[19歳] 鮮烈な緋紅の糸を引いて
ヒーローは遅れて現れる。それがメキシコ式。
目の前に立ち不敵な微笑みを浮かべる棟梁格と思しき二人の盗賊を前にして、エルネッタは満身創痍で上半分が割れて壊れた大盾をしっかり地面に馴染ませる。
はあっ。
一呼吸吐き出し、疲労困憊した身体に喝を入れ直すと、次に自らの足も杭のように地面を蹴って打ち込み、びた1ミリたりとも下がらない意思を盾に込め、敵を迎え撃つ姿勢で構えた。
ダグラスはもう握力もほとんどなくなってしまった左の片手剣を捨てると、両手持ちの長剣をしっかりと握りしめた。体力の消耗を悟らせない戦術など通用する相手でもなし、最初から全身全霊をかけた一振りで勝負しないと目の前の男は倒せないと判断したのだ。
盗賊団をまとめ上げる棟梁たち二人が剣を抜き、ニヤリと口元を緩めたときだった。
このじっとりと汗ばみ、篝火も揺れない無風の戦場に風を感じた。
エルネッタたちを包囲する総勢35もの盗賊たちの中を、なにか異質なものが突風のように吹き抜けた。視界の右から左、左から右、弧を描きながら舞うダンサーが空中にリボンを引いたかのような軌跡をたどって、鮮血の糸を撒き散らす。
いま正に背後で起きている悲惨な出来事にまるで気付きもしない。音もなく流れる煙のような存在が、たったいま篝火の向こう側で異変を起こしている。
これまで傭兵たちを苦しめていた複数の盗賊、鉱山入り口を遠巻きに包囲戦を仕掛けていた者たち、三人セットのスリーマンセルが三本の緋紅い糸を引いて、言葉もなく地に伏してゆく。
連携技を見せることなど出来なかった。盗賊たちはいま誰に、どのような手段をもちいられたのか、自分が殺された事にすら気付いた者はいないだろう。
戦術は巧みだった。取り囲む盗賊たちに、隣に立つ仲間が倒されることが見えないよう、分からないよう計算し尽くされていた。
獲物を逃さぬよう大勢で囲んで居ながらにして、集団が背を向けた死角からから行われるサイレントキリング。包囲の外側から無音の襲撃を受けて、ただ一人として気付くことなく、ひとり、またひとり、血飛沫に沈む。
次々と、瞬く間に5人、10人、20人、カッターに切り裂かれ、落ちて行くカーテンをスローモーションで見ているように、端から順番に、ある者は何が起こったか分からない様子で、あるものは大量に流れ出る血液の熱さに驚き、首を押さえて、それでもうめき声ひとつ上げることなくバタバタと地面に伏す音のみが響くと、抜剣した棟梁格二人の隙間を、一陣の風がすり抜けるように男が割り込んできた。
エルネッタたち傭兵が待ち望んでいた男は、遅れて現れたヒーローそのものだった。
抜いた剣を天に掲げ、高らかに口上を述べて "ただいま参上!" を宣言してもよいタイミングだった。
だが戦場に遅刻してきた優男は多少の苛立ちを含んだ表情で現れては、大盾を構えるこの強情な女の前に出ると途端に表情を緩め、まるで彼女との待ち合わせに遅れたのを咎められる男のように、この鉄火場に降り立った。
「お待たせ。遅くなってごめん」
「「「ディム!!」」」
「ってか 心配するじゃん。ぼくがプレゼントした髪留めがあっちに落ちてたしさ。わざとでしょ、そんなことしなくったって見つけるよ」
「ディムか! おまえ本当にディムなのか! いや、ディムだ間違いない!」
「はあ? 誰だよこの男。ぼくの見てないところでエルネッタさんと馴れ馴れしくするんじゃ……」
----------
□ ダグラス・フューリー 19歳 男性
ヒト族 レベル048
体力:09870/50550
経戦:A
魔力:E
腕力:A
敏捷:C
【騎士】A/片手剣A/両手剣A/盾術B
----------
「ダグ!? ダグラスじゃん! うわああ、ダグラス久しぶり。どうしたの? 元気だった? 何食ったらそんなにデカくなるの? なんでこんなとこにいるのさ? なんでエルネッタさんといっしょにいるの? もしかして知り合いだったの? ひどいよ、なんでぼくに」
「いや、違う。後で説明するから、敵がほら……」
「んなの後回しでいいよ。ぜったい逃がさないし。エルネッタさん傷は? うわああ、どうしたの、すっごいケガしてるじゃん。エリクサー使った? 誰にやられたの?」
「いや、あの……、たったいまあっちの方でアッサリと声もなくハタハタと倒れていった奴らに……」
「ダグラスもやばいって、もう体力ないじゃん。怪我じゃすまないって。もう下がってて」
「イヤだ断る。もうこれ以上ディムの前で逃げられるか! 俺はまだまだやれる」
「わたしもだ」
----------
□ ディアッカ・ライラ・ソレイユ 29歳 女性
ヒト族 レベル048
体力:05633/59400
経戦:S
魔力:E
腕力:S
敏捷:C
【聖騎士】B /片手剣A/短槍A/盾術S/両手剣D
----------
「えええっ? なんでだよ? エルネッタさんレベル6つも上がってるよ? どんだけ戦ったのさ? ダメだよもう。体力だって10%しか残ってないし、立ってるだけでやっとじゃん」
「ディムの顔を見て元気が出てきたんだ。今なら勝てる」
「ダメ。数字は正直だからダメ」
いきなりの乱入者の接近に気付かず、すぐ脇を通り抜けて合流した男を不審がりながら盗賊団の棟梁格は、ディムを指してその軽そうな口を開いた。
「おいおいおい、貴様は……何者だ? どうやってそこに現れた? 何のアビリティだ? 村人というわけではなさそうだが?」
「まてエディー気をつけろ、間合いを取れ。まわりを見るんだ、仲間が倒れてる……そいつは不気味だ!」
「なあっ?」
いまからダグラスと戦闘になろうかとしていた男が辺りの様子の異様さに気が付いたらしい。
もう盗賊団は壊滅している。気が付いた時にはもう、いまここにいる二人を残して全員が倒されていた。
さっきまでの戦闘は明らかに盗賊の方が有利だった。いま鉱山に身をひそめる村人たちの中から若い女を無傷で奪って朝まで楽しもうだなんてスケベ心を起こさず単純に皆殺しにしていればこれほど苦戦することもなかったかもしれない。だが結果的に50人いた盗賊団は棟梁たち二人を残して全員が倒されている。
さっきまで余裕を持って戦っていた盗賊団はすでに壊滅状態。
まるで戦力の読めない不確定要素の塊のような男が乱入したせいで、50人の精鋭部隊だったはずの盗賊団は、戦況をひっくり返され、いまや圧倒的不利な状況に追い込まれている。
この優男一人でひっくり返したのだ。この圧倒的不利を。
エルネッタと戦う予定だったシャツのはだけた男がディムを見て警戒心を露わにした。
「よそ見をしているようでまったくスキがネエな、もしかして俺が怯えてるのか? この場から逃げ出してしまいてえ……」
「弱気になるな! 俺たちはどんな悲惨な戦場からも生きて帰った。今日も同じだ」
強者にしか分からない事がある。豊富な戦闘経験が頭の中でガンガン警鐘を鳴らしている。
ここは管理された戦場だった。戦況は盗賊団の方が掌握していて、村人や傭兵たちが居たところで、生殺与奪の権は握っていたはずだ。
しかし百戦錬磨の二人が本能的に動けなくなってしまった。
いや、百戦錬磨であったからこそ動けなくなったのだ。
----------
□ エド・セラック 49歳 男性
ヒト族 レベル055
体力:51966/52220
経戦:A
魔力:-
腕力:A
敏捷:A
【戦士】A/片手剣A/両手剣A/パーティ戦闘A
□ ケーロ・スタック 48歳 男性
ヒト族 レベル055
体力:55500/56060
経戦:A
魔力:-
腕力:A
敏捷:B
【戦士】S/片手剣A/両手剣A/戦術技師A/パーティ戦闘A
----------
「ねえエルネッタさん、こいつらどうしたらいい? レベル55もあるけど逮捕する? 二人とも【戦士】だから『開錠』とか『縄抜け』とか持ってないし。それとも面倒だから倒しておく?」
「55もあるのか? 強いはずだ……。私が弱くなったのかと思ったよ。いまのわたしは?」
「6つもあがって48だけど体力が消耗しててその辺の10歳児なみだから動いちゃダメ」
ディムがきて俄然元気が出てきたエルネッタだったが体力の数値を看破されてはカラ元気も通用しない。エルネッタは残った敵との戦いを望んだが、ディムにダメだしされてしまって残念そうだ。
エルネッタの気持ちを察してか、ダグラスの後ろを任されていたアルスが残った二人の盗賊に向けて言った。
「なあディム、逮捕なんか要らん。盗賊団で村を襲ったなんて重罪犯は捕まったら確実に縛り首だ。大人しく捕まるとは思えないし、そっちのゲス野郎はエルネッタを捕まえてお楽しみにしようって言ってたんだぞ?」
「はあ? なんだって? どっちのゲス野郎?」
アルスの忠告にディムは苛立ちを露わにした。
珍しく不機嫌オーラを隠すことなく背中越しに二人の棟梁格を睨みつける。




