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冒険者ギルドで人を探すお仕事をしています  作者: さかい
第三章 ~ 抗争! 狩人組合 ~
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[16歳] みっともなく、なりふり構わず、カッコよく

 今日あった捜索の一部始終を見ていたエルネッタは何も言わず、回されてきた酒も断って、ただ成り行きを見守る。どうせエルネッタにはどうしようもないことだ。家族を失ってしまった同僚にかける言葉もなければ、たとえ街を出て行こうと思っていたとして引き留めることが正しいのか、間違っているのか、それすらも分からない。


「くーっ、強い酒だな……何て酒だ? だけど気に入ったよ……俺も次からこれにしよう。ディムくんはいつもこんなに強いの飲んでるのかい?」


「ぼくは酔えない体質でさ、嫌なこととか、考えたくないこと、思い出したくないことで頭がいっぱいでも、酔えないんだ」


「酒に見放されちゃ大変だな。俺はあんまり強くないんだけど、でも今夜は酔えない。……なあここ、この場所さ、奇麗だろ? ちょっと今は暗くて見えづらいけど、昼間に見ると街が一望できて、なかなかの絶景なんだぜ?」


「うん、すごい景色だよ。もう少し早い時間帯だったら街にいっぱいランタン灯ってるからもっと綺麗なんだろうな。……ぼくの目には夜の闇もぜんぜん暗くないんだ。つまんない身体だよね、暗闇に抱かれて安らぎの中で眠ることも出来ないし、酒もぼくを慰めちゃくれないんだ。……いまはサンダースさんも同じなのかな? 辛そうだね」


「なに言ってんだディムくん、もう知ってんだろ? ほんと聞きしに勝る凄腕だな。こんなとこまで酒を持って来てくれたんだ。いくら俺みたいなにぶい愚か者でも、それぐらい気付く」


 自虐的なことを言い出したサンダース。慰めの言葉を言って欲しいのかそれとも同意して叱りつけてほしいのか。だけどディムはどちらもしなかった。


「こんな奇麗な景色をオッサンが独り占めで何してるのさ? どうせここ、奥さんとデートしたとか、そんな思い出の場所なんでしょ? ほんっと愚かだねえ」


「わははは、やっぱ分かるか。……俺、昔ここでゲイラ―に告白してさ、それからの俺はずっと幸せの絶頂だった。ずーっとな。なあ、ゲイラーはいい女だったろ? あいつは俺にはもったいない、イイ女なんだ」


 遠くを見つめるサンダースの横で、ディムは今日、見た事、聞いたこと、自分が体験したことを話してやることにした。酒の肴としてはあまりいい話ではないが、オッサンと二人、遠くを見ながら思い出に浸るよりはマシな話だ。


「今日さ、サンダースさんの足跡を追っていくと狩人の家に辿り着いたんだ。何度も何度も足を運んでるよね? なんで殺さなかったのさ? あんな奴、簡単に殺せるでしょ?」


「そうだ。殺そうと思ってあいつの家にも行ったよ。でもゲイラ―はあの男の事が好きなんだよ、俺じゃなくね……。俺の嫉妬でゲイラ―の幸せを奪う? よしてくれ、俺は護衛に出たまま帰らない、死んだと思ってくれれば丸く収まる。このままどこか知らないよその街にいって、また傭兵稼業を続けるさ」


 エルネッタさんとちょっとだけ顔を見合わせた。それは無意識で、別に表情を窺おうだなんて意図はなかった。エルネッタさんは小さく首を横に振ったあと、神妙な顔つきで何も言わずに俯いてる。


「実はさ、数日前にサンダースさんがあの狩人の家に行って、それから行方が分からないって奥さんに報告したんだ」


「えっ? そんなこと言う必要ないだろう? もうそっとしといて欲しいな」


「まあ聞いてよ。ここからが面白いんだ。ぼくの報告を聞いた奥さん、あの狩人の家に行って短剣を抜いて大暴れしてさ。取っ組み合いになって、今にも刺し殺すところだった。すっごい剣幕だったよ、サンダースさんの奥さんも激しい人なんだね。エルネッタさんが助けてくれなければ殺人事件になってたぐらいさ」


「はあっ? なんで? なんでだああ?」


「鈍いなあ、サンダースさんがあの狩人の家に行ったあと行方不明になったから、どうにかされてしまったと思ったんだよ。殺されたとでも思ってるんだろうね、取り乱して大変だったんだよ? 場を収めるのにあのくっそいかつい組合長を呼んだりしてさ。結局あの狩人はライセンス取り消されてラール追放ってことになったけど、つまんないよね、ぼくとしては物足りないんだ。サンダースさんが我慢できないなら相談に乗るよ?」


「んなことはどうだっていい! ケガは? ゲイラ―は無事なんだろうな!……こうしちゃいられない、ゲイラ―はいまどこに?」


 責め立てるように食ってかかるサンダースに、ディムは遠くを見たまま、まるで予め用意していたかのような言葉で応えた。


「家で泣いてるよ。ずっと泣いてる」



「……っ!?」


 言葉を失ったサンダースにゆっくりと視線を移すディム。怒っているのか泣いているのか、感情の窺い知れない無機質な目は、言い放った言葉とは裏腹に、どこか温かみを帯びているように見えた。


「奥さんは泣きながら帰りを待ってる。サンダースさんはバカだな。こんなにも愛されてるのに、思い出の場所にきて何日も何日も、過去にすがってるだなんてさ。……手を伸ばせば届く、それがどんなに幸せなことかを、まるで理解してない」


「くっそ……俺はどうかしていた。そばにいてやらないと!」


「ああ、行ってらっしゃい。家で美味しいもの作って、熱い風呂でも沸かして帰りを待ってると思うから、どうぞどうぞ。暗いしお酒入ってるんだから足もと気を付けてね、あとギルド長が心配してるから、明日ギルドに顔出すの忘れちゃだめだから。ぜったいだよー」


 サンダースさんはディムたちをこの場に残して、鍋も寝床も片付けずに、慌てて走って帰ってしまった。ディムの出来ることはここまで。あとはあの家族の絆の強さに任せるしかない。



 ディムはサンダースがつづら折りの坂道を駆け下りて行くのを、丘の上からただ眺めている。

 さっきあんな強い酒を飲んだところなのに、走ったりすると急にアルコールが回って大変なことにるんだけど、上から見ている限りでは足をもつれさせて転ぶこともなく街の方へ帰って行けたようだ。


 見えなくなったサンダースの姿をまだ目で追っている、ディムとエルネッタの間に流れる沈黙が涼やかな風に乗って頬を撫でている。心地よい風とは裏腹に、どこか強張ったような重い空気感だ。


 街を一望できる絶景スポット。この場所で好きな女の子に告白なんてしたんだと思うと、すこし頬が赤くなるほど恥ずかしい。やってることは日本人も異世界人もあんまり変わらないようだ。


 草の葉が波打つざわめきが心地よい。男は歳を取ると背中で語るようになるというが、ディムはまだその境地にまで達していないらしい。何も語らぬ小さな背中は、エルネッタを不安にさせるばかりだった。


 ディムはひとりで強い酒をラッパ飲みで煽っている。

 身体に備わった解毒の機能が強すぎて、肝臓がアルコールを分解するのが早く、すぐに酔いが冷めてしまうという『拾い食い』スキルの弊害のせいで、酔いたい時でもなかなか酔うことができないのだ。


「なあディム。おまえは間違ってなかった。だけどな、サンダースの奥さんには厳し過ぎるような気がしたよ。あそこまで言う必要があったのか? だいたい今日のディムはおかしい、いつも言葉が過ぎて失敗するのは私のほうで、それを諫めてくれるのがディムだったはずだろ?」


「ぼくは心が狭いんだよ。エルネッタさんも知っての通り性格も悪い。ズルいこともするし、心の中では汚いものや仄暗ほのくらいものが渦を巻いてる。あの奥さんは後悔の涙を流してた。ぼくは目の前に取り返しのつかないことをしてしまったと悔やんで泣いてる人が居ても、優しい言葉なんて掛けてやる必要はないと思った。そんな冷酷な人間なんだ」


「そんなことを言いながらお前は、サンダースだけじゃなく、嫌いだと言ったあの奥さんのことも放っておけなくて助けたんだろ?」


 ディムは少しの沈黙のあと、大きなため息をついてエルネッタを見た。


「嫌いなのは本当だよ。ただ、愛する人が突然いなくなって、いくら待っても帰ってこなくて、いくら探しても見つからなくて、何年もするうちに、少しずつ諦めてゆくのは……つらいんだ」


 少しずつ鮮明になってゆく自らの過去。前世の記憶。

 この世界で体験した、ほんの些細な事をトリガーとしてフラッシュバックする思い出。

 35歳で死ぬまでの悲しい記憶。サンダースの家族に触れたことで前世、日本で暮らしていた頃、ある日突然、何も理由を告げず、恋人が自分のもとを去って行ったことを鮮明に思い出した。

 当たり前のように過ごしてきた幸せな日々が突然暗転し、覚めることのない悪夢に変わった経験だ。


 エルネッタは立ち上がってズボンの尻から土を払いながら、ディムのすぐ横に寄り添った。



「ディム、おまえはその辛さを知ってるんだな。嫌なこととか、考えたくないこと、思い出したくないことがあるんだろ? なぜ私に相談してくれないんだ?」



 ディムは話を聞いているのに何も答えようとせず、強い酒を煽る。


 エルネッタはそんなディムを見ていられなくなって、酒のびんを取り上げた。



「お前はまたわたしに隠し事をする気なんだな」


「そうだね、隠し事をしようなんて思ってなくても、考えたくもない、思い出したくもないこともあるさ。だけどね、そんなことはもう、どうでもよくなった」


 サンダースさんは、こんな絶景の丘で一週間も苦悩し続けたというのに、奥さんは家で泣いてると、たったひとつ、魔法の言葉をかけてやっただけで我に返ったように駆け出して、愛しい女のもとへ駆けて行った。


 妻を寝取られ、幸せな日々を奪われた。くよくよと過去に埋没していた男が、なりふり構わず泣いてる妻のもとに走って帰ったんだ。


 そんなみっともない男の姿が、ディムにはとても輝いて見えた。


『エルネッタさんが他の人を愛したら、ぼくは何も言わずに去ってゆくから』という言葉は、ディムの中で引き際をわきまえた大人の男の考え方だと思っていた。そうすることがカッコいいと思ってた。エルネッタさんの生活にも禍根を残さず、前だけを見て幸せになれる。今夜のサンダースさんとは対極の考え方だ。


 だけどその考えも今は揺らいでる。


「そうか、なら聞かない。じゃあ……そろそろ帰ろう」


「うん、でも……ぼくには帰る家がないよ」


「そんな意地悪を言わないでくれ、わたしが間違ってた。わたしがガキだったんだ」


「何言ってんのさ、エルネッタさんは間違ってないよ。紛れもなくサンダースさんの奥さんの立場を理解して、女としてぼくに怒ってた。ぼくはサンダースさんの立場を知ってるから、男としてあの奥さんが許せなかった。それだけでしょ? エルネッタさんは自分が女だって事をもっと自覚すべきなんだ。いくら男勝りを気取っても、やっぱり心も考え方も、ぜんぶ女なんだよ」


「……そうだ。ディムの言う通りだ。わたしが悪かった、頼むから一緒に帰ろう」


 ディムとエルネッタの、帰る帰らないというくだらない痴話喧嘩。

 こんなバカバカしい押し問答をした事も、何年か後には美しい思い出にかわる。


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