[19歳] ヒトを食らうケモノ
ここから数話、会話内容にちょっぴりゲスな表現あります。
嫌いなかたは注意してください。
足跡は通りをそのまま土塀に沿ってなるだけ道の端っこを進んでいて、立ち止まることも、迷いもなく饅頭屋に入ったあとまた出てる、いや、出たとき一人増えてる。足跡が二人分。
誰かと合流してからは、歩幅が安定した。小走りからちょっと広い歩幅へと変わった。
二人の足跡を追う。こんな狭い休息地だ。どこへ行くにしても目的地はすぐ近くだと思っていたが、どうやら二人の足跡は休息地を出て、山の裏側に続く細道を上がってゆく。
「エルネッタさんどう? 道は見える?」
「ああ、月明りのおかげでなんとかな。だが森に入ったらお手上げだぞ。また抱っこしてくれないと転んでしまう」
「ドロセラさん、この先には何が? 男が二人、あっちに向かってるんだけど」
「狩人の小屋があります、この先だと狩人のタイラス・ケイナーの山小屋ですね」
タイラス・ケイナー? 被害者、たしかアンナ・ダムフェルドの死体を見つけた第一発見者だ。
死体発見現場はこっちの山ではなく、休息地を挟んで逆方向だったはずだ。たしかウサギの罠を見に行って、山中で死体を発見したはず。
山小屋から反対側の、一番遠くなる方向? 村を挟んであっちがわにウサギの罠を?
こっちの山にもウサギぐらいたくさんいるだろうに……わざわざ遠くに罠をかける理由がない。
第一発見者も共犯だとすると、饅頭屋も十分怪しい。
「ムゲノ・ダムフェルドが饅頭屋に寄ってから二人になった。饅頭屋って何者か分かる?」
「饅頭屋はアダム・フォルカーさんですね。ダムフェルドとは親しい友人……というよりも、このサルタ村ではフォルカーさんがいちばん頼りになるんですよ。きっとダムフェルドは困ったことがあるから、フォルカーさんに助けを求めたんだと思います」
ドロセラさんですら、いま話に出たアダム・フォルカーについて、疑惑を持っていない? ようだ。
普通ならここまでダムフェルドと一緒に来ただけで怪しんで当然なのに、疑いもしていない。
よほど信頼されてるのか。
「ドロセラさんはここにきて何年?」
「えーっと、今年で13年になりますが?」
「アダム・フォルカーのことで、知ってることを話してほしい。もちろん13年間ドロセラさんの目で見て、感じた事でいいから」
「とても頭が良くて、社交的でいい人ですよ? 次の村長はきっとフォルカーさんですし。ダムフェルドが頼ろうとするのは理解できますが、あのひとはきっと悪だくみには乗りませんね。……最近私のいる案内所にもよく来るんですよ。何度か食事に誘われたことがあります」
「感じのいいひとなの?」
「ええ、とても」
「あははは、なんだディム、もしかして妬いてんのか?」
「違うよ。妬いてなんかないよ。ほら顔見て、嘘じゃないから、ほら」
「暗くてよく見えないんだ、でも必死で否定するあたり怪しいぞ」
月明りに照らされた山道を美女二人を連れて歩く。地層が斜めに縞模様を映し出す大きな岩壁を左におおきく回り込むと、山小屋が見えてきた。
山小屋って言うからもっと古臭い物かと思ってたら築10年といったところか、だいたい山小屋っていうと簡単に板を張り合わせた、急ごしらえのリンゴ木箱のような造りなんだけど、この小屋は……いや、ちゃんと壁に土が塗られているから、ちいさな家と言った方が正しいんじゃないかって建物だった。
軒先にはビアジョッキが三つ紐でくくられてぶら下がってる。ここの山小屋は最低でも三人が利用するということだ。
いましがたエルネッタに殺人犯だと看破された男が、その夜のうちに、こんな山小屋へきて誰とどんな話をする必要があるのだろうか。家族に内緒で賭けポーカーやってるわけでもあるまい。
……っ!
ディムの『聴覚』スキルに反応があった。
「しーっ! 中から声がする。こっちへ」
3人は迂闊に近付いたのをあらため、山小屋の横へと身を隠した。
中から声が聞こえる。
窓もない防音構造になってるから中の声が聞こえづらいようだ。
ということは、外の音も聞こえないはず。
小屋の壁に耳を付けてみると、なるほど室内の様子が手に取るように分かる。
エルネッタさんもドロセラさんも壁に耳を付けて静かに精神統一していたようだけど、すぐに首を横に振った。『聴覚』スキルがないから聞こえないのだろう。
そういえばさっき、この小屋の軒先に、錫製のビアジョッキが三つ、ぶら下げられてたのを思い出した。
ビアジョッキをちょっと借りて、壁にぺたりと付けて、ジョッキの底を耳で押さえつける。
こうすることによってビアジョッキを集音メガフォンとして使用。
それでもさっきまでは直接耳を付けてもよく聞こえなかった二人が、ビアジョッキを耳と壁の間に介し、精神を研ぎ澄ますことで、何とかこの土壁を通して中の会話が聞き取れるようになった。
---- Sound Only Open ------------
「で、そのゴールドの捜索者はなぜおまえを真犯人だと言ったんだ? あてずっぽうでそんなこと言うわけがないだろう?」
「わからない。俺の受け答えにミスはない。フォルカーさんに言われた通りにしか話してないんだ」
「そうか……まあ、半月もしたらなんの手がかりもつかめずにノコノコ帰るさ」
「いや、不気味だ。半月もこの村に居てあれこれ嗅ぎ回られるのは好ましくない。あの若さでゴールドメダルの捜索者ってことは、何かのスキル持ちなのは間違いない」
「確かにずっと村で嗅ぎ回られるのはうっとおしいな。捜索者だけなら殺すのもそんなに難しくないだろうが、問題は傭兵の女だな。女でゴールドなんて嘘だろ?」
「いや、どこだっけか、どっかの街に実際いるらしい。噂になってるよ」
「美女っていうならここに連れてきて鎖に繋いでやればいい。生意気な女を屈服させるのは何物にも代えがたいからな」
「フォルカーさん、予定を繰り上げて案内所の女を攫おう」
「ドロセラ・カペンシスか? なんでだ、あれは私のお楽しみだ。ダリアスのボケが殺されたら簡単に落ちるさ。その時でいいじゃないか。絶望的な目をしたドロセラを鎖で繋いで、みんなで楽しもうや」
「あの女を攫えばダリアスが釣れるだろ?」
「俺もダムフェルドに賛成だ。あの女、ずっと俺が目を付けてたんだ、ダリアスにはもったいない。みんなのモンにしちまおう」
「仕方ないな、じゃあ明日の夜、そうだな店を閉めたあとにでも私がドロセラを誘い出してここに連れてくるから、いつもの手筈通りにな」
「なんて言って誘い出す気なんだ? これまで何度か失敗したっていってなかったっけ?」
「そのゴールドメダルの捜索者がダリアスを追い詰めてるとでも言うさ。そしたら目の色変えて着いてくるはずだ」
「さすがフォルカーさんだ。じゃあダリアスは俺たち二人で殺して衛兵に突き出す。そしたら報奨金300万は俺たちで山分け、女は俺たちのもの。邪魔者ゴールドメダルは手ぶらで帰る。すべて丸く収まるな」
「よし、いい作戦だ。ゴールドメダルは、あさひ屋に泊まってるんだろ? ダムフェルドおまえ見張っとけよ」
「わかった。俺は面が割れてるからうちのバイトに見張らせとく」
「よし、そうと決まれば、今日のところは帰って、いつもと何ら変わらぬ夜を過ごそう」
「俺はここで、ちょっと楽しんでから帰る。三人、雁首揃えて帰るのもアレだしな」
「わかった。では明日」
------------ Sound Only Closed ----
ガチャっ……と重厚な厚手の扉が開くと、中からは薄ら笑いを浮かべた男が二人出てきた。
ディムたち3人は小屋の影にじっと身を潜め、帰って行く男たちを見送る。
ついでに饅頭屋のステータスを覗いておこう。
こいつ飛んだ食わせ物だ。
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□ アダム・フォルカー 36歳 男性
ヒト族 レベル040
体力:31960/33250
経戦:C
魔力:―
腕力:B
敏捷:B
【調理士】C /短剣B /解体B
/カニバリズムB /サイコパスA
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…………っ。
ディムは信じられないものを見た。
人食い?
サイコパス?
サイコパスがスキルなのにも驚いたが、人食いと出くわすとは思ってもみなかった。




