[16歳] 絆を壊す重大な結末
エルネッタさん、組合長とは何か因縁があって犬猿の仲なんだろう、思いっきり躊躇なくぶん殴ってたのは記憶に新しい、この二人ほんと仲が悪そうだ。
そう、この男はガイラス・ドーリアン……、つい半月前、ディムたち冒険者ギルドとやり合った狩人組合の組合長だ。つい先ごろ森で仲間の狩人を殺した当事者の二人が、今また狩人に槍と短剣を突き付けている。
「ボウズ、まーたやってくれたな、そいつは一応うちの若い衆なんだが? どうする気だ?」
「はあ? うちの身内の奥さんを寝取っておいてよく言うよ? 森に吊るして鳥のエサにすりゃいいんじゃないの? 鳥も太るし問題起こすやつも居なくなるし、めでたしめでたしでしょ?」
「おいおい酷いな、そいつぁ自由恋愛ってことにしてくれねえか? ガキじゃあるまいし」
「自由恋愛? 本気で言ってるの? じゃあそうだな……ぼくの知ってる子に、カーサ・ドーリアンって子がいてさ。14歳で算術のスキルもってて、親に似ず真面目ないい子だ。将来は商家に嫁に出すのかな? 可愛い子だから将来は美人になるよ、きっとね。でも自由恋愛っていうならいくらでもやりようがあるんだよ?」
エルネッタはディムとドーリアン組合長の話を聞いて、まるで信じられなかった。
こともあろうに、ドーリアンの末娘を盾に取って脅しをかけている。それは卑劣な行為だ。盗賊どもとやってることは大差ない。
「ディム! いい加減にしろ、本気で怒るぞ」
「やかましい! 黙ってろバカ女。ボウズはいま『やるぞ』と言ったんじゃねえ。『やっちゃいけないこと』の話をしてる。ちっとは大人になれやメスガキ。……ディレルのやったことは確かに悪かった。せっかく手打ちになったってのに、すぐ傭兵の女に手ぇ出してたんじゃ何も言い訳できねえ。どんな理由があるにせよだ。……だが俺をここに呼んだってことは、ディレルを吊るすなんてことしないんだろ?」
「そっちの出方次第だよ。要求はヘイシー・ディレルの狩人ライセンスを取り消して、ラールの街から追放。もうぼくたちの前に姿を見せない事だ。受け入れられないならこの場にサンダースさんを呼んでくるからね、もうこいつが殺されるのを誰も止められないさ。吊るすまでもなくね」
「あーあ、どうすんだディレル。なんでまた傭兵の嫁になんざ手ぇ出すんだあ? せっかく手打ちになったのに、お前が要らんことしたせいでまーた始まっちまう。言っとくがまた始まるとしたら、最初に殺されるのはお前だぞ? だが仇はとると約束しよう。さあお前に選ばせてやる。どっちがいい?」
「組合長……なんでこんな奴らと……」
「なあディレル。俺なら妻と寝た男が目の前に生きてることが絶対に許せねえ。街でバッタリ出会ったとしたら普通その場で殺すよな? それでもこのボウズはお前の命を助けると言ってくれてんだ。だから俺は黙って事の成り行きを見ている。さあどうする、お前が決めろ」
ヘイシー・ディレルは観念したのか素直にブロンズのハンターメダルを差し出し、たったいま無職になった。今夜中ににこの街を出て行くらしいので、明日以降もし見かけたらぶっ殺してもいいことになった。
この男が命を長らえるには、サンダースさんが護衛でも立ち寄らないような遠くの街に逃げるしかない。
「よかったよ、また始まっちゃったらこんどは当分肉が食べられなくなるからね」
「言いやがる……ボウズお前ディムといったな、アレか、アッシュベアーを短剣のひと突きで倒したっていうのはお前だろ」
「はい。捜索者やってますからご用命があればいつでも」
「その名前、覚えといてやる」
そうと決まればディムもエルネッタも、もうここに用はない。あとの事は組合長さんに任せて、サンダース夫人を家まで送っていくことにした。
自分が浮気していた事実を夫に知られていること、なぜ家に帰ってこないのかも明らかになったサンダース夫人。ただ言葉もなく、がっくりと肩を落としていて、もともと小さな身体がもっと小さく見えた。
足取りも重く、エルネッタさんが腰に手をかけて誘導してやらないと家にすら辿り着けそうにないほど弱々しく憔悴し切っている。
自分のしたことが、どれほど重大な結果を招いたのかを、いま知ったんだ。
ディムもエルネッタさんもなにも言葉をかけてやることができなかった。
無言のまま、もうすぐ家についてしまう。家の窓からのランタンの灯りは漏れていない、子どもたちは親の言いつけを守って、もう寝ているのだろう。
ゲイラ―・サンダースはここまできてやっと、その重い口を開いた。
泣き疲れて憔悴した様子で、エルネッタさんが手を離したら今にも倒れそうに思えた。
「あ、あの……」
「はい?」
「しゅ、主人は、帰ってきてくれるのでしょうか……」
か細い。まるで絹の糸でも伝って出たかのような、細い声だった。
それを受けてなお、ディムはまだこの弱々しい女性に対して冷ややかな言葉を投げかける。
「さあね、ぼくには理解できないな。ねえ奥さん、あなた人を殺してしまうところだったんだよ? 人を殺してでも帰ってきて欲しい人を、なんで裏切ったりするのかな? ぼくたちは今からサンダースさんに会わなきゃいけないけど、ぼくは "帰ってあげなよ" なんて言うつもりないからね」
「うううっ……私はどうすれば……どうすればいいのでしょう」
嗚咽を抑えることができないサンダース夫人を敢えて直視せず、おざなりの対応を続ける。
「そんなこと知らないよ。ただ、サンダースさんの無事は確認してるから。ここに戻るか戻らないかはサンダースさん次第かな。いつものように美味しい料理を作って、風呂でも沸かして待っててやるのがいいとも思うけどね、とりあえずあの男の匂いがべったりついた身体は洗ったほうがいい」
「……っ。は、はぃ、あの、ありが……」
「仕事ですから礼は不要です。それにぼくはあなたの事が嫌いですから話もしたくありません。いこう、エルネッタさん。まずはサンダースさんをギルドに連れて行かないと、みんな心配してるんだ」
ディムが背を向けて振り返らずに歩いてゆくのに、サンダース夫人は深々と頭を下げて見送った。
泣き崩れているのだろう、『聴覚』スキルに嗚咽する声が耳障りに響く。
エルネッタさんは夫人の礼に応じ、遅れた分を小走りで追いつく。
ディムはサンダースの居場所に行く前に、まずは近くの酒場へ行って、ひどく割高の酒をひと瓶買ってから街を出た。
街を外れて東側、ディムがいつもトリュフをとりに行く森よりもさらに東側、急坂を避けるつづら折りの連続する坂を上がると、ちょっとした低山の中腹に差し掛かろうとする小高い丘。
視界がぱあっと広がる。なかなかの景色が楽しめるスポットで、道を外れて小さな丘のようなアップダウンを行くと、眼下にラールの街が一望できるという絶景があった。
狩人ヘイシー・ディレルの家からサンダースさんの足跡を追って辿り着いたのは絶景の丘だった。
ディムたちが街道を外れ、小道から丘を登ってゆくと気配に気が付いたのか、ゴロンと寝そべっていた男のシルエットが胡坐に座った。消えた焚火の跡と、もう冷たくなってしまったスープの入った鍋が放置されていて、ブランケットが敷かれている。傭兵のキャンプと同じものがそこにあった。
「誰かと思ったら、ディムくんか。んー? エルネッタも? …… ってことは、俺に捜索依頼が出されたってことか……」
「よっこらしょっと」
ディムはまるでおっさんみたいな掛け声でサンダースの横に腰を下ろすと、いま買ってきたばかりの酒を出し、コルク栓を抜いた。
「一杯どう?」
「いいね、いただくとするよ」




