[19歳] おかしなほど強すぎる盗賊団
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一方こちら、カタローニ村で盗賊団に襲われた隊商護衛の一団。
傭兵のリーダーはエルネッタ・ペンドルトン。盾を構えて一歩も引かない炎のような気位の高さを見せる。
飛び交う怒号と悲鳴。剣戟の打ち鳴らされる音。
構成員実に50もの大規模盗賊団だ、約半数の戦闘員を前に出して、傭兵団と隊商、村人たちを包囲する形で動きを封じ、残りの半分が村の家々から金目の物を持ち出して、村の中央の広場に集めている。
訓練された者の手際だ。こうして奪えるものはすべて奪うつもりだろう。
カタローニから半日という距離にあるフェライの街へもハトを飛ばしているので、応援が来るのは間違いない。ただ応援が来るまでこの盗賊どもの猛攻に耐えられるかどうかが問題だ。
エルネッタたち傭兵の役目はそもそも隊商の護衛だったが、大規模な盗賊団に襲われ、現場の判断で商人たちが荷車を放棄すると決めた時点で護衛の任務は人命優先に切り替わっている。隊商を率いる商人や荷車を引く人足などの命を守ることが最優先となるのだ。
しかし襲われたのは隊商じゃなくて村だ。
エルネッタたち傭兵はギルド規約に則り、助けられる人命は助け、守れる人名は守るという措置をとった。腕っぷしの強い村の男たちは盗賊たちに立ち向かい、勇敢に戦っていたが、もう勇ましい声は聞こえない。すでに制圧されたと考えていいだろう。いまエルネッタの背後で守られているのは戦えない女や子ども、歩くことも困難な老人たちだ。
盗賊団は高度に組織化されていて、練度も高い。相当なレベルの個人技を持ちながら三人一組のスリーマンセルで連携攻撃を繰り広げてくるので始末に負えない。しかも連携は付け焼刃の未熟さは一切見られず、その戦技は熟練された技術と経験に裏打ちされているようにも見えた。
盾と槍を装備したレベル42の聖騎士、エルネッタですら苦戦を強いられているのだから、ランクの低い傭兵たちは当然ながら圧倒される。
そしてケガをして満足に働けなくなった傭兵は十把一絡げに村人の山に放り込まれ、守られる対象となる。
エルネッタは号令をかけて隊列を動かし、少しでも有利に防衛できるようじわじわと移動しながら敵の戦闘力を値踏みしていた。盗賊団のくせに戦い慣れしすぎている。
万年平和主義のハーメルン王立騎士団のように、刃引きの剣で叩き合いを演じて訓練でタダ飯食ってるような平和な脳みそも持ち合わせちゃあいない。
「こいつら軍隊だ! 隊列を維持して森の方に下がれ。ケガ人と非戦闘員を優先させて逃がすんだ。アルス! 大丈夫か」
「かすり傷だよ。だがしかしこいつら強ええ。全員がエルネッタ並だ」
「後で試してみるか? わたしのほうが、よりお前を美しく殺してやろう」
早々に盗賊団の正体を見破って指示を出したエルネッタを傭兵たちの司令塔だと見た敵は、まず盾もちの女から崩すよう指示を出した。
エルネッタに盾を使わせるため大袈裟に溜めて渾身の攻撃をする盗賊、同時に槍を封じるよう右側に回り込む盗賊、そして盾の裏側に回り込み、無防備な横っ面を襲って致命の一撃を狙う。
同時に盾と槍を封じて、左後方から本命の一撃を見舞う。腕が二本しかない人間を相手にするのに三人でコンビネーションを組んで攻撃するのは基本中の基本だ。
―― ボクッ! ―― グボエォォ……。
隙だらけだと思ってエルネッタの左側を狙った盗賊の胃に、刺突気味の蹴りが突き刺さった。
傭兵稼業の長いエルネッタを相手にするのに、そんな教科書通りの騎士殺しなんか通用しない。
「こんの野郎! わたしは足癖も悪ぃんだよ! オラアア!」
胃の内容物を吐き出しながらもローリングでエルネッタの間合いから逃れる盗賊の男。
大型の盾を持つエルネッタは攻撃手段のない左側が大きな弱点となる。防御を抜けられたら無防備に攻撃を受けるしかないのだ。だから盾持ちの騎士たちは、盾を並べて横に隊列を組み、チームでお互いの弱点をなくす戦い方を主とする。聖騎士がいくら突出した防御技術を持っていたとしても、単独ならば幾らでもやりようがあるのだ。
しばらく動き回り、追撃をかわした後また戦線に復帰してくるという繰り返しだった。集団戦闘に慣れた盗賊たちが、執拗にエルネッタを狙う。疲れさせて動きを鈍らせれば盾持ちひとりぐらいならどうにでもなるという、肉食獣が獲物を狙うのと同じ常套手段だ。
「ちっくしょう、なんでわたしがこんなにモテモテなんだよ! アルス、半分やるからもってけ!」
「俺もさっきから強面のオッサンにモテモテで困ってるんだけど!」
また別の3人グループが入れ替わりでエルネッタに連携攻撃を仕掛けてくる。今度は槍の柄を折りに来る作戦か。大きく振りかぶって右サイドから勢いよく斬り掛かってくる。同時に左からも。カウンターは狙えるが、その場合背後からの攻撃はまともに食らうことになる。
「……くっ!」
その時だった、エルネッタを襲った三人組のうち一人が予想だにしなかった横からの攻撃に打たれ、吹き飛んだ。
全速力で走り込んで盗賊の一人を吹き飛ばした男は、勢いのままエルネッタの前で転んだあと、受け身を取って何事もなかったかのようにスッと立ち上がった。190以上あるんじゃないかって大男の革製のチェストには傭兵のゴールドのメダルが輝いている。
傭兵だ! 思ったよりも早く援軍が到着したらしい、到着した勢いのまま斬り込んできたという判断力もさすがゴールドメダルと言えよう。転びさえしなければ拍手が貰えていた。
エルネッタはひとつ、その対応の速さと、このバカ正直に突っ込んできた男を称賛してみせた。
「くーっ、なんともせっかちな野郎が来たもんだが、助かった!」
エルネッタの言葉を受けて、男はそれに応えた。
「待たせたな。フェライのギルドからだ。次の援軍はまだ時間がかかる!」
「こっちはラールの護衛だ。隊商の護衛で立ち寄ったら巻き込まれた」
「あんたラールの大盾持ちか! キレイな姉ちゃんだと聞いてたが噂通りだ。あと15年若けりゃ口説いたんだがな」
「ロリコン野郎! だがこっちもまだへばっちゃいないよ。こんだけしんどいトコにたった三人で来るとはすごい自信だなフェライの。アテにしていいのか?」
「盗賊の100や200で音を上げるようなヤワな仕事しねえよ!」
「そりゃ楽しみだ。だがこいつらタダの盗賊じゃないぞ。高度に訓練された軍隊と見た。多対一の戦闘にムチャクチャ慣れてやがる。気をつけろよ、連携攻撃がうっとおしいからな」
「こいつぁ、骨が折れそうだ」
傭兵同士、軽口を叩き合うのはだいたいどこの街に所属していても同じらしい。
特急便で到着したのは、すぐ近くの、つい今朝まで滞在していたフェライ市の冒険者ギルドからの応援だった。特に190以上あるんじゃないかっていう大男の力は圧倒的で、両手持ちの長剣を片手で振り回し、空いたほうの手には片手剣を持つという変則二刀流を使うこの男が、フェライの冒険者ギルドでエースと言われる『二刀のフューリー』だ。
この男は左手に持った片手剣の扱いが非常に上手く、敵の攻撃を受けたりいなしたり、切ったり刺したりと、自由自在に使い、右手に握った両手剣の一撃は強力無比。剣の軌道にあるものすべてを叩き切るというパワーファイターだ。両手剣を振り降ろすたびに明るい栗毛色の髪から汗がほとばしる。
その技と力は初めて見るエルネッタも感心するほどだった。
二刀のフューリー、この男の剛剣であれば盗賊団など一気に蹴散らしておつりがくるほどの戦力だ。しかし、それでも倒せないのが、いま目の前にいるこの盗賊たちだった。
エルネッタは応援に来たフューリーも同じく苦戦するのを見て、自分の腕が鈍ったわけでも体調が悪いわけでもない事を再確認した。
いま相手にしてる盗賊団がおかしなほど強すぎるんだ。




