[19歳] ダグラス・フューリーはもう逃げない
敵の波状攻撃を受けてはいなしながら、エルネッタは二刀のフューリーと雑談がてら、ディムから聞いた話をしてやることにした。
「セイカって村になら知り合いが居るんだが、知ってるか?」
「おおっ、俺はセイカじゃあけっこうブイブイ言わせてたんだぜっ……っとぉ、そっち二人行ったぞ!……で、誰を知ってんだ? きっと俺も知り合いだ。なんせセイカは狭い村だからな」
「ディムとチャルだ。知ってるか?」
「ディム!! まさかディムの知り合いがいたのか……。すまん、ディムは死んだ。俺を助けるために死んだんだ、くそっ、俺が弱かったせいだ。知り合いか、あんた北方系だな、じゃあおばさん方の親戚か何かか? だけどチャル姉トコとは関係なかったはずだが」
「忙しい時に考え込むな! どっちも生きてるから! どっちもラールにいる。オラァ! アルス! 後ろ狙われてんぞ、ちゃんと後ろにも目ぇ付けとけ!」
「どっちもってディムもか? ディミトリだぞ? 生きてたら今年19になる。セイカの村のディミトリ・ベッケンバウアーが生きてラールにいるんだな! 絶対だな! 冗談だったらタダじゃ済まさないぞ!」
「なに逆ギレしてんだ、面白い奴だな。間違いないよ、一緒に暮らしてるんだ」
エルネッタは三人が同時に斬り込んでくるという攻撃を同時に、かつ丁寧に捌きながら盾の反発力をうまく使い、ジャンプした盗賊の足もとをうまく掬った。倒れた仲間を庇いに来る敵を見越してそこに槍の必殺の突きを見舞う。
この盗賊団が獣人を相手にしていることは分かった。ならば獣人と同じことをしていては追い込まれるばかりだ。エルネッタとダグラスは、敵の次の動きを誘導する戦術を取り入れた。
そうして3人、5人と敵を倒しているうちに、話しながら戦うという余裕まで生まれる。
「マジかよ、ディムが女と同棲? まったくイメージできない。どうやったらあの状況から助かるんだ? 間違いなく死んだはず……いや、ディムは強かった! 俺は見たんだ、あいつが死ぬわけないよな」
「ああもちろん。わたしのヒモだからな」
「ヒモ? ディムがヒモ? わはは、ディムの話をもっと聞かせてくれ。くっそ、あの野郎、生きてやがったのか……ううっ……涙が出そうだ」
「あははは、6年前になるか、ディムが13の時にな、川で拾ったんだ。だからあれはわたしのものだ」
「そうか。やっぱり川に流されたんだな。で、ディムはいま何をしてるんだ? 仕事は? ディムの事を聞かせてくれ。なんでも」
「捜索者のゴールドメダルだよ。凄腕なんだ。普段は働きもせず育毛剤を作ったりしてゴロゴロしてばっかだけど、こんな時はものすごく頼りになるんだ」
「捜索者?! なるほど、ディムには向いてる。じゃあディムが助けに来るってことか? ここに?」
「わたしが帰らないんだ。絶対にくるさ」
「くーっ、やる気が出てきた。ディムが来るってのにカッコ悪いとこ見せられないな」
「あんたら世間話をしながらこの猛攻をよく捌けるな!! 俺はもう限界だから休ませてくれ!」
夜も更け、夜半になろうという頃、エルネッタとダグラスは満身創痍で剣筋も定まらないほど疲労が蓄積していて、エルネッタの盾も破壊される寸前。後ろの傭兵たちは傷ついていて、剣を持ってエルネッタたちの背後を守るアルスですら剣を杖にしていないと立っていることすら難しくなってしまった。
「どうした? ラールの。ヒザが震えてんじゃないか? 盾が重いなら持ってやろうか?」
「やかましい、盾を捨てた騎士には分からんだろうが盾の重さは後ろに護る命の重さだ! ……と、教官が言ってた」
「聞いた話かよ!……しっかし、しんどいなオイ、ディムに恥ずかしいとこ見せられないと思ったらムチャクチャしんどい。ちょうど俺があんたを守ってるところにディムが来てくれるってのが理想なんだがな」
「逆だ、わたしがお前たちを守ってやらないと、格好がつかない」
「なあなあ、変な意地張り合ってるトコ悪いけど俺ちょっと座ってていい? 血が流れ過ぎてて立ってられない」
「俺の仲間が止血薬持ってるはずだ!」
「あー、アルスなら大丈夫だ。サボりたくて言ってるだけだから放っとけ」
「鬼か! お前マジで鬼だよな! 首に下げたエリクサーを俺のために使ってくれる気はないのか」
「700万ゼノ出せば売ってやるよ」
「値段が倍になってんじゃねえか! ここは観光地か!」
丁度その頃、村長の屋敷から二人の高レベル将校が、満腹の腹を抱えて部下に外の様子を聞いた。
「おい、早く女を連れてこい。何をモタモタしてるんだ。男どもは殺せ、そうすれば女は大人しくなる」
「それが傭兵の応援がきてから戦況は膠着しております」
村長の屋敷を奪った盗賊団の棟梁格二人。村の若い女を連れてこいと指示を出したにもかかわらず、まだ一人も連れてこないのに痺れを切らしたようだ。
面倒くさそうに装備を付けて、村の山側、鉱山の入り口にまでやってきた。もう一刻(二時間)近くたつというのに仕留めきれない部下たちの不甲斐なさに相当イライラしてはいるが、なぜ苦戦しているのかはようやく理解できた。
村人たちは全員、鉱山の中に隠れていて、たった一つの入り口を六人の傭兵が守っているに過ぎない。
この場で倒れているのは頭にバンダナを巻いた者たちばかり、5、6、10、15人。盗賊団の構成員が15人も倒されていて、傭兵装備を着けた者の死体が転がってない。つまり、最前列を守るボロボロに傷ついた三人が、訓練されて実戦経験も豊富な精鋭のうち15人を倒してしまったという事だ。
「おいおいお前ら、女に手こずってんのか? べつに無傷で捕らえなくとも、ギリギリ生かしておけばあとで楽しむことはできるんだぜ?」
「まてよ、もしかして俺が男の方を相手すんのか? めんどくせえ。俺も女とやりてえ……」
盗賊団の棟梁格は、部下たちが苦戦した理由を、目の前で拠点防衛の構えを崩さないこの奇麗どころの女傭兵を無傷のまま捕らえて、あとでお楽しみに利用しようと思っていたせいだと思った。
確かにそれもあったのかもしれない。だがしかし、屈強な精鋭部隊の兵士15人を倒してなお構えた盾の向こう側から何物にも負けない強情ともとれる意思を含んだ眼差しを向ける女は己の実力の上にこうして立っている。
つまり、いまだ倒れずに拠点防衛を続けるこの傭兵たちは、はオークの狂戦士より手強いという事だ。
軍人の傭兵に対する評価は低い。傭兵など軍じゃ通用しなくなったものが行きつく果ての吹き溜まり。
隊商の荷車の列について練り歩くだけの簡単なお仕事ぐらいにしか思われちゃいない。
傭兵をゴミと決めつけ、高をくくっていたことがアダとなった。
だが、ちょっと使える程度の傭兵ごときが本物の戦場を生き残った戦士に勝てるわけがない。
最初から殺す気でかかれば抵抗もここまでだ。
疲労困憊したエルネッタとダグラスにとって、この二人は最悪の相手だった。
これまで何年も戦場でオークたちと刃を合わせてきた精鋭部隊の隊長格が、体力フルの状態で目の前に立っているのだから。




