[19歳] 高速戦闘
ディムが前を見た瞬間、この戦闘経験豊富な二人は自らの死を幻視するほど絶望的な殺気を受けたが、すぐに頭を切り替えて戦闘を開始した。このまま黙って立っていても殺されるだけだ。当初の予定通りケーロ・スタックはダグラスに、もう一人の、片手剣を肩担いで、これみよがしに態度の悪さを見せつけるエド・セラックはエルネッタにと双方が同時に襲い掛かった。
臨機応変に対応し、なんとしてでも逆転されてしまった戦況をもう一度ひっくり返そうと試みる。
両手剣を構えるダグラスに片手剣で斬り込もうとするケーロ・スタック。
スピードでは片手剣にかなわない両手剣は、まず片手剣の攻撃を受けて崩した後で反撃を狙うのがセオリーだ。
どちらか片方しか救えないという究極の選択を突きつけた格好になったが、ディムはどちらも助けるために動くことはなかった。
―― バチィィ!
「ぐあっ!」
ダグラスに襲い掛かろうとしたケーロ・スタックは剣を振りかぶっただけで、振り下ろすに至らなかった。スキもなかった、どちらかというと、ダグラスたち傭兵のスキを突いたはずだった。
しかし顔に何か冷たいものを投げつけられた。
顔にぶつけられ、ウネウネと動く……。
蛇だ。
まさか見えない角度から顔面に蛇を投げつけられるとは思ってなかった。振り払うため一瞬だけ怯み、目の前の強敵から視線を外してしまった。ただそれだけで十分だった。
こんな緊張した場面だからこそ、そんな子ども騙しの使い古された手に引っかかる。
ディムは二人の男の間に割り込むよう滑り込むと、いつの間に腰に差した短剣を抜いたのか、いつの間に盗賊の棟梁を倒していたのか。エルネッタが視認できたときすでに左の手に握られているミセリコルデから、鮮やかな血液が糸を引いていた。
初めて見るディムの戦闘。エルネッタは瞬きも許されないスピードで短剣が応酬されると思い、しかとその目に焼き付けるために目を凝らした。だがディムの戦闘は想像を超えて常軌を逸していた。
ディムは真夏の暑い日、地面に立ち昇る陽炎か逃げ水のようにユラリと、不安定に立っているように見えて、敵の剣の間合いに入ると、まるで映像がブレたように輪郭のみをぼやかせる。次の瞬間にはエルネッタに襲い掛かろうとしていた男、エド・セラックの喉からはもう血液が糸を引いていて首から短剣を抜いたように見えただけだった。
エルネッタは敵の動きに合わせて盾を構えただけという体たらく。
ディムのその流れるような動きに見とれていたのだ。
もう一人の男は目の前に居たディムの姿を視認するまでもなく、蛇をぶつけられ、振り払うまでの一瞬にもう首から大量の血液が流れ出していた。
ディムは蛇を使った。一瞬、たった一瞬だけ隙を作るための蛇だった。
戦場で敵の振るう剣の切っ先すら見切ってみせるエルネッタの動体視力をもってしてもディムの動きは舞としか捉えられなかった。
だけどエルネッタには分かった。あの不自然な動き、あれは歩法だ。
単純にディムのスピードを超えないとあの正確無比な短剣の攻撃から逃れることはできないということだ。今の戦闘を見ていてディムの強さの一端を垣間見た。瞬間的にはエルネッタが振るう槍の切っ先よりもディムの動きが速いのだ。そんなものを斬ったり突き刺したりなんてできる訳がない。
ディムはレベルがいくつだとか、体力の数値が何万あるとか言うけれど、急所の一撃から逃れられないのに、体力もレベルもあったものではない。
ディムにはレベルなんて関係がないんだ。
「ねえアルさん、どっちの男?」
もちろんディムの動きすら目で追う事かなわず、目の前で何が起こって二人が倒れたのかも分からないアルスのかわりに、エルネッタが応えた。
「いいよディム、どっちも死んでる。ありがとうな、助かったよ。だけど蛇は使うなって言ったろ」
「知らない間にポケットに入ってたんだよ」
「それは嘘だ。わたしに嘘は通用しないって何度……はあ、もういい。疲れた」
エルネッタは、一気に緊張を解いて、その場にぺたんと座り込んでしまった。
初めて見せるエルネッタの女の子座りにもアルスなどは突っ込む気力すらなく、先にもう倒れて満天の星空を仰いでいる。
極度の緊張感に曝され続け、不利な戦闘を強いられた戦場から、ようやく解放された安堵が広がった。
「はあ……依頼完了ってことでいいのかなあ?」
戦闘が終わり、勝鬨を上げる余力もなく、剣は地面に突き刺して、その場で座り込む傭兵たち。
ディムは珍しく夜の戦闘で疲れを感たので、ステータスを確認してみた。
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□ディミトリ・ベッケンバウアー 19歳 男性
ヒト族 レベル074
体力: 0405700/1178640(18倍)65480
経戦:A→SS
魔力:B→S
腕力:A→SS
敏捷:SS→★
【アサシン】A /知覚B/宵闇S/知覚遮断E/短剣SS
【追跡者】B /足跡追尾B
【理学療法士】B /鍼灸C/整骨A/ツボA
【人見知り】E /聴覚C/障壁E
【ホームレス】D /拾い食いB
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レベル74まで上がってた。
知覚のレベルが上がりBになってるけどステータスの表示される項目が増えるわけじゃなさそうだ。知覚というからには何かディムに知覚できることが増えているはずだが、ディム本人には自覚できない。いや、【知覚遮断】というスキルが増えているから、これはもしかすると知覚の逆スキルと考えればいいのかもしれない。だとすると気配を消すなど、少し別の方向にスキルが成長したのかもしれない。
足跡消しスキルを見破る技能が上がったのかもしれないし、ラールに戻ってからいろいろ試すことが増えた。
もうひとつ、【羊飼い】のアビリティが【追跡者】にクラスアップしてて『羊追い』スキルは『足跡追尾』に変化してる。単純にパワーアップしただけかなとは思うけれど、相変わらず雨には弱そうだ……。捜索者としては雨が降っても足跡が消えずに追跡できるスキルがあれば重宝するのだが。
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ディムは鉱山入り口に来るまでの間、遭遇する盗賊団の男を一人残らず倒してきたので、二人の高レベル将校を倒した時点で既に盗賊団は全滅。
盗賊団の構成員は、だたのひとりも息のある者はいなかった。文字通り皆殺しの戦場、べつに生かしておく必要もなかったが、手加減をする余裕なんてなかったのだろう。
エルネッタは別の心配をしている。
明日フェライから続々訪れるであろう衛兵たちにどう説明したらいいのか、また何日も拘留されて事情聴取かと頭を抱えたが、盗賊団の男はみんな首に認識票を下げていたので全員の身元が判明している。
外国からの侵入者だし、こいつらの祖国はもうなくなってるから問い合わせることも出来ないだろう。つまりこの男たちはもう、どこの国の者でもない。国家という権力の庇護下に入っていない。
国を失ったのだ。自国がないのに他国もあったものじゃない。国境など意味を持たない。その点ばかりは同情してやってもいいが、盗賊行為を働いたのだ。こんなゴーストのような奴ら、死んだところでどこから咎められることもない。この土地に流れてくる前から、こいつら死んだも同然だったのだ。
ただ、ディムの攻撃は頸動脈をひと突きにするので、綺麗な見やすい認識票など一つもなく、全ては血泥にまみれて触りたくもなかったが、それも衛兵たちの仕事だから放置してればいい。
戦闘が終わったと聞き、真っ暗な坑道に身を潜めていた村人たちが解放された。
戦える村の男たちは勇敢に戦ったことで20人ほどが帰らぬ人となったが、縛られて捕虜となり、転がされていた者は、ケガに程度の差こそあれ命は助かった。
疲労困憊してへたり込んでしまった傭兵たちのため、村人の計らいで中央の広場に木組みをし、キャンプファイヤーの準備をしてくれてるところだ。
傭兵たちは木組みの準備を眺めながら腰を下ろして戦いに疲れ傷ついた身体を休めている。
せっかく安堵したのだから静かに休んでいたらいいものを、死んだと思っていたディムに会えて感極まったのだろう、ダグラスが人目も気にせずディムにしがみつき、ボロボロと涙を流し始めた。
「うわあ、ディム! ごめんよ、俺は、俺はあの日、お前を置いて逃げた。逃げたんだあああ」
「あのヒトさっき涙は枯れたとか言ってなかったっけ? 涙溢れてボロ泣きしてんじゃん」
「ああ、俺も聞いたな。……しかしあのダグラス・フューリーが大泣きするとかマジか。早く帰って酒の席で笑い話にしてやりてえ……」
セイカ村が獣人たちの侵攻を受けた夜のことは、ダグラスのトラウマになっていた。
ダグラスは今でもあの獣人侵攻の夜の事を忘れられず、悪夢にうなされて飛び起きることがあるらしい。体力を消耗し、衛兵に引きずられるように連れていかれたとはいえ、ディムが死んで、自分は逃げたのだと思って、自分を責め続けたのだ。
友を見捨てて自分だけ逃げるなど騎士を名乗る資格はないと、もう騎士になる夢は捨てて、避難して行きついた果てのフェライで傭兵として戦いの中に身を置きながら暮らしているのだそうだ。
ちなみにダグラスのお母ちゃんと婆ちゃんはフェライの街で親戚と暮らしているそうだ。
それをきいてひとつ安心した。
だがしかし!
「しがみつくなってばこのマッチョ! 男の身体はきらいだ。ぼくはエルネッタさんの身体をメンテナンスしなくちゃいけないんだってば。しっかりやっとかないと明日は筋肉痛がひどいんだから」
「わはははディムおまえ幼馴染との再会なんだから喜んでやれよ。わたしはあとでいい」
「十分に喜んでるってば! ぼくはここに来るとき、きっとエルネッタさんがこうして抱き付いてくれると思ってたのにさ、なんだよこのダグラスのアホ……アルさん代わってよ、タッチタッチ」
「今の俺はそのパワーでハグされただけで間違いなく死ぬ。傷から血液が全て絞り出されて死ぬ。遠慮しとく!」




