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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第四章 ~ 夜を往くもの ~
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[19歳] 盗賊の加護を受け、全てを失った女

 監禁状態になったことを聞かされたドロセラさんは不安を隠し切れないながらも狼狽することなく、先ほどまでとは姿勢を変えず、今までよりもさらに凛とした空気を強く押し出し、気丈に背筋をのばして座りなおした。


 唇をきゅっと結んだその表情からは、覚悟の強さが窺える。


「私が拉致された理由を聞かせてくださいますか?」


「ダリアス・ハレイシャはもうとっくにどこか遠くへ逃げたと思っていたのに、ドロセラさんがそうやって、ぼくたちに話しに来るってことは……まだ近くにいるんだよね。追手おってがゴールドメダルの捜索者サーチャーだからね、当然『追跡』系のスキルがあると読んだから、わざわざ、そんなことを言いに来た」


「いません。彼はとっくに逃げました」


「あっははは、それは嘘だな。わたしじゃなくてもお前の嘘は分かる、そうだろディム」

「そうだね。ドロセラさん、あなたは嘘が下手だよ」


 動揺の色濃く映す瞳に溢れんばかりの涙を湛えて、唇を震わせながら、捕らわれてしまった己のバカさ加減ですら飲み込んだうえで、なおも気丈に振る舞おうとするドロセラさんの姿は、美しく見えた。


「私をどうするつもりですか」

「ダリアス・ハレイシャをおびき出すエサにでもなってもらおうかと思ってるんですが」


「私にそんな価値はありません」

「ふうん、でも、もしかしたら彼が助けに来て、捕まってしまったらどうしようなんて考えてるでしょ」

「そんなことあり得ません」


「わはは、ディムお前ほんと性格悪いな。いまのも嘘だ。この女、いま自分がミスしたせいで男が捕まる心配をしている」

「ああ、ドロセラさん。このひと、嘘を見破るスキルもちなんだ。だから嘘は通用しないよ」


 そんなスキルがあるのかは知らないけど、脅しに使うには十分すぎる効果を見せている。


「嘘をみやぶ……私が、私が彼を窮地に追い込んでしまったのですね……」


 ポトッ、ポトッと音がする。


 涙だ。ドロセラさんの大きな目からボロボロと大粒の涙が零れて膝に落ちた音だ。心なしか身体が震えてるようにも感じる。心拍数は? いや、高い。なんでそんなにドキドキしてんの?


「まあ、なんだな。ひとつ提案なんだけどさ、協力すれば……っておい!」


 ドロセラさんは右手に置いた短剣を取り上げると、無防備で目の前に座っているエルネッタさんに襲い掛かり、首に……。


「ああ、その短剣な。さっきディムがバナナにすり替えてたんだが……どうした? わたしにくれるのか?」

 エルネッタさんが座ったままただの一ミリも動かずそう言ったところで、ドロセラさんは手に持った短剣が南国バナナにすり替えられてると知り、ここから逃れる手立てが失われたことを悟って涙に崩れた。


 ちょっと協力してもらおうと思って脅しをかけたのが効きすぎて裏目に出た。どうすっかなあ……。


「もう、人の話は最後まで聞かないとダメだからね……」


 さっきまであれほど凛とした空気を纏っていたひとが、いまはもう肩を落として泣き崩れている。

 いまこの短剣をかえしたら自害してしまいそうな気がするから、返せる雰囲気ではない。

 ってことは、ドロセラさんが人質になったと知ったらノコノコ現れるような彼氏だということだ。


 ドロセラさんは、こんなに綺麗なのに、元カノにこだわって付きまといを続けるような男に惚れ込んでいるというこだ。どういう事なんだろう、ドロセラさんは一年前からダリアス・ハレイシャと付き合ってるって言ってた。じゃあ、付き合ってる最中に、男が元カノにストーカー行為を働いたということだ。


「ダリアス・ハレイシャはアンナ・ダムフェルドに付きまとっていた。ねえドロセラさん、なぜそんな男にここまで尽くす?」


「…… ……」


 ドロセラさんはぎゅっと目を閉じ、涙を絞り出すと、固く口を閉ざした。

 嘘を悟られないように、全ての情報をシャットアウトするかのようだ。


「な、ディム。嘘を見破るなんて言ったらこうなるのが普通の反応なんだ。お前よくわたし一緒に暮らせるな。ほんと感心するよ」


「ぼく嘘なんかつかないし、もし嘘ついてもエルネッタさん許してくれるじゃん……んっ? 外に男の気配がするぞ……狩人だ。エルネッタさん槍を!」

 反射的にドアを出て行こうとしたぼくの足に、ドロセラさんがしがみつく。


「いやあ、いやああああ……逃げて! 逃げえぇぇ」


 振り払おうとしても、力の限りしがみついて、絡みついた。

 そんなディムのあからさまな嘘を見破っているエルネッタは冷ややかな視線で見ていて、もちろん槍を取りに行くこともない。


「ドロセラさん。あなたが話をきかせてくれないならもう面倒だ、あの男を捕えたら衛兵に突き出してぼくらはもう帰る。一件落着で300万ゼノもらえるしね。でももしそれが間違っているのなら、ドロセラさんはぼくたちに協力する。そうしてくれたらぼくたちはあの男を追わないと約束するよ。どうですか?」


「間違っています! あなたたちは、間違っています」

「ならお話を聞かせていただけますね?」


 憔悴した様子でドロセラさんは渋々首を縦に振った。いや敗北を認めて従順になったようにも見えた。


「協力していただけるという事なので、手短にいくつか質問させてください。まず手始めに、えっとマリーダ・アネクテンスさん28歳。なぜ偽名を?」


 ハッと驚いた表情でディムをみたドロセラ。


「その名で呼ばれるのは……じゅ、15年ぶり……です」


「年季の入った偽名ですね」


「そうですよ、わたしは名を捨てました。あなたに【盗賊】なんてアビリティを得た、普通の女の子の気持ちが分かりますか? 分かるはずがないですよね。街で何か物がなくなったら陰で疑われるのは私。近所の酒飲みのおじさんは、空き巣に入られたと言って家に怒鳴り込んでくる。幼馴染の友達も、それまで親切にしてくれていた隣近所のひとたちも、みんな手のひらを返したように……私から離れていった。私は10歳で【盗賊】アビリティを得たのと引き換えに、大切なものを全てを失いました。平穏な暮らしをするために名を捨てたのですから、惜しくはないです」


 人が盗賊になる理由を垣間見た。

 そうやって人間を信じられなくなって盗賊に身をやつすような人も、きっといるはずだ。

 盗賊アビリティを得て、自分が盗賊に向いているから盗賊になろうなんて人は、殆どいないのだろう。

 盗賊というアビリティを持っていることを他人に知られることで起こる迫害が問題なのだ。


 ドロセラさんはマリーダという、とてもチャーミングな名を捨てて、誰も知ってる人の居ない、こんな辺境の休息地の村に、夜逃げをするように越してきたんだそうだ。


 だからその名で呼ばないで欲しいという。


 ディムこの人の事を【盗賊】アビリティを持ちながら偽名を使っていることで、この人物は警戒しておかなきゃいけないと思った。


「ごめんドロセラさん、反省する。ぼくも偏見を持っていたようだ」

「いいえ、偏見を持たれて当然です。私だって彼には嘘ついてますから……。自分のアビリティを【盗賊】だとは言ってないんですよ、そんなこと、口が裂けても言えませんし……、だから28にもなって結婚もできないんです私」


 無意識にエルネッタさんの方を見てしまった。

 もちろん『わたしを見るんじゃない』という意味の強烈な眼光で威圧されてしまった。

 エルネッタさんは結婚できないわけでもないのだけど。ドロセラさんはなぜ結婚できないんだろう、アビリティなんて自己申告しなきゃ分からないんだし。


「なんで? 言わなきゃいいじゃん」


 その疑問にはエルネッタさんが答えてくれた。


「ディム、結婚の誓いを立てるとき、言わなきゃいけないんだ。嘘を言うと、誓いそのものが嘘になってしまうから、愛が本物ならば神前でどのような加護を受けて育ったのかを明かすのが習わしだ。おまえが誰と結婚するのか知らないが、何と言うのか楽しみだよ」


「じゃあ【盗賊】とか【ホームレス】とか【アサシン】なんて、すっごく言いにくいよね」


 何気なく口を滑らせた。これはディムの失言だったのだろう。

 エルネッタの表情が険しくなり、明らかに不穏な空気に変わってゆく。


「ディムおまえアサシンをどこかで見たのか?」


「え? いや、見てないけど……」

「なに? わたしに嘘をつくのか? 見たんだな? アサシンをどこで見た?」


 焦ってしまってついウソをついてしまったのも迂闊だった。

 なぜだか分からないが、エルネッタさんの食いつきが異常だ。


 なんでそんな険しい顔になってるのか。半分怒ってるし……。


 アサシンってそんなに悪いアビリティなのだろうか。

 ディムはもう絶対にアサシンなんて言わないと、かたく心に刻み込んだ。


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