[19歳] 暗闇という恐怖
こういう社会的に嫌悪される犯罪者は感情的に裁かれて、結果、厳罰に処されることが多いのに、こんな小さな村でよくやる。親も兄弟もこの村に住んでるだろうに、こういった犯罪は家族をも巻き込んで社会的に制裁が下される。何も知らずに暮らすこの男の家族が気の毒でならない。
捕まってた二人の女の子は姉妹だろう。いま座敷牢の方へドロセラさんが救助に向かったが、女性が手を差し伸べても、女の子は怯えてしまってすぐ出て来ようとはしなかった。
精神的に支配され、座敷牢を勝手に出ることを嫌がった。よほどの恐怖を刻み込まれているらしい。無事でよかったとはいいがたいけど、殺されて解体されて食われるよりはナンボもマシだ。
槍を突きつけられたタイラス・ケイナーは弓を構えたままじりじりと下がってナイフを取れる位置に移動しようとしている。ディムは親切心で警告してやることにした。
「動くなって、そのナイフ無事に取れると思うなよ? 大人しくそこの拷問椅子に座るしかお前の生きる目はないぞ?」
「なあディム、抵抗されたことにして殺そう。面倒だし、こいつ気持ち悪い。証言は女の子がしてくれるって」
「そうだね、ちょっとでも反抗的な態度をとったら殺してもいいんじゃないかな。ちなみにぼくら、さっきダムフェルドに紹介してもらったゴールドメダルだから自己紹介は省いていいよね? タイラス・ケイナー。お前に勝ち目はない。逃げることもできない。お前に出来ることは諦めて言うとおりにするか、それとも意地を張って死ぬかだ」
「ディム、こんなやつを生かしとく気なのか? おいお前、いいから抵抗しろ。早くナイフを取ってこっちに構えるんだ。丁寧に殺してやる。そしてその臭そうな舌を切り取って、アダム・フォルカーの口に突っ込んでやるさ」
「まっ、まってくれ。俺は殺されるほどのことはしちゃいない……椅子に座ればいいんだな、わかった、わかったから槍を向けないでくれ……」
「そう、その椅子に座って拘束ベルト自分で締めてね」
タイラス・ケイナーは自ら進んで拷問椅子に座り、言われた通り従順に、自分の手で拙く拘束ベルトを締めた。どうやっても片方の手が残るので抵抗出来なくなった男の拘束を手伝ってやると、両手、両足を椅子に縛り付けられた情けない男の出来上がりだ。
こうやって使う椅子なんだから気の毒だとも思えない。こんなクソ野郎が縛り付けられていると、むしろこの仰々しい拷問椅子がいい椅子に見えてくるから不思議なものだ。
さっきまで吊るされていた女の子に短剣を手渡すだけでこいつの命は終わってしまうだろう。だけどそれはしばらく待ってほしい。ディムはタイラス・ケイナーに聞きたいことがある。
それじゃあ素直にいう事を聞いた褒美に、プレゼントを差し上げるとしよう。
「ああっ、何をする気だ、やめて、やめてくれ! 言う通り椅子に座ったじゃないか、やめてくれ、たのむから」
「黙ってろ、気が変わった。やっぱ殺そう」
椅子に縛り付けられてても足も出ないタイラス・ケイナーの頭から布袋を被せてやった。
こんなもの持ってくるわけがない、この部屋に最初からあったものだ。
布製とはいえかなり厚めのもので、光がとおらない。つまり、頭に被せられたら真っ暗闇になって辺りの様子がまったく窺えなくなる。もっとも簡単な拷問器具でもある。こんなものを使うなんて本当に悪趣味な男だ。自分で味わうがいい。
「たすっ、助けてくれええぇぇぇ!」
少しも罪悪感を感じない。
悲鳴を聞いても、むしろ清々しいぐらいだ。
「どうぞ、エルネッタさん。手加減してね、殺しちゃダメだよ」
「いーや、手加減のさじ加減が分からなくなった……」
エルネッタさんはやっと出番が来たとでも言わんばかりにニヤリと口元を歪め、槍を手放して壁に立てかけると指をボキボキ鳴らした。その音だけでもけっこうな圧力だ。
拳を構えてグッと膝を落とすと、地面を思い切り蹴って体重の乗った左ストレートを繰り出した。レベルが一定数に達していないドロセラさんには瞬間移動したように見えたかもしれない。
右利きのはずのエルネッタさんが左ストレートで殴った。思い切り殴ったようにしか見えないから、聞き腕じゃないほうの左で思い切り殴ったことを手加減したと言い張る気なんだろう。
ああ、そういえばコークスクリューブローでもない普通の殴りだった。貫通力が違うから、これも手加減したという事になるのか。よくよく考えてみたら、狩人組合にカチ込んだとき、組合長を殴った渾身の左ストレートとは違って、少しだけ手加減しているようにも見えた。ほんの少しだけ。
拷問椅子に座らされて足だけ拘束されて避けることも出来ないタイラス・ケイナーは、エルネッタさんのパンチがクリティカル気味に顔面ヒットし、たった一発で意識を深い闇に落とした……。
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―― ザブッ!
「ぐばあぁぁっ? なっ、なんだあ?」
タイラス・ケイナーは、たったいま、頭から冷水をぶっかけられて目を覚ましたところだ。
たしかに目は開けたというのに目の前は真っ暗、手足は拘束されていてピクリとも動けない……。
それからどれだけ時間が経過しただろうか、布袋を被せられ拷問椅子に座って拘束されたままのタイラス・ケイナーには時間の感覚が希薄になっている。ただ少し空気が冷たく感じるから、一刻(二時間)近く気を失っていたのかもしれない。
「いつまで寝てんだコラ、ぶっ殺すぞ……」
タイラス・ケイナーは、この声に聞き覚えがあった、この椅子に縛り付けてくれた一味の、たしか傭兵の女だ。しこたま頭をぶん殴られてクラクラする中、少しずつ記憶が蘇ってきた。
自分がなぜこんな真っ暗闇で拘束されているのか。
きっとダムフェルドたちが尾行られて、ひとりになったところで、自分が捕まったのだ。
こいつらタチの悪い傭兵だ。監禁していた二人の女も押さえられたはず、ってことは自分が殺されても、この傭兵たちには正当防衛でも何でも大義名分が成り立つということだ……。
タイラス・ケイナーは、ここで抵抗するのは得策じゃないと考えた。
状況をもう一度確かめてみる。
自分は冒険者に襲われ、いま椅子に縛り付けられて頭から厚手の布袋を被せられている。女を攫ってきたときに使う布袋だ、まさか自分が同じ境遇になるとは考えてもいなかった。ほんの少しの光も感じない、真の闇がそこにあった。
考えるまでもない、この状況……。
自分はこれから拷問を受けるのだ。
この袋を被せられた真っ暗闇の中で、もしかするともう、光を見ることなく殺されてしまうのかもしれない。
「な、なにをする気だ、悪かったよ……殺さないでくれ、命だけは……」
「んー、ぼくたちの問いにちゃんと答えたら、その舌を抜かずに解放してやるよ、だけど気を付けてね、ぼくは気が長いけど、槍のお姉さんは気が短いんだ。さっきは殴った手が痛かったってさ、だから今は槍をもってるから、受け答えには注意すること。わかったね」
「わ、わかった、わかったから……この頭の袋を外してくれ……」
「お行儀よくできたら外してあげるよ。じゃあ聞くけど、土産物屋の奥さん、アンナ・ダムフェルドを殺したはおまえだよね?」
「違う! 俺はダリアスの矢を用意しただけだ! 俺はやってない」
「なぜだ? 殺されたアンナには乱暴された跡があった。夫のムゲノ・ダムフェルドが妻を強姦してダリアスの名入りの矢を胸に突き刺して殺す? 考えにくいよ。それにもう一人、饅頭屋のアダム・フォルカーは人食いだ。あいつが殺したなら、アンナの死体が欠損部位もなく山道に転がってるわけがないよね?」
「俺は殺してない、ダムフェルドんトコの若奥さんは俺たちのやってることに気付いたんだ」
「ふうん、じゃあこの山小屋で何をしていたのさ? まあ、だいたいわかるけど、おまえの口から聞きたいな」
「あんたらの考えてる通りだよ、温泉旅行に来た若い女を攫ってたんだ……若奥さんはそれに気づいて、事もあろうに結婚する前付き合ってた昔の男に言いやがった。……それでダムフェルドが激高したんだ」
「それで元カレのダリアス・ハレイシャに罪を着せて、奥さんを殺したの? その計画は誰が考えたのさ? よく衛兵を騙せたね。感心するよ」
「フォルカーが考えた。衛兵なんざヌケサク揃いだから騙すのは簡単なんだ」
「へー、言うね。で、誰が殺したの?」
「あ、ああ……ダムフェルドだ。俺たちが若い女を攫って遊んでることを気付かれた責任を取った。乱暴したのは……たしかに俺だ。だがあれはダリアスがやったように見せるためだった。アンナは小さなころから知ってる可愛い子なんだ、俺はやりたくなかったんだよ。本当だ、信じてくれ」
「さっきダリウスの矢を用意しただけだって言ってたくせに、強姦までやってるじゃないか、おまえやっぱり殺したほうが……」
「おっ、もういいのか? じゃあ殺そう」
「待って! 悪かった誤解だ、殺したかと聞かれたから殺してないって答えたんだ。本当なんだ」
「まあいいか、あとさ、ここに捕らわれていた女の子たちって半月ほど前、温泉宿に泊まってた家族連れだろ? 父と母、そして姉妹の四人家族だよね? フェライの街から温泉に来た家族旅行だ。温泉案内所のドロセラさんが覚えてたよ。あの子たちの両親はどうしたのさ」
「フォルカーが始末したはずだ。俺は見てない」
「なぜ見てないのさ? おまえも一緒にいて殺したんじゃないの?」
「違う、俺はやってない。殺すことに快楽を覚えるのはフォルカーだけだ。あいつは狂ってんだ。俺は……、俺はただ女とやりたかっただけだ、あんたも男だったら分かるだろ?」
「いや、わからないな。むしろお前らのようなやつを殺してやりたい気持で一杯だ。お前にもこの気持ち、分かるかい? 分からないだろうね。それにこの山小屋はおまえの所有だろう? 築10年ぐらいか。ってことは、おまえらだいぶ前から続けてたな」
「ああ、だが俺はおこぼれをもらってただけだ! 俺はただのひとりも殺しちゃいない。本当なんだ、信じてくれ」
「なあディム、もういいだろ? 殺そう。こいつらのマネしようぜ? 土産物屋のダムフェルドがやったようにみせかければいいじゃないか。女の子にそう証言させよう」
「まって! まってくれ、お願いだ! 金が欲しいのか? 衛兵に証言するよ。そしたら事件は解決して300万はお前たちのものだ。頼むよ、殺さないでくれ……」
「証言してくれるの?」
「真実を話すと約束するよ、だから……」
「そっか。じゃあ証言してくれ」
バッ……。
布袋の頭巾が外され、タイラス・ケイナーの目に飛び込んでくる映像。
薄暗いランタンの明かりですら目に染みる。
そこはさっきまで居たはずの自分の山小屋の拷問部屋ではなく、殺風景な取調室のような部屋で、目の前にはゴールドメダルの冒険者に、案内所のドロセラ・カペンシス、そして休息地の治安を守る衛兵、屯所長から副長がずらっと雁首揃えていて、まるでドブに沈んだ死骸を見るように嫌悪感を露わにした記録員がいまの発言を記録しているところだった。
「フン! タイラス・ケイナー、お前を少女誘拐罪、監禁罪、強姦罪、傷害罪で逮捕する。アンナ・ダムフェルド殺害事件については言質をとったが、しばらくは寝る暇もないほど厳しい取り調べが続くからな。余罪もたっぷりありそうだ。私のみならず、このサルタの治安と安全を守る部下たちの事をよくもヌケサクと言ったな、洗いざらい全て吐かせてやる、覚悟しておけ。副長! 宿舎で寝てる者を全員叩き起こして饅頭屋のアダム・フォルカーと、土産物屋のムゲノ・ダムフェルドをしょっ引いてこい!」
「はっ! すでに叩き起こしに向かわせました」




