守しろ、他はここに残ってフォルカーを……仕方ない、殺せ! 躊躇するなよ、迷ったら殺されるのはこっちだ。傭兵もすまんが手伝ってくれ、手当は弾むからな」
屯所長もフォルカーの異様な雰囲気に飲まれてる。あれほどべったりとした返り血を浴びてるんだ、慎重になるよそりゃあ。
「ああ分かった、緊急事態対応として口頭での依頼を受けよう。危険手当と深夜手当を増し増しにしてくれよ」
さらに報酬額が増えるといわれ上機嫌になったエルネッタさんの向こう側、ジリジリとすり足で距離を詰めようとする副長の動き……それはダメだ。
「副長さん、丸腰だと思って迂闊に近づいちゃ殺されるよ? あいつもう短剣抜いて構えてるからね」
「な、なんだと?」
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□ ハセ・メルタリ 42歳 男性
ヒト族 レベル036
体力:27699/30650
経戦:D
魔力:-
腕力:C
敏捷:D
【戦士】C/片手剣C/両手剣C
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そこそこってところか。これだけレベル差があると取り囲んだところでよっぽどコンビネーションがうまくいかないと勝てない。
いやむしろ放っておいたら本気で衛兵たちが皆殺しにされてしまう。
「せっかくのショーなんだ。ネタばらしは遠慮してくれないかな? しかし……んー、素晴らしい。キミから何だか空恐ろしいものを感じているところさ。私はキミに相手をして欲しいなあ」
「ディム! ご指名だが大丈夫か? 気持ち悪くね? 無視して二人でかかるか?」
「大丈夫だよあんなの、この前カタローニで戦った盗賊団と比べたら小動物さ」
ディムの言い草を受けて少しムッとしたように眉根を寄せるフォルカー。落ち付かない様子で身体を少し揺らし始めた。プライドの高さが災いしたのか、外面で取り繕っちゃいるけど小動物呼ばわりされてカチンとしたのだろう、かなりイライラしてる様子だ。
「過小評価してもらっては困るな、私は逃げおおせるよ。マヌケな衛兵たちも、優秀なキミも、キミの女も皆殺しにして……いや、その女には興味があるな、まずはキミの目の前でその女を犯そう。私は耳に反響するキミの素晴らしい叫び声を堪能しながら絶頂に達して、その喉笛を裂こう。そのあと、キミから流れ出す血をシャワーのように頭から浴びて絶望したその女を飽きるまで貪ってやるさ。ああっ、ゾクゾクしてくるよ、楽しみだ。キミの血を浴びたい」
「あはははは、清々しいまでに狂ってるね。もしお前が人食いじゃなくて、ぼくの女に興味を持たなければ生きてこの場から逃れられたかも知れないのに、過度なスリルを求めすぎるから命取りになるんだ」
「ディム、殺せ! こんなやつと話す価値はない。耳が腐る!」
「話す価値はあるよ。だってこんなにも面白いんだ。だけどさ人食いフォルカー、お前が生きているだけで、毎日、息をするたび不幸になる人が増える。価値がないのはお前の命だ。アダム・人食い・フォルカー、お前は今夜ここで死ね」
「くはっ、はははははっ、なんとも凄いな……余りに揺れるものだから地震だと思ってしまったよ。震えてるのは私自身だったんだな。いったいどうやればそれほどの威圧を放てる……いや、これは殺気というものか。くくくく、面白い、今夜はなんと素晴らしい夜だ。なんと得難い出会いか……」
震える手を抑えようとするフォルカー。奥歯までカチカチと音を立て始めた。
狂った者というのは時に鋭敏なセンサーで同族を嗅ぎ分ける……。
フォルカーには目前に対峙するこの素朴な若者が、想像をはるかに上回る化け物に見えた。
二人の対峙する空間が重くのしかかり、戦闘経験のないドロセラなどは呼吸することすら困難な戦場の重圧にガクガクと膝を屈してしまった。
アダム・フォルカーの口角がいやらしく歪み、何か言おうとしたその刹那……。
ディムの姿が一瞬ブレた。
深紅の糸を引く短剣が喉を裂いて円弧を描くと、フォルカーの頸動脈は早鐘のように脈打つ熱湯のような血液を勢いよく体外に噴出させた。
フォルカーは慌てて短剣を繰り出し、応戦を試みたが、たったいま命を奪っていった男はもうすでに手の届くような近くにはおらず、とっくに女の傍らに戻っていて、赤い血の糸を引いたあの美しい短剣は見とれるいとまもなく、もう腰の鞘に収まっていた。
フォルカーは勝ち目など微塵もない無謀な戦いを挑み、殺されるべくして殺されたのだ。
止まってゆく時間のなか、冷たいと信じていた自分の血が、こんなにも熱かったことを知る。
……がはあっ!
「キミも私とおなじ……化け物じゃな……い……か……」
血だまりにゆっくりと沈んで行くアダム・フォルカーに背中越しに振り返り、ディムは小さな声でつぶやいた。
「おまえのような化け物とは同じじゃないと思っているよ」




