[19歳] 極悪ふた股ヒモ男 【挿絵】
「挿絵」入れました。ディム19歳、第四章のイメージ画です。
挿絵は pixiv に2048サイズで上げてます。ユーザー名「てっく」で検索よろしく。
第四章はじまりました。ディムは19歳になりました。全てを失ってエルネッタに拾われたディムが、少しずつ大切なものを取り戻してゆきます。
(挿絵:タイトル絵:ディム19歳)
狩人組合との抗争から三年の月日が流れた。組合とのいがみ合いや、小さな酒場などでイザコザは続いているけれど、どちらの陣営もお互いにもめ事を避けようという考えが根本にあるおかげで、刃傷沙汰になったりという大事に至ったことはない。
ではあれから三年の間に世界情勢を語っておこう。
エルネッタさんがAランク傭兵になったころの話だからちょうど二年前、北方から侵攻してきた獣人たちの正体が、やっとというべきか、ようやく判明した。
北方の原野で狩猟生活をしているオーク族など、俗にいう忠誠心を持たず、国にも、軍団にも所属しない少数民族を纏め上げる存在が明らかになった。
ディムが13歳のころセイカ村の北側から侵攻してきた獣人たちは、セイカ村周辺の村や町を占領したあと、王立騎士団にそれ以上の南進を阻止されると、一転して手のひらを返しハーメルン王国と何百年ものあいだ対立してきた北東の小国ヘスロンダ―ルへと侵攻の舵を切っていたのだ。
ハーメルン王国は、獣人たちが王立騎士団と刃を交えるのを嫌って北東のヘスロンダ―ルへ攻め込んでくれるなら願ったり叶ったりという、バカみたいな戦術にひっかかったおかげで、セイカ村周辺は長らく放置され続けている。
なぜセイカ村を取り戻そうとしなかったのかという理由はここで判明した。
せっかく自分らと仲が悪いヘスロンダ―ルを攻めてくれているのだから、放っておくのがいいという事だ。
ハーメルン王国の諜報機関がどれほど役立たずだったのか、今さら責任を問おうとしたところでどうしようもないのだけど、つい半年ほど前、ハーメルン王国の知らないうちに、あっさりとヘスロンダールが滅ぼされると、歴史上初めてヒト族以外の興した国、王国ヨーレイカ建国が宣言された。
ずっと仲違いを続けていた隣国が獣人に攻められて"ざまあ"なんて言ってたところ、あっさりと滅ぼされ、そこに更に何十倍も厄介な獣人たちの国が建国されたのだから。もうアホであることこの上ない。
ハーメルン王国の北東に出来た獣人の国と国境線を接することとなってしまった。今さら慌てようが泣きわめこうが、ヘスロンダ―ルが倒れてしまった以上はどうしようもない。隣国と力を合わせて獣人たちを押し返すべきだったと今更後悔している王国のお偉方面々もようやくお花畑の酒宴から目を覚まされたようだ。
ヨーレイカ国王は魔王だと言われたり、吸血鬼だと言われたりしてるけど……、国王の情報ですらまだ確定していない。だがディムたちの暮らす王国の隣に獣人たちの国ができたというニュースはセンセーショナルに駆け巡った。
そんな獣人の国、ヨーレイカに対し、まずは国境線を強固に守るため王立騎士団の増強を決めたのと同時に、外交特使を送ったらしい。
一方的に攻められて国土の一部を奪われておいて外交だなんて、ディムが聞いてもアホかと答えるほど愚かな行為だが、王立騎士団のお偉方はようやく国境線を元に戻すため砦を守る盾持ちの騎士たちだけでなく、攻めるほうの陸戦隊を増員することが決定し、セイカ村のあった "ランド領" で、小競り合いを続けるという緩やかな交戦状態に入った。
まるでラールの街の繁華街あたりで小競り合いを続ける冒険者ギルドと狩人組合のようなものだ。
セイカ村出身のディムにしてみれば、小競り合いとかちゃんちゃらおかしくて、やっぱ王国はセイカを取り戻す気がないんだな……と思ってたんだけど、つい先ごろ【勇者】アビリティを持つ者が精鋭を選び、パーティを組んで国土奪還に出征したことが、大々的に壁新聞を賑わす大ニュースとなった。
ようやく勇者が動いてセイカを取り戻しに向かったということだ。
勇者とか魔王とか、やっぱりこの世界にもそんなやつらがいて、それぞれの物語が紡がれていくんだなあと思った程度で、チャル姉は大喜びしてたけど、ディムはやっぱりあまり興味がなかった。
セイカの村を取り戻したところで、ディムの帰りを待ってる人なんていないのだから。
ラールの街でエルネッタさんと二人、のんびりまったり暮らすことにしか心血を注ぎたくない。戦争なんてこれっぽっちも関係のない話だ。
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森でパトリシアと出会って狩人組合との抗争に発展したあの日から三年の年月が流れ、ディムも19歳になった。
この世界は結婚適齢期がとても早い。男は15から20歳代前半ぐらいまでの間に結婚できないと欠陥や男色を疑われるが、ディムの場合はそんなことを疑われることはない。エルネッタさんと同居しているのだから。
女性の結婚適齢期はもっと早く、農家の娘など13や14で嫁に出されることは珍しくないし、20歳になっても嫁に行ってないとなると、よほど嫁の貰い手のないような欠陥を疑われるか、もしくはどこかの悪い男に騙されているという変な噂が横行する。
実年齢こそ29だけど、便宜上36歳という他人の戸籍を使ってる関係上エルネッタさんなどは典型的な後者で、どこかの悪い男というのは、もちろんディムの事だ。
「ディムさん、試作品ができましたっ。今回はビタミンによる血行促進と、ミントから抽出したハッカ油を加え清涼感を少し強調してみましたけど、いかがでしょう?」
「おおおっ、もう改良したのか。さっそく。さっそく使ってみる!」
パトリシアだ。13歳だったパトリシアが16歳になったのだから、さぞかし女っぽく成長しただろうと思うかもしれないが、身長もちっこいまま、体型も相変わらずぺったんこ。三年経ってもあんまり変わってないけど、顔はあどけなさを残しながらも、美しさの片鱗をのぞかせる。
しかし、しかしだ。
実はあれからパトリシアは、殺鼠剤調合士としてラールの街いちばんの毒物の専門家となっていて、いまではパトリシアが儲かれば儲かるほど伝染病を媒介するネズミが居なくなり、市民たちは健康で安全な暮らしを享受している。パトリシアの調合する殺鼠剤は評判が評判を呼び、いまじゃあ作った尻から売れて行き、エルネッタさんたちが護衛する隊商の荷車でよその町に運ばれてゆくほどの人気商品になった。
家が貧しく、弟や妹たちの食い扶持を稼いでいたパトリシアも殺鼠剤で成功してから家族を食べさせる大黒柱となった。四人の弟妹たちはみんな学校に行かせてもらっていて、15で成人しても結婚相手が決まってなかったということで、16歳までの約一年間、商人の息子を中心に20件の求婚があり、そのすべて断ったという経歴を持つ。スーパーモテモテ少女なのだ。
中には有名な商家の孫(16歳)の嫁にと破格の条件だった縁談もあったそうだが、パトリシア本人はエルネッタのヒモとして悪名高いディムに夢中で他の男なんて塵ほどにも意識していない。
そんな、ある意味有名人になりつつあるパトリシアの【薬草士】アビリティと『調合』スキル目を付けたディムは、いまタッグを組んでミントを清涼剤に使う育毛剤の開発に精を出している。育毛剤が完成したらこの世界で薄毛に悩む者たちの救済になるだろうし、何十年か後にディムもお世話になるかもしれない。
なに、死んだ毛根を復活させるような『毛生え薬』などという怪しげな薬品ではなく、いま考えてるのは育毛剤だ。ストレスを感じる頭皮に振りかけるだけで得られる清涼感。この世界は、癒しというファクターを自然物に依存しすぎてる。人は街に暮らすと森から離れ自然から遠のく、その距離の分だけ強いストレスを受けている。
前世日本人だった頃、育毛剤に関してちょっとした消費者レベルの知識があったことは幸運だった。育毛は適度な保湿と血行促進による毛母細胞、毛乳頭の活性化。これがものをいう。
保湿はそこそこ難しい、保湿しすぎて蒸れちゃうと皮脂が出て逆効果になるし、乾燥させちゃうと酷いふけ症になったり痒みが出たりするから、自分の肌に合わせた対応が必要になる。
ディムの場合はどっちかというと乾燥肌だから保湿を重視したほうがいい。
「清涼感はこれでいいよ。これがどれだけ持続するかだね。保湿の方は乾燥する季節じゃないと分かりづらいけど、いまのところ悪くないね」
「はいっ、よろしくお願いします」
ディムのようなヒモにまた新しい女が引っかかったという、ひとつ輪をかけて悪い噂が立った。
パトリシアのお母さんには本当申し訳ないと思ってるけど、当のパトリシアの方は「言わせておけばいいです」なんて言いながら噂を否定することもないので、ディムは極悪ふたまたヒモ男という不名誉な二つ名で呼ばれることが、ほぼ公認となっている。
まったく、迷惑だ。誰がそんな根も葉もない噂を流してるんだろ。なんか微妙に悪意を感じるし。
パトリシアと一緒に部屋を出てギルドに向かおうかと思ったら、いつもの姉弟に見つかってしまった。
「あら極悪ふたまたヒモ男が、エルネッタの留守中に若い女を引っ張り込んでるわ。私も胸が目立つようになってきてからというものイヤらしい視線を感じるし、手込めにされるのも時間の問題だわ……」
「サラエ……お前か、お前の仕業だったんだな……」
「どうしたの? 早く私も手込めにしなさいよ意気地なし」
サラエには【栽培】アビリティが発現してから、まだ12歳だというのに農家の嫁にどうかという見合いの申し込みが来たらしい。俗にいうところの許嫁というもので、本人の意思など関係なく14か15になったとき自動的に婚姻の契約が発動するというものだ。受けるか受けないかまでは聞いてないけど、サラエの旦那になる男はストレスで禿げるはずだから、育毛剤のいい客になってくれることは間違いない。
「よう【スケコマシ】アビリティの兄ちゃん。またいい女みつけたな。俺にもコツを教えてくれよー。なあいいだろー」
相変わらず10歳のガキとは思えないようなマセガキのセイジは、まだスケコマシのヒモ生活にあこがれているらしい。だけどスケコマシなんてアビリティはない。
セイジはつい先日、【狩猟】アビリティが発現したところだ。
「セイジは【狩猟】アビリティあるんだから狩人組合に入れば伸びるぞ」
「イヤだよ。冒険者ギルドと抗争になったらあの恐怖の暴力女が攻めてくるじゃないか」
3年前の抗争時、エルネッタさんが狩人組合の組合長を一撃で倒したパンチは未だ語り草になっていて、狩猟系アビリティが発現した子どもたちの未来に暗い影を落としている。
せっかく【狩猟】アビリティが発現しても狩人組合の戸を叩くことなく、冒険者ギルドを選んで探索者になる若者が増えた。
つまりパトリシアももう薬草取りなんてできなくなってしまったのだ。今はギルドを通して殺鼠剤を販売している。一応、人も殺せる毒物なのだから購入者の身元も記録しておくほうがいいだろう。手数料も5%と格安だし……というのはギルド長の言葉だが。
そのパトリシアは、うちに来るたびにサラエの攻撃を受けている。
どうやら対立しているらしい。
「ああっ、ミントの香りがするわっ。まったくこんな女といっしょに個室でなにをしていたのかしら? イヤらしいわ、酸っぱい匂いを消すためとはいえ、こんな爽やかな香りで演出するなんて……」
「こんな女って言わないでよっ、なんですかまだ小さい子どものくせに……」
「あら? お胸のはなしでしたらあなたよりも目立つように成長しましてよ。そんなことよりも、ひとと話をするときにはこっちを向きなさいな」
「向いてるわよっ!」
「あらごめん遊ばせ。あまりの平坦さに背中だと思っちゃいました」
「うううっ、ディムさん、私そんなにダメですかあ……女の価値は胸じゃないって言ってくださいよー」
「しらないよ! こっちに振んなって、てか子どもに負けんな。サラエもほら、いい加減に……」
パトリシアは煽りに対するスルー耐性スキルがない。サラエのいいカモなんだろう。
サラエの攻撃に辟易していると、通りの向こうがわギルドのドアが乱暴にドバン!と開き、なかからギルド長が飛び出してきて、叫んだ。まるでもう怒鳴りまくった後のように声をからして。
「ディムくん!! いま呼びに行こうと思ってたんだ。エルネッタたちが事故った! ギルドは捜索者としてキミを指名する。装備を整えたらカウンターへ急いでくれ」
挿絵は作者が描いたものです。お目汚しすみません。




