[16歳] パトリシアのガッツポーズ
たしかにいまのはディムがズルかった。
けどちゃんとした知識があれば間違えることはなかった。まずは正しい知識を得なければキノコは触れない。
「毒キノコ扱うのに薬剤師の資格は要らないだろ?」
「薬剤師の資格は、人が飲んで薬効を謳うものに必要なんです。だから毒キノコなんて……」
「そうだよ、人が飲んで薬効を謳わないミントや毒キノコなら資格はいらないだろ?」
「うー、話がちぐはぐです」
「だからさ、パトリシアは【薬草士】アビリティと『調合』スキルを持ってるんだから毒薬を調合して売ればいいと言ってる」
「そんなことしたら私いっぱつで縛り首になっちゃいます。ひとを……あっ……」
人に使う薬は資格がいるから売ることができない。ならば自分のできることをやればいい。
「そうだよ、人が飲まなければいいんだ。つまり、伝染病を媒介するネズミの駆除に使える」
ディムが回答を提示すると、数瞬の間を置いてパトリシアも理解した。人に処方しないことが前提なら小難しい資格なんて必要ないのだ。
「師匠っ、やっぱり師匠と呼ばせてください。でも私、毒キノコの見分け方が……」
ディムには『拾い食い』スキルがあるおかげで食べて試すことができたのだけど、パトリシアには毒キノコを探すのに食べて鑑定なんてお勧めできない。
「パトリシアが間違えたセンナリタケっぽいのは、手に取って半分に割ってみればわかる。根元に黒いシミがあるだろ? それがゲッコウタケ。夜になるとぼんやり光って見えるからその名が付けられたらしい」
パトリシアはすぐさまキノコを手に取り、茎の部分を半分に割って断面を見た。
「わあっ、本当だ。黒シミがあります」
ゲッコウタケの判別法が分かった。次にディムは、すぐ足もと、倒木の朽ち木に生えた白いキノコを指さした。
「これは?」
「それはヤバいです。白いキノコ食べるのは自殺と同じだと言われてます」
「白いのでも美味しくいただけるキノコあるんだけどね、わざわざ危険を冒してまで食べなきゃいけないようなものでもないので、白は食べないほうがいいよね。これは猛毒キノコのコロリタケ。その名の通り、これを食べるとコロリと死んでしまうらしい。これは苦み成分とかあまりないし、食べられるキノコとあまり臭いが変わらないから殺鼠剤を調合するならこれがいいかもしれないね。こっちのシメジっぽいのは別に美味しくないし、いっぱい食べても下痢程度の毒性。薬効もなしのカキツバタシメジ」
「なんで味まで知ってるんですか!」
「え? ぼくは森で育ったんだ。食べられるものと食べられないものぐらい知ってるさ」
「もしかして食べたんですか? いろんな種類のキノコ食べたんですか?」
パトリシアはディムの答えを聞く前から大きくドン引きの構えだった。
とはいえ、ディムも自ら好き好んで毒キノコを食べたわけじゃない。幼馴染のメイが無理矢理食べさせたのだ。
「ぼくはスキルを持ってるから解毒能力が高いんだ。だけどコロリはさすがに三日寝込んだ。パトリシアは絶対マネしちゃダメだよ」
「絶対マネしません……」
「ぼくを師匠と呼ぶならスパルタ方式だからね。身をもって体験してもらうよ!」
「無理です……無理ですぅ」
パトリシアはさっきよりも更にもっとドン引きだった。
とりあえず師匠と呼ばれるのだけは回避できたので良しとしよう。
「さてと、次はトリュフの見つけ方なんだけど、これが難しいんだ。簡単だったらこんなのが何万もしないからね」
「それをどうやって見つけてるんですか?」
トリュフは樫の雑木林にある。しかも食べられるのは土の中にあるものだけ。見つけるのも栽培も困難ということで希少価値が高いから無暗に高価な値段がついてる。
どうせ催淫効果に期待しての事だろうけど、それこそ都市伝説みたいなものだ。
「毎日来ても出てないし、ここの森じゃあ一日に二個も三個も取れないから、わざわざトリュフ採りに来ても手ぶらで帰ることも多々あるんだ」
パトリシアと二人、森の道に戻って奥の方に向かう。
だいたい入り口から20分ぐらいのところまで来ると樫の木が多く群生する雑木林に様相が変わって、ディムの鼻にトリュフの香りがうっすらと漂ってくるとトリュフあり。香りがなければ諦める。
「パトリシア、ちょっと見てて」
「……? 何するんですか? ちょっと師……ディムさん、変なもの食べないでくださいね、解毒薬なんて持ってませんから!」
ディムはパトリシアに寄り添うように立つと、少し離れたところ、そっと何もない地面を指さした。
パトリシアはそこに何があるのか分からない様子だ。
「よくみて」
「みてます。けどどこを見ればいいんですか? 地面ですよね? なにか変わったところを言えばいいんですか?」
「そこを掘ってみて」
パトリシアはバックパックからスコップを取り出そうとしたが、それを止め、手でそうっと腐葉土を掘って上にかぶさった土をそうっと取り除いていくように指示した。土を掻き分けるように、そうっと、そうっと。
すると指先に何やら弾力のある物体が触る。
パトリシアは目を輝かせ、傷をつけないよう慎重に周辺から攻めてゆき、アイボリー色の球体が顔を覗かせると歓喜の声を上げた。
「ああああっ、トリュフ? 白だ! 白トリュフです!」
小ぶりだけど白トリュフだった。
「パトリシアは運がいいな。それを取引所に持って行くと8万ぐらいの値が付く。よかったね」
「これ、わたしにくれるんですか!?」
「ぼくが掘ったものじゃないからね、それはパトリシアの獲物だよ。おめでとう」
「わああっ、ありがとうございます。弟に服を買ってやれます。でもなんで分かったんですか? 私、指さされても分かりませんでした」
「だからトリュフは高いんだよ。これにはちょっとしたスキルが必要なんだ」
別に秘密にする事もないんだけど、『拾い食い』なんて言葉の持つ印象が悪すぎて、こんな可愛らしい女の子に言いたくない。
「ディムさんいったいいくつスキルもってるんですか」
「いくつだっけ? 忘れた」
「くすん……私にはスキルないんですね。でも、こんな高価なトリュフを探していただいた上に、毒キノコの使い道を教えていただき、本当にありがとうございました」
これまでの殺鼠剤は毒草の根を煎じて抽出された植物毒だ。だけど揮発する臭いがきつく、あまりネズミの好む臭いじゃなかったようで、臭いの対策が必要だった。一般的にゼラチンのようなものに包んで使用していたが、それだと2日たつと乾燥して食べなくなるし、そもそもネズミ自体がゼラチンをあまり好きじゃない。
毒草の調合じゃ限界があるんだ。その点、キノコのほうがうまくいくと思って提案してみたのだ。
「ぼくがパトリシアに教えたのはヒントだけだよ。研究に何年かかかるかもしれないし、コロリタケが出るのは晩夏から晩秋までという制限があるからね、年間通じて安定した収入を得ようとしたらまた別のアビリティが必要になると思う」
「はいっ、ヒントありがとうございます」
「ミントの用途はまた今度考えようか。遅くなったら心配させるから薬草だけとって帰ろう、あんなことがあったばかりだし、きっとお母さんが心配するからね」
ディムとパトリシアはまた例のあの狩人組合との抗争に発展した原因の、土手の上にあがって依頼のあった薬草を採取して帰ることにした。
ギルドから街を出て片道一時間の道を歩いて、採取時間も30分程度。また帰りに1時間で、あわせて2時間半だ。それでギルド手数料引かれて7000ゼノなんだから時給に換算するとうまいよなあ。
「ねえディムさん、ちょっと質問していいですか?」
「いいよ。なんでも」
「あ、えっと、あの、エルネッタさんって人は、ディムさんのお姉さん? なんですか?」
言われて歩いていた足が止まりそうになった。その質問をされるとどう答えたらいいか分からない。
まずエルネッタさんとは付き合っているわけじゃないから彼女じゃない。もちろん肉体関係もない。好きだと言ってくれたけど、そこまでだ。
そこからは1ミリも進んでない。むしろ将来的には離れ離れになるとも言われた。同棲相手だし、お互いに愛情があることも確認した。果たしてそれが姉と弟ではなく男と女の間にある愛情なのかというと、ちょっと自信がない。うそを言う訳にもいかないから難しい。
「あれ? パトリシアは知らなかったの? ぼくはエルネッタさんのヒモなんだ。有名な話だと思ったんだけど……」
「ヒモ? なんですかそれ?」
「ぼくが毎日ゴロゴロしてる間、エルネッタさんが仕事して、お金を稼いで、ぼくにご飯を食べさせてくれるのさ」
パトリシアはきょとんとした顔でちょっと理解できていないようだ。
「それって、お姉さんとどう違うんですか? 私も弟たちの食い扶持を稼ぐのに仕事してますし」
そう言われてしまうとお姉さん以外の何者でもなくなってしまう。
えっと、エルネッタさんってどういう関係なんだろう。この前あんなにいい感じで告白したのに『わたしはディムのことが好きだけどダメだ。お前は若い女とくっつけ』みたいなことを言われ、今日のこのパトリシアとの探索も眉ひとつ動かさず『楽しんできて』って言われた。
あんなに言葉を重ねてもまだ半歩進んだ程度かとガッカリしたけど、まあ半歩でも構わない。まだ前に進んでるだけいい。
まあそのうちエルネッタさんを口説き落として付き合って……って思ってるけど、子ども扱いされるのは、たぶんあと10年たっても変わらないと思う。たぶん一生子ども扱いなんだろう。それはそれで望むところだ。
ディムが黙り込んでしまったせいか、パトリシアはディムを横目で窺いながら答えを待っているように見えた。
「よくわかんないんだ。今のところはお姉さんなんだろうな」
このときディムはパトリシアの微笑の陰に隠れて、小さくガッツポーズしたことに気付かなかった。




