[11歳] 転生特典ガチャ5回ぜんぶハズレでした。
20180206改訂
朝霞星弥のアビリティは謎の黒塗り。
警視庁に情報開示請求して出てきたレポートみたいな黒塗りっぷりだった。
ひとつ気になった点というのは、星弥の種族欄に書かれてあった「別人格」というもの。
基本人格の葉竹中さんは【羊飼い】アビリティに『羊追い』スキルがついてた。
じゃあ他の兄弟たちにもアビリティが出ているはずだと思い、鑑定してみることにした。
まずは……、
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□ ディミトリ・ベッケンバウアー 11歳 男性
/細山田武郎
別人格 レベル005
【マッサージ師】E /鍼灸/整骨
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細山田さんも自分と同じく別人格で、アビリティは【マッサージ師】だった。
星弥は素直に羨ましいと思った。
アビリティの【マッサージ師】これは日本ではあまたある職業の一つだった。これは素晴らしい、職業訓練なしに針灸と整骨のふたつのスキルを持っている。
そういえば細山田さんは生前、整形外科のリハビリテーションクリニックで理学療法士をやってたらしいと聞いたことがある。その他にも柔道整体師、合気道五段の資格を持ってるのだから、発現するアビリティは完全にランダムという訳でもなさそうだ。アビリティの下に表示されているのは技術で、細山田さんは『鍼灸』『整骨』という、日本人だったころに持っていた技術を継承する形でこの世界に転生している。星弥の黒塗りにされてしまっている訳の分からないアビリティとは違って非常にわかりやすいものだった。
それでは、つぎの鑑定……、
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□ ディミトリ・ベッケンバウアー 11歳 男性
/雨宮美登里子
別人格 レベル004
【人見知り】F /聴覚/障壁
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雨宮さんも別人格で、5人の中で唯一の女性人格だ。女性人格なのに鑑定では男性と表示されているので、知覚スキルによる鑑定技能、一行目だけはDNAベースで判別していて、二行目以降は魂の情報が優先されることが分かった。
雨宮さんの生前の職業はピアノ講師だと言ってた。
音大を出たけど、とても奏者になるほどの実力はなく、学校で音楽教師をやれるほどのコミュニケーション能力もなければ、何が何でも教員になるという意欲もなかったので、ピアノメーカーが運営する末端のピアノ教室で講師を務めていたというが、正直、本業としてピアノ講師だけで食べていく収入はなかったので、アルバイトもしていたという。
この世界にもピアノがあればいいのだけど、今のところ見たことがない。もっと大きな街の大教会にはパイプオルガンがあるらしいけど、音階や鍵盤の形状など同じなのかどうかは分からない。
てかパイプオルガンが地球にあったものと同じとするならば、足でも鍵盤を踏むという、エレクトーンのような複雑さだ。ピアノとパイプオルガンはもはや別楽器だと思うのだけど、雨宮さんはまた鍵盤に触れてみたいと言った。それはピアノ弾きの細やかな願いだった。
しかしアビリティが【人見知り】という、葉竹中さんの【羊飼い】に匹敵するほど、うーんと唸ってしまうような謎アビリティだった。確かに雨宮さんは皆と打ち解けるのに時間がかかったけど、人見知りなんてアビリティになるようなことじゃないだろう。アビリティは才能と訳されるって言うけど、人見知りの才能ってどんな才能なのだろうか。少し興味を惹かれた。
『障壁』スキルのことはあとで教会にいって調べるとして、ここにはもう一人、人生の酸いも甘いも噛み分けた最年長者、桜田がいる。
ディミトリ少年の四人は揃いも揃って微妙なアビリティしか発現しなかったので、最後の砦、桜田に期待せざるを得なかった。
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□ ディミトリ・ベッケンバウアー 11歳 男性
/桜田豊明
別人格 レベル004
【ホームレス】F /拾い食い
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……。
星弥は桜田さんの、この突っ込みどころ満載のステータスに対して、ひとつずつ順番に、かつ丁寧に突っ込んで行くことにした。
『桜田さんのアビリティが『ホームレス』なんだけどさ、桜田さんって、生前もしかしてホームレスだったんですか?』
『さ……さあ……覚えてないねん』
桜田さんはいかにも自信なさげに覚えてないと答えた。
考えるに、まさか72歳で死んだときホームレスだったという訳でもないだろう。四国八十八か所、お遍路さんも一人で踏破したと聞いたし、趣味は登山で日本中を旅してまわったという。
よくよく考えてみると桜田さんも皆と同じで、どういう経緯で死んだのか覚えてないのだ。テントを背負って旅をしているところまでは覚えていた。そういう野宿旅も含めて【ホームレス】と判断された! というのが皆の出した結論だった。もちろん誰に判断されたのか? というのは謎なのだが。
星弥は、そんな生き方をして、大往生で死んだのならホームレスというよりは自由人だろうと思った。自由人と言う生き方と、そして死に方というものに少し惹かれるものがある。
『拾い食い』というスキルの効果がどういったものかは分からないが。
『いいじゃないか朝霞さん、こんな右も左も分からない世界なんだから、食いっぱぐれてしまった時のことも考えておかないとさ。【ホームレス】だっけ? そのアビリティもきっと何かすっごい使い道があるさ』
細山田さんという人は楽観論者だから、雰囲気が暗くなった時に助け船をだしてくれる。星弥は確かに細山田の言う通りだとは思ったが、まさか異世界に転生してまでホームレスの才能を認められなくても……、と思ったのは内緒だ。
桜田さんのアビリティもスキルも、なんだかもう、ワイルド&適当という、桜田さんを具現化するかのようなアビリティだった。
『桜田さん、このアビリティってホームレス状態でも生き抜くことができるサバイバル系のアビリティだったらいいですねえ』
『わしは旅人系のアビリティやと思うけどな。北に見える万年雪の積もる山、行ってみたら分かるかもしれんで?』
『魔物がいるらしいのでぼくは逆に遠ざかりたいです』
『ちゃうねんて朝霞くん、オカンはワイルドボアもモンスターみたいなこと言うてたで? あんなんイノシシの姐さんやんか。あの程度やったらイケるイケる。つぎ森で見かけたら食ったるわ』
日本じゃイノシシに襲われて大怪我するひとも少なくなかったはずなんだけど、イノシシなど怖れるに足りんというのは、桜田さんの言葉だった。
だがしかし、この世界のワイルドボアは日本でいうイノシシとは大きさからして違っていて、ぱっと見で3倍はある。体重では5倍以上あるんじゃないかってほどの大物だ。
『いや、怖いッス。ワイルドボアまじ怖いですから』
実際に肌で恐怖を感じる葉竹中さんはワイルドボアを怖いというけど、所詮他人事の"その他四人"にはワイルドボアなんてもう慣れたとしか言いようがない。
メイリーンの素早さについて行けさえすれば、居眠りしてても逃げ切れる。そりゃあ現に専属パイロットの葉竹中以外はワイルドボアが出たくらいじゃ急きも慌てもしないのだ。
桜田さんの言う通りワイルドボアなんて大きな猪にしか見えないし、攻撃に当たったら大変だけど、あれほど直線的な動きしかしないのだから対処の仕方は見てるだけで覚えるものだ。
星弥は、もしメイもダグラスもいない時、ひとりの森歩きでワイルドボアに出会ったとしても、そう大して脅威じゃないと思っている。
これでもう、期待できるのは雨宮さんの【人見知り】だけとなった。
星弥は雨宮のもつスキルのうち『障壁』というスキルに興味を持った。まさかの魔法使いっぽいスキルだからだ。
人生で1度しか回せないガチャを五回も回してレアなアビリティを手に入れるというチートの恩恵を受けることができたかもしれない。葉竹中ディミトリは大きな期待をして家を飛び出し、教会の図書室で書物を調べてみたけれど、書いてる内容が難しくてよく分からなかった。
ディミトリはシスター・アンにスキルの話を聞いてみることにした。
「ねえシスター・アン、魔法の種類に障壁ってあるの?」
「そうねぇ……」
シスター・アンが言うには『障壁魔法』という魔法は確かに存在するらしい。
だけど【人見知り】というアビリティのことを話すと、それは性格的なことだし【人見知り】アビリティなんて聞いたことがないわね……ってクスクス笑われただけの結果に終わった。
ちょっと悔しかったのでシスター・アンのアビリティを覗き見すべく星弥は鑑定眼をシスター・アンに向けたが、パッと開くウィンドウには何も表示されていなかった。
鑑定眼でステータスを見ることができない人もいるのだということが分かったが、鑑定眼で見られない条件は分からなかった。
もう一つ残念なお知らせがある。
シスター・アンの話によると障壁魔法というもの、たとえスキルを持っていたとしても、あまり利用価値がなく、高給優遇で引く手あまたの魔法スキルという訳にはいかないのだとか。
【魔法使い】アビリティの中で重用される魔法スキルは、炎術など攻撃魔法系か、あとは回復魔法系。この二種類に尽きるのだ。
大金持ちになって大きな屋敷に住むという雨宮の夢が破れてしまった瞬間だった。
どうやら五人のアビリティはぜんぶハズレアビリティだったらしい。
露骨に面白くなさそうな表情を見せたことに気が付いたのか、シスター・アンはディミトリの頭を優しく撫でながら言った。
「ディミトリ、あなたは勇者になるのでしょう? 私は信じていますよ。だから胸を張って、前だけを見てればいいですからね」
シスターはディミトリのアビリティが【羊飼い】だと知ってから、やたらと優しくなった。
やっぱり気を遣わせてるのかな? と思うと、無理にでも胸を張っていなくちゃいけないと思った。
それにしても……だ、ちょっと期待してはみたけれど、やっぱりみんな平等にハズレを引いたことは面白かった。教会からの帰り道、みんななぜか楽しくて、頭の中で笑いあった。他人から見たディミトリ少年はたぶん、ひとりでニヤニヤしながら歩く、危ない奴に見えただろう。
みんなのアビリティがことごとく大したことなくて安堵したその日の夜、ディミトリが寝間に入って毛布をかぶったあと、星弥と桜田さんがホームレスアビリティのことであーでもないこーでもないと談義ながら、ふと自分のステータスを呼び出してみたら黒塗りの部分が消えているのに気が付いた。
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□ ディミトリ・ベッケンバウアー 11歳 男性
/朝霞星弥
別人格(予備) レベル005
【夜型生活】E /宵闇/知覚
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【夜型生活】
それは日本に居て、仕事もせず一人で引きこもってネトゲ生活してた頃の朝霞星弥そのものだった。
まったく、夜型生活というのはネトゲあってこそのものだ。
それがこんなネトゲどころかスマホすらないような世界で夜型生活と言われても……。
いやしかし、星弥はひとつ気が付いた。
『あれれーっ? ちょ、葉竹中さん起きてますか?』
『ん? どうしたんだい朝霞くん。何か?』
『ああっ、葉竹中さん、この部屋って暗いですか? 明るいですか?』
朝霞星弥は、部屋の中の色味が違うことに気付いた。視界に違和感がある。
全体的に深い青みがかかっているのだ。
『真っ暗だけど? どうしたんだい?』
『ぼくの目には薄暗くて色味が違うけど、くっきり見えます』
『おおっ、暗視ですか! それは素晴らしいじゃないか』
星弥の黒塗りだったアビリティが発動していた。【夜型生活】は、暗闇が見通せるらしい。
念のため翌朝にもう一度確認してみたけど、昼間は黒塗りに戻ってしまう。
どうやら【夜型生活】アビリティは夜にしか発動しないようだ。
当然と言えば当然の話だった。