[16歳] 女の匂いと憂鬱と
サノリの屋台では果実屋っていうから果物をメインで売ってるのかと思ったけど、甘く柔らかな果物じゃなくてどっちかというと硬い殻で覆われてる木の実を主力商品にしてるような屋台で、親しみのある果実といえば酸っぱそうな夏リンゴと、あと洋ナシ。夕刻になり客足が引き始めたからか、青年がひとりで店番をしていた。
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□ハッタ・ディレル 男性 22歳
ヒト族 レベル019
体力:11420/14600
経戦:F
魔力:-
腕力:E
敏捷:E
【栽培】E /収穫E
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店番の男を調べてみたけど特に不審な点なし。
じゃあとりあえず話を聞いてみることにした。
「すみません、ここにサンダースさんいらっしゃると思ったんですが」
「あー、夕刻前(16~17時)には帰ったよ。ゲイラーに会いたいならまた明日の昼には来るけど?」
1時間ちょっと前には帰ったって事ね、でも年下のくせに他人の奥さんを呼び捨てってどうなんだろう? この国に生まれて16年たつけど、年上を呼び捨てにするような人、サラエとセイジぐらいしか見たことがない。あんまり行儀のいいことじゃないと思ってた。屋台の向こう側、店員たちのスペースにある女性の靴は……えーっと、一種類しか判別できない。ということはあれかな。サイズ24ぐらいの革のローファーっぽい。
「そうですか、ありがとう。えっと、つかぬことをお伺いしますけど、この屋台のそちらがわにさっきまで居た女性って、サンダースさんだけですか?」
「はい? あーはい、だいたいいつも午後から夕刻前までは居るけど、おたくら何? お客じゃないの?」
「すいません、ぼくら友達なんですよ。それではまた」
サンダース夫人だという足跡の向かう方向に歩きながら、いまの男を値踏みする。
ハッタ・ディレル。別にどうってことない男だけど、別れ際横目でずっとこっちを見送ってたのが気になる。いま声をかけて話をしたんだ、別れ際で相手の顔をじーっと見ていいのに、なんでわざわざ顔を背けて、よそ見をしたうえで横目でこちらを観察するように見たんだろう。その素振りのぎこちなさが不審だ。
「ねえエルネッタさん、いまの男に嘘はなかった?」
「わたしの槍に目をやった瞬間ちょっと表情が曇ったぐらいで特に嘘はなかったな、何か気になる事でもあったのか?」
「いや、特に何もないんだけど、あいつぼくら二人を警戒してた。その理由が分からないだけ」
市場に来る客で帯剣したようなのはあまりいないけど、珍しいと言うほどでもない。
正面を見ながら横目でずっとこちらの様子を窺うというのは、やっぱりちょっと挙動が不審に思える。
まあ、いざというときの為いつでも追跡できるようあのハッタ・ディレルの足跡も覚えた。
なにかあったとしても今夜中なら追えるだろう。
屋台のあちら側に、つまり店員の作業スペースにあった女性の足跡っぽいのは一種類。間違えることはないけど、人混みの中を歩かれるとちょっと集中力が必要だ。まずは足跡から追っていくことにする。
足跡の追跡と同時にリンゴの香りを追うことになった。ってことはゲイラー・サンダースは爽やかな夏リンゴを持って帰ったんだ。
「ディム? サンダースの家はそっちじゃないぞ?」
「うん、南の街区に向かってる。真っ直ぐ家に帰らないみたいだ。買い物かな?」
「買い物? 普通は市場で済ませるだろ?」
そりゃあそうだ。
足跡を追うと人の多い市街地から離れて、寄り道せず、街の外に出るか出ないかという境界線あたりにある、小屋のような家に入っていた。皮のなめし台が二台、薄汚れたブーツが何足か裏返しで干されていて、毛皮が何枚も軒下に吊るされている。
狩人の家だ。
女の足跡はこの家に入っているけれど、今さっき? ぐらいに出ている。つまり小一時間ほど滞在した形跡がある。どうやらゲイラ―・サンダースと行き違いになったようだ。
他の足跡……は、26センチぐらいの登山靴のような滑り止めの付いた足跡、これは裏返しに干されているブーツの靴底と合致するから、恐らくはここの家主のものだろう。
それだけでもあまりいい予感はしないのに、この家をぐるりと二回も三回もまわって、窓のあたりを覗き込んだり、裏の勝手口を物色したりする足跡があった。空き巣か皮泥棒だったらいいけど、この足跡は旅人が好む、靴底が滑らないタイプの靴だ。泥棒なら足音がしない靴を選ぶ。
「エルネッタさんごめん、ちょっと横に隠れて立ってて」
「なんだ? もう仲間外れか。ハブにされたら泣くぞ?」
「この家、狩人丸出しだからね、エルネッタさんのような有名人が顔出すと話聞けないかもしれないから」
とりあえずエルネッタさんには玄関から死角になる角度に隠れて待機してもらって、まずはディムが扉をノックして、あとは出たとこ勝負という作戦だ。
―― ドンドン!
「誰だ?」
ちょっと乱暴にノックすると中から不機嫌な声がして、引き戸が開けられた。
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□ヘイシー・ディレル 男性 26歳
ヒト族 レベル028
体力:13392/16400
経戦:F
魔力:-
腕力:E
敏捷:C
【狩猟】D /短剣E /弓術D
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「ん? 誰だあんた。うちに何の用だ?」
こいつ、どこかで見た顔だけど、狩人組合との抗争の時に見てない。
ディムは頭に明かりが灯るように気付いた。さっきの市場で会った屋台の男、ハッタ・ディレルに似てるんだ。こいつはヘイシー・ディレル。ってことは、続柄は兄弟かイトコか。肉親だと思って間違いないだろう。
『聴覚』スキルを起動。
ディムが顔を出したことで心拍数が高くなった。男前の顔を見てちょっと心臓がドキドキしてるようだ。一目惚れされたわけじゃなければ何かやましいことがあるのかもしれない。
『拾い食い』スキルを発動。
ってか『拾い食い』スキルを発動するまでもなくこの部屋からはかぐわしいリンゴの香りがしてくる。
正直にサンダースさんを探してるって言うべきか、それともその場しのぎの嘘で誤魔化すか。
「いや、ちょっとさ……」
女の残り香……。部屋の中からよりも、この男の身体にべったりと付着している。
まるでさっきまで女と抱き合ってたような……。
いまここでサンダースさんの名前を出すのは得策じゃない。
気分が悪くなって、吐き気をもよおす。この男の匂いには我慢できなかった。
「あれっ? あんた、ハッタに似てるよね、もしかして兄弟?」
「なんだハッタのツレか。ハッタは弟だがここはハッタの家じゃねえ、俺が狩りに出てるとき、ここで皮なめしの仕事してるだけだ。いまは市場で屋台の店番してるとおもうぜ?」
「そうだったんですか、ありがとう。じゃあぼく市場のほう行ってみますね」
「ああ、そうだ。ハッタにはもうここに友達呼ぶなって言っとけ。分かったなクソガキ」
引き戸を開けて壁に不自然に手を着いた格好でディムに応対するヘイシー・ディレル。
隠した左手に何か握ってる。うまく隠してるつもりだろうけど、短剣を抜いてた。エルネッタさんに見えない角度でよかった。
「はーい。わかりましたよ。オニイサン」
ディムは調査開始からまだそんなに時間がたっていないのに、もうやる気が削がれてしまった。
サンダースさんの奥さん、あの狩人と浮気してた。




