[16歳] エルネッタさんは蛇がきらい
「このクソ野郎、ディムの頭を狙いやがった。帰ったらアルスも連れて狩人組合に殴り込みいくぞ」
「殴り込み? 何だよそれ、そんなの行かないってば。エルネッタさんケガは? 大丈夫?」
「わたしは無傷だ。そっちのお嬢ちゃんのケガは?」
こっちの女の子はケガよりも襲われた恐怖の方が心配だ。トラウマになってたりしなければいいけど。
「もう大丈夫。よく頑張ったな!」
女の子のふくらはぎを貫通してる矢と傷口を観察する。
「よかった、骨は無事だ。あとは……弓を射たのが狩人だから、念のため……」
短剣の背を当てて折り、鏃をペロッと舐めて毒の有無を調べる。
「ん。毒は使われてない」
「は、はい。助けてくださり、本当にありがとうございました。私本当に殺されるかと思いましたあ……。ううっ、うわああぁぁん」
「大丈夫だよ、傷もたいしたことないからね」
「いいなあディム、役得じゃないか……」
「だからそれを感情のない殺人ロボのような無表情で言うのやめて……」
女の子はディムにしがみ付いて離れずシクシクと泣き続けている。
ゆっくりしてたらもう真っ暗になってしまう。死体は放置しておいてまずは森を出たほうがいい。
エルネッタさんはいいとしても、この子にしてみればあんなことがあった後だから暗闇は不安だろう。
「キミは?」
「私は冒険者ギルドの探索者Fランクで、パトリシア・セインといいます。お二人はギルドのトップランカーですよね。本当にありがとうございます。命を助けていただきました……」
Fランク? というと見習いか……。
はやく傷の治療をしなくちゃいけないけど、まあ傷自体は大したことないし、大きな血管も傷ついてない。
ディムは女の子をエルネッタさんに預けて、いま倒れてるこの狩人、アンドレ・ディンゴという男の荷物をあさる。んーと、狩人組合登録証発見。Dランクだ。
さっき鑑定した氏名年齢に偽りなし。死体は持ち帰れないけど、襲われて人死にが出た以上は報告しないといけないから登録証だけでも持って帰らないといけない。
あと水と傷薬っぽいのを持ってたけど、何の薬か分からないようなのは使えない。
「こいつ調合鉢も持たずに森に入ってんのなー」
「はい、鉢あります」
調合鉢持ってるってことは、狩人でもないのに現場で薬を調合するのか。13歳なのに凄いな。
パトリシアが調合鉢を持っているというので、ディムははその辺から薬草を摘んで集めた。
まずは男の荷物から水筒を取り出し、水が入っていることを確認したらその水で傷を水で洗って、中に異物が入ってないかを探りながら、入ってそうなら洗い流す。
「ディム、おまえも手を洗っとけ。蛇を触ったろ」
蛇ってそんなに不潔な生き物じゃないんだけどな、なんかエルネッタさん不機嫌だから言う通りにしとこう。あとで雷が落ちそうだ。
次に傷薬の調合だ。
ディムが子どもの頃、セイカの森なんかで薬草を調合するときは、複数の薬草をポイッと口に含んで、ムニャムニャと噛んで調合して傷薬を作ったものだけど、そんなの付けさせてくれるのはメイとダグラスと、あとタカのトールギスぐらいのものだ。この場でやるとみんなドン引きする未来しか見えない。大人しく鉢を使おう。
調合鉢というのは小型の乳鉢と胡麻を擂る擂鉢の相の子のような調合専用の鉢で、狩人は山に入るときだいたいみんな持ってはいる。ディムはケガしたとしても口でムニャムニャ調合できるから使わないのだけど。
いま取ってきた薬草、止血の効果があるタラコメの葉と、殺菌消毒の効果があるスヴァの茎と葉を鉢に投入し、細かく潰して混ぜるだけ。
「ねえパトリシアちゃん。ギルドって13歳でもいいの? ぼく15歳デビューだったんだけど」
「えっと、探索者は12歳から見習いの扱いで簡単な採取だけなら受けられるんです」
「本当か! 傭兵は15歳からだから同じだと思ってたわ」
エルネッタさん、職場のシステムも理解してないのか……。
逆に言えば16歳で探索者デビューって遅かったってことだ。サラエやセイジにバカにされた理由が分かった気がする。働けるのに働かない男だと思われていたのだろう。まあ、今も大差ないのだけど。
「ほい、傷薬完成。自分で塗って。そういえばあいつのポーチにテープあったな……」
「はい! テープあります!」
「なんでもあるな」
「ディム、暗くなってきたけど……大丈夫なんだよな? おまえは松明もランタンもいらないらしいが、わたしはもうダメだ、良く見えない」
「うん。もう少しで夜だし、夜になったら二人とも担いでいくよ」
「わたしランタンもってます!」
「準備いいな!」
そのパンパンになったバックパックは、もしも万が一にも必要になるかもしれないという非常用の道具がいっぱいに詰まってるとみた。
「母が心配性なのです……」
そりゃ13歳の娘が森に薬草取りに行って遅くなったら親は心配するだろう。
「じゃあ早く帰らないとギルドに捜索依頼されたら面倒なことになるな」
「もう面倒事のど真ん中だよ! 人が死んだよ!」
で、傷薬をつけてテープを巻いたりしていると、痛いところに触れるのだろう、パトリシアの顔が激痛に歪む。ディムはちょっとでも気をそらしてやるため、処置をしながら話を聞くことにした。
パトリシアの話を総合すると仕掛けておいたウサギ用の罠の様子を夕方になる前に様子を見に来たら、ウサギがかかってて、獲物を盗もうとしている狩人と遭遇したそうだ。それを狩人組合のほうに苦情を申し立てると言って咎めたところ弓を射られたのだとか。
ディムはひとつ、なぜ薬草に目もくれずこんな森の奥にまで急いでいたのかをやっと理解した。
なるほど、ここの薬草群生地に罠を設置しておけば、罠にかかった動物の有無を確認しつつ薬草もとって帰ることができる、一挙両得だった。なかなか手際のいい仕事をする子だ。
で、そのパトリシアが仕掛けた罠にかかっていたウサギを盗もうとしていた狩人ってのが、いまさっきエルネッタさんに槍食わされて死んでるやつ。
他人の獲物を盗んだなんてことが組合に知れたら、狩人ライセンスが失われるかもしれない。こんな周りに誰もいないような森で、いたいけな少女にウサギ泥棒を見つかって咎められたものだから逆に居直って殺すついでに乱暴しとこうだなんてロクな野郎じゃない。死んでくれた方が街の治安のためだ。
もとはと言えばウサギだ。強盗して殺して財布奪って中に500円ぐらいしか入ってなかったやつが捕まったとか報道で見ると気の毒だと思ってたけど、実際こんな現場に立ち会うと同情の余地なしだ。
「立てるかい?」
「はいっ、立てますけど、痛っ……歩くのは、ちょっと無理かもしれません」
なんかさっきまでのピリピリした空気じゃないんだけど、エルネッタさんは明らかに怒ってる雰囲気で横目に睨む。殆ど暗くて何も見えないだろうに、なんでそうまで目を細ーくして睨むのかな? ってほど、いやな雰囲気をオーラみたいに噴出しながら、不機嫌になってしまった。
「はいはい、抱いてやりなさいよ。ケガ人だし、若いし、軽そうだし、若いし、仕方ないわねえ、はい役得どうぞ。わたしはランタンもちでもさせてもらうわ……」
「なんかトゲあるなあ」
「まったく! さっきわたしを口説いた男がもうこれだよ」
「役得だなんて思ってないからね」
「うそつけ、ラッキーって思ってるだろ? 腕に胸押し付けてるしさ」
「着眼点が鋭すぎるでしょ!」
「家に帰ったら説教だからな」
「何がだよ、ぼく何も失敗してないじゃん」
「そうか?」
「そうだよ」
「……あの蛇はなんだ?」
恐る恐るエルネッタさんの顔を見ると、鋭い眼光と目が合った。
やばい。怒ってる目だ。
「えっと……、レッドスネークといって、ぼくのビックリドッキリメカ……なんだけど……」
「そんなことを聞いてるんじゃない、なんでディムが、あの蛇を、あらかじめ! ポケットに隠し持っていたのかと、そこを聞いてるんだ。よそ見するんじゃないよ! 目を見て答えろ、わたしに嘘は通用しないからな」
「ランタン近すぎるってば、熱いし。なんか熱いし。あの蛇のおかげで相手が一瞬ひるんだんだからいいじゃんかよー」
「わたしも怯んだわっ。怯んだどころか躊躇したわ。お前が蛇を投げなかったらもう一歩早かったんだ」
「はい、いらないことをしました。次からもうしません。これでいいでしょ?」
「ふうん、まあいい。じゃあもうひとつだ。あの蛇、何に使う気だったんだ?」
エルネッタの追及はディムがが完全に負けを認めて謝るまで続ける構えだ。
いつもなら何だかんだで躱して逃げ切れるだろうけど、今日はちょっと分が悪すぎるし、いまパトリシアを抱いてて、これ以上の失態を見せたくない。
「家に帰ったらまたちゃんと謝るから今は勘弁してよ」
「フン、わたしに投げる気だったのは分かってんだ。今日という今日は絶対に許さないからな。覚悟しておけ」




