[19歳] 勇者を殺す者
ドロセラ 捜索者x > 探索者○ 修正。
「ディム! アサシンをどこで見た?」
「アサシンってなにさ? 見かけただけでそんなに目くじら立てるようなものなの?」
「あのなあディム。アサシンは世界に災いをもたらす夜叉だ、王国を崩し、勇者を殺す者だと言われてる、いわゆる化け物とか死霊のたぐいだ」
ば……化け物……。
「なんだそれ、おとぎ話じゃん、その話はまたこんどにしよう、いまはドロセラさんのほうが優先だからね」
ショックだった……。一瞬、気を失ったか、時間が静止したんじゃないかと感じた。
王国を崩そうなんて考えたこともない。
勇者なんてそもそも知らない。会いたいとも思わない。殺すどころか戦おうと考えたこともない。
子どものころ、勇者に憧れたことも確かにあった。
だけどそんな事よりもエルネッタさんの口から化け物と言われたのが心に刺さった。
ディムはここじゃあ化け物と呼ばれて蔑まれるのかと、そう思った。
たしかに王立騎士団にはいい印象ないけど、わざわざ敵対しようって気もない。
エルネッタさんには、また隠し事ができた。
10歳のあの日、アビリティ鑑定してもらうのに村の教会で、葉竹中さんが【羊飼い】アビリティを宣告された日、もし【盗賊】と言われてたら、どうなってただろう……。
いまエルネッタさんに自分こそが【アサシン】なんだと言えない理由がそれだ。
盗賊と同じで、何もしていなくても、ひとに嫌われたり迫害されたりするってことだ。
桜田さんの【ホームレス】アビリティがあってよかったのかもしれない。
エルネッタさんの話だと盗賊どころじゃなさそうだ。将来は人里離れて暮らしていくことになるかもしれないし、仙人のように生活を捨てて霞を食って生きるようなことになるのかもしれない。
どうやら転生したこっちの世界での生活も、未来は明るくないようだ。
一人で生きるのは、あんなにもつらいのに。
「ディム? どうした?」
「ああっ、ごめん。村でアビリティ見てもらった日の事を思い出してた。ぼくの場合はアビリティが役立たずだったから、みんなに大爆笑されて、まあ、何と言うか……、バカにされてよく虐められたよ。ドロセラさん、同情されるのは嫌かもしれないけど、ぼくはいま激しくあなたに同情してる。ぼくもさ、あんまり人に言えないようなアビリティ持ってるもんだから酒場じゃあ笑いものなんだ。いつも」
「なんだ、そんなことを考えいたのか。笑ってるのはアルスだな。こんどぶん殴ってやる」
「アルさんなんかどうだっていいよ、エルネッタさんも腹かかえて笑ったよ。ぼくはそっちの方が傷ついたけどね」
「……悪かったよ、すまん」
「いや、あの、ごめん……謝ってもらうほどのことじゃないから気にしないでね……」
急に神妙な顔で謝られると困ってしまう。
【アサシン】の事で追及されるのを躱したかっただけだ。
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少し心を落ち着けて、枕元にある水差しからコップに水を注いで、乾いた喉を潤した。
【アサシン】のことで平常心を失ってしまったせいか、喉が渇いてしょうがない。
気を取り直して、今回の事件の事、被害者アンナのこと、被害者の夫ムゲノ・ダムフェルドのこと、第一発見者で狩人のタイラス・ケイナーのこと、そしてドロセラさんの彼氏、殺人犯とされているダリアス・ハレイシャが被害者夫婦にどう関わっているのか、知ってることを全部話してもらうことにした。
・アンナは温泉宿の娘として生まれた。土産物屋ムゲノ・ダムフェルドは、経営難に陥ったアンナの温泉宿に金を貸しており、借金を返せないアンナの親が、借金のカタに娘を差し出したようなものだという。アンナにとっては望まぬ結婚だった。縁談は親によって進められ、当時付き合っていた元カレのダリアス・ハレイシャとは遠ざけられた。
・元カレのダリアスが行っていたというストーカー行為だが、それは事実とは異なる。アンナはダリアスとこっそり接触していたらしいが、ドロセラが聞いた話ではアンナのほうから彼に接触してきてたという。彼は二年前にアンナと別れてからもう関わりたくはないと言ったが、アンナの願いに折れて何度か相談を受けていた。一度は我慢できなくなってアンナの夫、ダムフェルドと激しい口論になったというが、その原因と内容は分からないという。
その相談の内容が気になる。
・アンナの夫ムゲノ・ダムフェルドは休息地サルタでは33歳という若さの割には村の有志として名を連ねる。
「有力者なのに33歳で新婚? だいたい権力者なんてのは早々に結婚して身を固めると思ったんだけど」
「ダムフェルドさんは前の奥さんと死別しています。7、いや8年ほど前の話ですが……」
・ムゲノ・ダムフェルドは若くして20も年上の女性と結婚したらしく、いまの土産物屋はもともと前妻が経営していた店だった。先ごろ死別したアンナの実家の温泉宿も実質的にはムゲノ・ダムフェルドの物と言って過言ではない。ムゲノ・ダムフェルドは妻を二人亡くしたが、妻が死ぬたびに遺産が転がり込んできてる。
「前妻の死因は?」
「前の奥さんは土産物屋を営む傍ら薬草士だったので、山に薬草を摘みに出かけて、たしか……足を滑らせて谷底に落ちたんだと聞いたのですが」
前妻は事故死か、なら衛兵の屯所に行けば記録が残っているだろう。
「ドロセラさん、冒険者登録は?」
「えっと、ギルドカウンターを与る身なので一応、探索者のDランクですが」
「力を貸してほしいのだけど、どうかな。もちろん成功報酬は頭割りで払う」
「ダリアスを救っていただけるのならという条件付きでなら」
「よし決まりだ。たった今からぼくたちはチームだ。いいね?」
「はい。お願いします」
「実はもう犯人は分かってるんだ。ダリアス・ハレイシャをどうこうしようなんて考えちゃいないよ」
「ほ、本当ですか! 犯人は?」
「主犯か共犯かは分からないけど、夫ムゲノ・ダムフェルドが関わってる。エルネッタさんの目に引っかかったから間違いないよ。ただ証拠が完全に元カレのダリアスに偏ってる。これを覆さないといけない」
「引っかかった言うな! 印象が悪い!」
「くっ……そうだったのですか! なら私からもお願いします。協力させてください。あの蛇男、絶対に許さない」
「ん? 蛇男って何?」
「10年ぐらい前なんですが、私、あいつに蛇を投げつけられたんです! 大嫌いですあんな奴……」
「……っ! 蛇を投げただけ? それって10年間ずっと根に持たれるほどのこと?」
普通、可愛い女の子がいたら気を引きたくなるのは男の子の性みたいなものだ。
カバンの中に忍ばせたりして、好きな子の教科書にカメムシ挟んだりとか……普通はする。
それを10年も根に持つなんて、ドロセラさん執念深すぎる。この女も要注意だ。
「ディム、お前は反省しろ」
「何がだよ、ぼくエルネッタさんにはまだ蛇を投げた事ないよね!」
「まだ? まず蛇を触るな。もしわたしに蛇を投げたらマジで怒るぞ」
「違うってば、男の子が女の子に蛇を投げるのは愛情表現ってこともあるんだからさ……」
「愛情表現のつもりが、思いっきり嫌われるぞ?」
「うー……気を付けるよ」
「普段から気を付けておかないと蛇を投げてしまうような事があるのかお前には……」
深夜の温泉宿に、ドロセラさんがこっそりお忍びで訪問してきてから、どうもエルネッタさんの追及がいつもより二割増しぐらいに厳しい。あんまり逆らうのは得策じゃない。
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ドロセラさんに短剣を返して、ディムたちは衛兵の屯所に向かうことにした。
ムゲノ・ダムフェルドの前妻が転落死した事故の記録を開示してもらうためだ。
もう夜は更けているので人通りは殆どなし。通りに面した商店も軒並み雨戸を閉めて閉店している。
こんな時間に開いてるのは酒場か風俗店ぐらいだけど、まあ衛兵の屯所には数人が常駐してるはずだ。
温泉宿あさひやを出たところで足跡に気が付いた。さっきエルネッタさんと土産物屋を訪問したときに会ったムゲノ・ダムフェルドのものだ。
「ディムさん? あの、衛兵の屯所はこちらです」
「いや、ダムフェルドの足跡が鮮明に残ってる。踏み跡が新しいね、そう時間は経ってないから先にこっちから行ってみようか。どうせ衛兵の屯所は朝まで開いてるし」
「追跡スキル持ってるんですね」
「ぼく捜索者だし」
衛兵の屯所で過去の転落事件の記録を見せてもらおうと思ったけど、優先順位が変わった。とりあえずダムフェルドの足跡を追跡することにした。
土産物屋の雨戸を全部しめたあと厳重に戸締りをして、通りを歩いてる。
歩幅が大きい。たしかムゲノ・ダムフェルドは身長170ぐらいだった。
ディムは、自分と大差のない体格で、こんなにも歩幅が広いことに不信感をもった。同じように合わせて歩いてみると……自然にタッタッタッタと小走りになった。
なにか小走りになってしまうような、急用があったということだ。




