[11歳] スローライフ宣言 【挿絵】
セイカの森の夜景をイメージしたような挿絵を挟んでおきました。
夜なのに雲が育ちすぎてるのと遠近法が甘く山がとても近くに見えますが、あの山はものすごく遠いです。
20180206改訂
朝霞星弥のアビリティは、太陽が顔をのぞかせてる時間帯には発動せず、太陽が沈み切ったあとにようやく顔を覗かせる。
そして太陽がありったけの熱量を放出する朝になると、また消失するのだ。
星弥は身体を動かすことができないから、どのようなマイナス効果があるのか分からないけれど、端的に言えば才能なしの状態になる。神の加護と言われるアビリティの恩恵を受けられない状態だ。
もちろん技術のうち『宵闇』という謎スキルも黒塗りになってるから発動させることも出来ないのだろうけれど、『知覚』というスキルは昼間も残っている。これが目に映る人のアビリティやスキルを読みとることができるアビリティだ。
アビリティが発動した朝、母の鑑定をしてスキルの発動を知ったように、今日も自分の母を実験台にしてスキルを試している。
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□カナリア・ベッケンバウアー 26歳 女性
ヒト族 レベル020
【草花の知識】E
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実験の結果、別にじーっと直視しなくとも、視界に入れておけば表示されたままになることが分かった。もちろん壁などの障害物を挟むと表示されない。
あと、【草花の知識】アビリティがちょっといいなと思った。
カナリア母さんが【草花の知識】アビリティを持っていることは何年も前から聞いて知ってたので、星弥の鑑定スキルは信頼できると思っている。
「母さんの【草花の知識】って薬草や毒草も見たら分かるの?」
「ええ、この辺に生えてたらね。でも母さんは森が怖いから薬草取りには行けないのよ。ディムには森に入らないで欲しいわ。だってディムに何かあっても、母さんじゃ助けに行けないからね」
「大丈夫だよ。村で遊んだら怒られるし」
「いたずらをするから怒られるの!」
厳密には違う。いたずらをするのは主にメイで、共犯がダグラス。葉竹中ディミトリはいつも巻き込まれているだけというのが正しい。
「森も奥に行かなきゃ大丈夫だよ。あーあ、せめて母さんの【草花の知識】ぼくにもあればなあ、薬草いっぱいとってくるのにさ。メイなんか毒キノコ食べさせるしさ、最悪だよ」
「森の奥まで入っちゃダメですよディム。母さんはディムのアビリティが【羊飼い】で良かったと思ってるわ。敵と戦ったり、戦争に駆り出されたりするようなアビリティだったら、母さん心配で死んでしまうもの」
「でもこの辺りじゃ羊なんていないし、絵本でしか見たことないよ」
「大丈夫よ、父さんなんて【狩猟】アビリティと『モグラ捕り』スキルを持ってるから、村じゃいちばんモグラを捕るのが上手なんだけど、いまじゃ品質がいいって評判の綿花作ってるんだからさ。ディムもきっとあと5年もしたら綿花つくるの上手になって、可愛いお嫁さんもらって、幸せに暮らしていくのに何の不安もないわ」
カナリアはそういって羊飼いという役立たずなアビリティにコンプレックスを抱くディミトリを慰めてくれた。たしかに父の『モグラ捕り』スキルは村一番の腕で、畑を荒らすモグラを退治するのに貢献するから村の農家の間では人気が高い。うちが大根やニンジンやキャベツなんて農作物をよくもらうのも父がよその畑に行ってモグラを退治するおかげだ。
せっかく非接触で使える鑑定の『知覚』スキルがあるのだからと、暇に飽かしてただ村人たちのアビリティを覗いて回ったけど、だいたいが【狩猟】か【算術】【語学】などの学術アビリティ。
アビリティは才能。つまり才能はあっても、才能に付随する技術を持たない人が多いので、才能を生かし切れてない人ばかり目立つ。スキルを持たない村人の能力もだいたいが五十歩百歩というところ、つまり父のように、【狩猟】アビリティもちが『モグラ捕り』というスキルを得て、やっと他人から認められるような才能が発揮できるということだ。
ダグラスとメイが凄いの引き当てたんで比較するとダメなんだけど、ディミトリ少年がもつ5人分のアビリティを合わせて考えると、そこそこいいアビリティじゃないかと思った。
五人のディミトリはこの村で一生過ごすのもいいかなと考え始めた頃、ダグラスもメイも15で成人したら大きな街に出て行って、アビリティとスキルを更に伸ばすため勉強するという話を聞いた。
なんだ、ダグラスもメイも遠くへ行ってしまうのか……なんて考えるとなんだか寂しくなってきた。
日本人だった星弥にしてみれば、街なんてそんなにいいものでもないのだが。
ディミトリは朝から騒がしく、うちに遊びに来ていた頃のダグラスとメイの思い出に浸りながら、少し前までかくれんぼになるとメイが好んで隠れていたうちの納屋を横から登って屋根に上がることが多くなった。
屋根に上がると、どこからか見ているのか、遠いところから白鷹が飛んできて、ちょんと肩にとまったり、寝転んでたら屋根のてっぺんにシャチホコみたいに佇んでたりするけど、トールギスはいつもディミトリのそばに寄り添っている。ダグラスとメイは習い事が忙しくなって、あんまり遊べなくなってしまったけど。
「でもなあトールギス、お前もパートナーみつけて巣作りするようになったらもう帰ってこなくていいんだぞ?」
―― ピィ♪
トールギスはどうやら言葉が分かっているらしく、話しかけたら一応「ピィ♪」と返事してくれる。
言葉の内容まで伝わっているかどうかは分からないが。
ダグラスとメイという幼馴染に取り残される寂しさを、山から吹き降ろす冷たい風が心に吹き込んで、やけに寒く感じられた。
だけど基本人格の葉竹中さんが言うには、この世界は風も水も、森の匂いも目に飛び込んでくる景色も、何もかもが最高で、自分を取り巻く全てのものが癒しに繋がるのだそうだ。
『ぼくはさ、たまたま【羊飼い】なんてアビリティを授かった訳じゃないと思うんだ。神さまはきっと、ぼくたちに、今あるアビリティを使って、この世界でのんびり暮らせと言ってるんじゃないかと思う』
葉竹中さんが提唱したスローライフ宣言は、星弥にとっても魅力的に響いた。
『ダグラスもメイもさ、まだ11歳だっていうのに遊ぶ暇もないほど習い事ばかりでさ、まるで日本にいた頃を思い出してしまったよ』
剣士になりたい、勇者になりたいと願っていた細山田さんもダグラスとメイを横から見ていると、まるで目の前に人参をぶら下げて、ひたすら走らされる馬のように見えるという。
それはとても残念で、気の毒なたとえだ。
『そうだな、それは俺も思った。魔法使いになったら安泰だって言われてたけど、もらえるのは才能だけで努力は人一倍しないといけないんだからな。子どもの頃からいい大学いくために勉強漬けになってるようなもんだ。確かに将来は安泰だろうよ、だけどなあ……そんなせわしない人生はもうイヤというほど生きたからなあ』
ディミトリには、メイよりもダグラスよりも、あの二人の両親のほうが、子どもの才能を伸ばす教育に必死になって取り組んでるように見えた。子どもには自分たちよりもっと良い暮らしをさせてあげたいと思うのは親として当然のことだ。でもその生き方はとても疲れるものだ。
『わたしも同じ意見。せっかくこんな素晴らしい世界に転生したんだから、この世界を楽しみましょうよ。せっかく時計のない世界に転生したんだもの、生き急ぐのはもったいないわ』
『はははっ、わしも同感やな。まあもとより人生をリタイヤした身でもあるしな、勉強に追われ、仕事に追われ、一生何かに追われ続けるなんてアホらしいやろ、最高の人生と言うのは時間を無駄遣いすることにあるんやからな』
みんな同意見だった。五人は珍しく全員一致で、この世界をのんびり生きていこうと決めたんだ。
「そうだよな、トールギス。ぼくらは森で暮らそう」
―― ピョイ
トールギスはいつもより半音高く、いい返事をしてくれた。
こんなディミトリ少年と一緒に森で暮らしていくのも悪くないと考えたのだろうか。
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いつも決まった平和な毎日だけど、大変な事なんて何も起きないゆっくりとした時間の流れに乗っかって、ディミトリはトールギスと一緒に、ただこの肌に心地よい風を受けて暮らしている。あれからまた何か月かたったけど、ディミトリのやることは変わらずに、普段からゴロゴロと怠けて暮らしている。
ダグラスは隣の町に剣の鍛錬。メイは毎日あの厳しい家庭教師の先生について魔法の鍛錬に暇がない。星弥はというと、ゴロゴロする身体もなく葉竹中ディミトリが必要なときに知覚スキルを発動させ、ステータスを見て報告すればいいのだから、生きながらにして疲れたと感じることがないという、スーパーゆるゆるライフを楽しんでいる。
ここで大ニュースがあった。
基本人格である葉竹中さんと、別人格(優先)細山田さんの入れ替わりがやっと実現した。細山田さんはメイの事が好きなロリコンなので入れ替わった瞬間にメイの家に走って行った。しかも大喜びで奇声を発しながらだ。その出来事があって以来、星弥は細山田さんのことは"細山田さん" などと呼ばずに、ただロリコンと呼ぶことにした。
『朝霞くん、言ってなかったっけ? 幼馴染のことが好きだったって』
『いや、ぼくが付き合ってた彼女が幼馴染ってだけで、三十路まで付き合ったんだから、ぼくはロリコンじゃないです』
『おれもメイと付き合って結婚するさ。そしたらロリコンだなんて言わせないからな』
くれぐれもメイは【魔法使い】だ。この世界じゃスーパーエリートの道に入ったことを忘れてはいけない。五人が談合してド底辺のスローライフをしようって決めたディミトリ少年が【魔法使い】と結婚するだなんて、アイドル歌手になった幼馴染を追いかけるようなものだ。
『あああああっ、結婚って! もしかして問題あるんじゃないか?』
星弥の言いたいことを察したのか今ごろになって慌て始めた葉竹中の狼狽。
『ちょっとまってよ、結婚ってどうすんの? 五人みんな自分の好きな人と結婚したいよね? でも困らない? 雨宮さんなんて男の子が好きじゃん。ぼくとしてはちょっと困るんだけど』
あたりまえだ。あたりまえのことだ。
ディミトリ少年は11歳の年端もゆかぬ、まだ何も知らない少年でありながら、中に居座る五人の男女は、人生の酸いも甘いも噛み分けた歴戦の兵ばかり。
セックスの経験がどうだという事よりも、その嗜好の方にハッキリと問題がある。
星弥が見たところ、葉竹中さんはそこそこ誠実だけど、一緒に暮らし始めて11年もすれば隠し切れないマゾっ気があるし、細山田さんは言わずと知れたロリコン。マッサージ師なんで、ジジババの身体ばかり触る仕事をしてたせいか、もう成人女性には興味すらないと豪語する清々しいまでの変態野郎だ。
浮気者の桜田さんは性別が女であれば顔も体形も、年齢さえも特に問わないという悪食オヤジだった。星弥は心の底から桜田さんのことを羨ましいと思った。
星弥にそんなガツガツしたバイタリティがあれば、人生変わったろう。だけどそんなことは些細な問題だった。フッと息を吹きかければ飛んで行くタンポポの綿毛のようなものだった。
問題は女性である雨宮だ。
女性が好きなレズっ気もちならよかったが、逆のちょっと腐った方々の嗜好をお持ちのようで、素直にダグラスのことが好きだという。しかも四人のだれも分からない表現だが『ダグラス総受け』がいいという、専門用語すぎて、その言葉の意味すら分からない。
『慣れれば大丈夫よ』
『ボーイズラブって慣れなの?』
この世界は15で成人、普通に15~16で結婚して子どもを生むから、ボーイズラブ嗜好とはちょっと話し合いを急がなきゃいけなさそう。いくら何でも性的嗜好を多数決で封殺するなんてことをすると一生ついてまわる傷がつく。
ちなみに母のカナリアは14で結婚して15でディミトリを産んだほどの早婚が常識的に行われているこの世界だからこそ、恋愛と結婚については、あまり先送りにはできない重大問題となった。
今のところ、入れ替わりに成功したのは、今にも性犯罪を起こしそうなロリコン野郎だけ。星弥はまだ入れ替わったことがないけれど、そのうち入れ替わりの順番が回ってくることだろう。
ちなみに人格入れ替わりに成功した細山田さんは、着々とレベルを上げている。
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□ ディミトリ・ベッケンバウアー 11歳 男性
/細山田武郎
別人格(優先) レベル008
【マッサージ師】E /鍼灸/整骨
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レベル5という乳幼児なみのレベルだったのが、たまに入れ替わって遊ぶだけでみるみるレベルが上がってゆく。
ちなみに昨日会ったダグラスのステータスは確か……。
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□ ダグラス・フューリー 11歳 男性
ヒト族 レベル026
【騎士】E /片手剣/盾術
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成人男性のレベルだった。やっぱりダグラスは成長著しい。
ディミトリ五人の中で最高レベルを誇る葉竹中ディミトリでもレベルは11、細山田さんはまだ8だというのに、ダグラスは26にまで達している。
大人でも相当腕っぷしが強くないとレベル30を超えないのに、11歳でもうレベル26というのは超人的ですらある。
ダグラスはすでにお父さんクラスの強さを持っているという事だ。
希少な【騎士】アビリティに加えて、真面目で努力家というダグラスの性格が合わさると天才が出来上がるという、成功者のモデルケースだ。
一方、メイのほうはというと
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□ メイリーン・ジャン 11歳 女性
ヒト族 レベル016
【魔法使い】E /炎術
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メイは『炎術師』だった。派手な魔法を使うんだろう、正直いって羨望の的だ。
ダグラスの『剣士』『盾術』や、メイの『炎術』は技術、つまりスキルというものだ。
スキルにはアビリティがもたらされた瞬間から使えるギフトスキルと、訓練によって身体に覚え込ませたコモンスキルがあって、メイのスキルもダグラスのスキルも、訓練によって後天的に覚えたコモンスキルだ。
ディミトリの場合はアビリティが発現したとき、葉竹中ディミトリには【羊飼い】アビリティに『羊追い』というスキルがくっついて発現していた。これはたぶん自分の担当している数百もの羊のうち何頭かが行方不明になったりしたとき探し出すためのスキルだと思うんだけど、これを葉竹中さんは何の訓練もなしに発現させた。つまりこれはギフトスキルというものだ。
この世界をのんびり暮らすためのアビリティと、努力せずとも最初からギフトスキルという技術を得た五人は今日も一人でのんびりして暮らす。
神はディミトリにこう言ったのかもしれない。" おおディミトリよ、お前は努力なんかせず、一生ゴロゴロしながら暮らしてもよいぞ " と。
星弥は、たとえばこんな生活を考えた。
朝、寝床の中で目覚めると、脳がはっきりするまで思う存分ウトウトして、なかなか寝床から出られないぼくに、いい加減しびれを切らした母さんが " ごはん食べないと片付けてしまいますよ " と心にもないウソを織り交ぜて早く起きるように促す。
眠い目をこすりこすりしながら『今日は何をしようかな?』なんてことを考えつつ、今日も明日も明後日も、何の予定も入っていない、衣食住を保障されたその日暮らしを贅沢に堪能する。なんとも怠け者の発想だが、それが許される世界なのだから、時間はたっぷりと無駄遣いしようと思った。
10歳のころまで遊び相手だったダグラスとメイが勉強や鍛錬に打ち込んでいるというのに、ディミトリは親に言われた手伝いが終わったら日がな一日、屋根に上がって遠くの湖の向こうから来る冷たい風に吹かれたり、ただ流れる雲を眺めながらその行方を気にしたり、湖に行って釣り糸を垂らしたり、トールギスがとってきたウサギを分けてもらってバーベキューしたり、日本で窮屈な暮らしを続けてきた反動か、今は何も起きない、ドラマも起きない、こんな異世界の辺境の村でまったりとしたスローライフを楽しみたいと考えている。
必死こいてスキルを憶えるなんてことしなくてもギフトスキルがあるし。生きるのには一つも困らない。
将来的な希望としては、星弥はひとつだけ望みを言った。
『うーん、禿げたくはないかな』
なに不自由なく、充実した暮らしを実現した男の夢なんて、その程度でいいのかもしれない。