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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
序章 ~ プロローグ ~
7/238

[13歳] 胸騒ぎ

20180206改訂


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 細山田ロリコンさんが基本人格と入れ替わることができたあの日から2年、なーんも起こらず、なーんのドラマも発生しないまま、ディミトリ少年は13歳になった。


 低確率ではあるが、雨宮あめみやさんも入れ替わることができたし、激レアではあったが桜田さくらだのオヤジも入れ替わることに成功してみせた。これも皆の努力の賜物たまものだ。


 もちろん雨宮あめみやさんが入れ替わったときはダグラスの剣の鍛錬に朝からついて行って、ただ見学するだけでなく、必要以上にベタベタ接するのでダグラスの方が鳥肌立ててドン引きだったし、桜田さくらだのオヤジが入れ替わったときは母親を口説いたらどうしようかと思ったがそれも杞憂に終わり、屋根に上がってトールギスとの語らいに貴重な時間を費やしていた。


 そして朝霞星弥あさかせいやはというと、相も変わらず入れ替わる方法も分からず、日本で生きた思い出の中にある風の心地よさや森の香り、水がどんな味だったのか、じっとり汗ばむ夏の暑さも、つま先、指先が冷えて痛くなる寒さすらも、感覚としてもうほとんど思い出せなくなっていた。


 みんなはたまに入れ替わるチャンスがあって羨ましいのだけど、星弥せいやはもう半ば諦めてしまった。

 細山田ロリコンさんが言うには『そのうち来るさ。まあ気長に気長に』などと慰めてくれるけど、別にもう慰めもいらない。


 13年だ。13年の間、ずーっと他人の人生を見てるだけだ。いくら座るケツがないとはいえ、腰痛も感じないとはいえ、生きるのに飽きてきた感がある。もう眠ったまま目を覚まさず、人格が入れ替わった時だけ起こしてくれたらいいな……なんてことを考え始めていて、星弥せいやだけが入れ替われないことに、みんな気兼ねし始めている。


 例えるなら五人がチームを組んでいたのに、ひとりだけチームについて来られないやつが『ぼくもう辞めるよ』って言いだす前のような雰囲気だ。星弥せいやひとりが入れ替われないことで空気が悪くなりはじめてる。


『気にしてないから大丈夫だよ。ぼくは一生入れ替われなくてもいいから……」


 五人はみんな兄弟だと思ってる。星弥せいやは身体を持ってないから、五人の間に流れる空気を悪くしないことだけで精いっぱいだった。まったく、身体を持ってなくても周りに気を遣いながら生きていかなきゃいけないなんて考えてもいなかったことだ。


 今日はいい天気だし、気持ちのいい風が吹いてるという。


 星弥せいやは、それならばと8歳のころにメイやダグラスと3人で一生懸命作った秘密基地に隠れてゴロゴロしようとみんなに提案して、トールギスと一緒に、今日も森に入った。


 ここは村の誰かが木の上に建てたツリーハウス。もう長い間だれも使ってないということで、メイが占領を宣言し、悪ガキ3人の秘密基地になった。一生懸命何日もかけて巧妙な迷彩を施してから五年、いまはいい感じに蔦に覆われたおかげで大人たちの目には見えなくなった。トールギスの目はごまかせないのだが。


 他の大人に教えたらメイがマジでブン殴るっていうから誰にも言えずにいる特別な場所だ。


 ここが日本なら菓子や2Lペットボトルのドリンクや、こっそりエロ本とかを持ち込んで隠しておくのがセオリーなのだが、ここを訪れるのはもう自分だけになってしまったらしい。


 三人でコソコソ入ってもちょっと広かったのに、今は一人で寝っ転がってる。

 棚の上じゃあ爪がかからずとまりにくそうだったので、トールギスには専用のとまり棒を用意してあげた。


 風通しのいいことから少し肌寒さを感じているのも、寂しさからだろうか。ディミトリ少年はここで体を横たえて、小さく丸まるように、意識を夢の中に深く深く沈めて行った。



----


 ……っ!


 なんだかとてつもない不安に襲われて目が覚めた。

 不安と胸騒ぎをシェイクした油を飲んだような不快感を感じた。


葉竹中はたけなかさん、起きて!! なんかおかしい』


 森の中はもうどっぷりと暗くなっているけれど、まだ空は明るく藍色に広がっている。

 時刻は夕刻だった。


 秘密基地からもそもそと這い出して村のほうを見ると、低い雲を真っ赤に染め上げて、不安を掻き立てる赤い光と、そして真っ黒な煙がものすごい勢いで上がっている。


『火事か!』


『メイの魔法じゃないだろうな!』

 細山田ロリコンが不吉なことを……。だけどないとは言い切れないのが悲しい。


 急いで、焦りながら、足元も良く見えないのに、森を走る葉竹中はたけなかディミトリ。転んで膝や手をすりむきながら、涙目になっても走った。


 星弥せいやだけは『知覚』スキルか『宵闇』スキルのおかげで暗闇でもよく見えるが、葉竹中はたけなかディミトリは人並にしか暗闇を見通せない。……星弥には見えてる障害物に足を引っ掛けて転ぶというもどかしさに気は焦る。


 こんな時だけでもいいから代わってくれたら暗闇になんて足を取られることないのだが、交代できないもどかしさに唇をかみしめた。とはいえ、朝霞星弥あさかせいやの唇はどこにあるのか分からないのだが。


 暗闇の中でも正確にディミトリの後をついてくるトールギスを森に帰すことにした。

「火事なんだ、危ないからトールギスは森に帰って。また明日な!」


 鳥目なんていうのはだいたいにわとりのように低スペックな目をもった鳥類にだけ適用される言葉だ。誤解のないように言っておくけど、夜でもしっかり目が見えて、夜空を飛ぶ鳥は多い。そしてトールギスは夜目が効く。フクロウにも劣らないんじゃないかって思うほどだ。


 トールギスが木々の隙間を抜け、空高くへと舞い上がったのを確認すると、火の粉が吹き上がる村へと急いだ。

 近づくに従ってその炎上する炎の大きさを実感できる。


 火事かと思った。だけどそんな生易しいものじゃなかった。

 うちも、畑も、納屋も。荷車も、隣の家も、そのまた隣の家も……村全体が炎を上げて燃えていた。


「父さん! 母さん!」


 窓からプロミネンスのように炎吹き上げる家に飛び込もうとしたところで後ろの方から大声で怒鳴る声がした。


「ボウズなにやってんだ! そこはもう誰もいない、早く逃げろ」

 大声で叫ぶのは隣町の衛兵のおじさんだ。


『剣? なぜ剣を抜いてる?』

 星弥せいやは身体を持たないのに暗闇を見通す目がある。見えているのに率先して動くことが出来ない、焦りが先に出ていて混乱を混乱で上塗りしていた。


「早く! ここはもうダメだ。南へ! リューベンまで逃げろ」

 リューベンはダグラスが剣の稽古に通ってる街だ。ここから子どもの足だと2時間かかる距離にある。

 なんでそんなに遠いところまで逃げる必要があるのか知らされずに逃げろと言われても、まずはその理由を聞きたい。


「いったい何が? 何があったの?」

「おいおい寝ぼけてんのか? ゴブリンの、獣人たちの奇襲だ! いいかボウズ、今すぐ南に走れば避難者に追いつけるからな、さあ早く、急ぐんだ」


 ゴブリンというのはこの国にはいない、森の向こうの万年雪の積もる山の向こう、遥か北の地にいると聞いたことがある小型の獣人のはず。獣人なんてこの国で出会うはずもなかった。


 衛兵に促されるまま通りを南に向かうディミトリは、避難した先の方から女の人が走ってきて、衛兵に止められ取っ組み合うようにして捕らえられたところに出くわした。


 女の人はメイの母親おばさんだった。


「うちの娘が! メイリーンがいないんですっ」

 火炎瓶のようなものが投げつけられて炎が上がる建物の横で訴えるメイの母をなんとか広場の方には行かせるまいと衛兵が取っ組み合って説得している。


 ディミトリが立ち止まってメイの母親に駆け寄ろうとしたら少し離れたところから大きな火柱が立ち上がった。あれはメイが使って見せた炎の魔法に似ているように見えた。きっとメイは覚えたばかりの魔法で村を守ろうとしてるんだ。


「ああっ!! メイが、メイがあそこに!」

「お待ちなさい、それでも行かせるわけには……」


『あーもうメイのバカ……お転婆にもほどがある』

『メイが困ってるならおれが行ってあげないとな……』

 ロリコンを拗らせた細山田ほそやまだは、メイの事が大のお気に入りだった。単なる幼馴染の友情以上のものを感じる。ロリコンだなんて生ぬるい、ペド山田と呼んでやりたいぐらいだ。


 葉竹中はたけなかディミトリはメイのお母さんに駆け寄ると、精いっぱいのキメ顔を作ってみせた。


「メイはぼくが必ず連れ戻すから、おばちゃんは先に行ってて。絶対連れ戻すから」


 そういうと衛兵のおっちゃんと一瞬だけ目配せをしてメイのいる方向へと走った。

 葉竹中はたけなかディミトリは『羊追い』のスキルがあるからメイの足跡を追うことができる。

 思わぬところで『羊追い』が役立った。


 メイの足跡は村の通りを北側にまっすぐ行ったところで、橋の方向に向かって折れている。

 村の広場で火炎瓶を持って走るゴブリンを見て驚いた。漫画やアニメで見たのとほぼ同じ風貌をしている薄緑色の肌を持つ小型の獣人だった。身長はディミトリとほぼ同じぐらい。150センチぐらいか。


 奇襲してきたゴブリンたちの数はそう多くなく、村の男たちが押し返してるので戦況はこちらが有利に思えた。この村の男たちは街の男たちよりも腕っぷしが強くて、祭りでケンカになっても負けたことない。ゴブリンなどと言う貧弱な獣人には絶対に負けるわけがない。そう思った。


 それでも星弥せいやの胸をざわつかせる胸騒ぎが消えることはなかった。



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