[16歳] レッドスネーク、カモーン!
まだ足跡の主とすれ違ってないというだけなのに、もうピリピリした空気を発散し始めた。
もしかしていつもこの調子で護衛やってるとしたら、エルネッタさんがモテない理由の一つが分かった気がする。
「ねえエルネッタさん、護衛に出てる時って、いつもそんな感じなの?」
「ん? 警戒か? いや、安全が約束されてる街道では警戒も緩めるさ、だけど峠や森の畔、草丈が腰高以上の丘を縦断するようなときは警戒しておかないといつ矢が飛んでくるか分からないからな」
「砕けた感じが1ミリも伝わってこないよ。周りの人はストレスで禿げるよそれ」
「いいじゃないか。その理屈だと、どうせ禿げるのはアルスだ」
不機嫌そうな表情でついてくるエルネッタさんといっしょに、奥へ奥へと向かう足跡を追っていく。この辺にも探せばいろいろと売れるものあるのに、立ち止まりもしてない。
歩幅からキョロキョロしながら歩いてる風でもない。この辺のキノコ類には目もくれないで歩幅も変えず、そのまま奥へ向かって歩いてる。
少し倒木が目立つ雑木林のキノコゾーンを過ぎると、高さ2メートルぐらいの段差というか土手があって、普通に歩いてちゃ超えられないので、さきにディムが土手に上がったあとエルネッタさんの手を引いて超える。頬に当たる空気が少し湿気を帯びて冷たくなってきた。
太陽が西に傾いてきて木々の光合成がとまるとなぜか急激に空気が冷たくなる。こうなるとあとは一気に闇が駆け下りてくるから、カウントダウンはもう始まってるってことだ。
土手を超えると急勾配の坂があるので、これを避けるように時計回りにぐるっと回り込む。すると、いつもだいたい薬草が生えてる明るくてちょっと広くなった場所までくると、男女と思しき人影がうずくまってて……。
カップルがイチャついてた。
女性の上に男が覆いかぶさろうとしていて、今まさに始まってしまいましたみたいなところに出くわしてしまった。
「あっちゃー、ごめん悪いことしたかな」
―― バババッ!
ディムとエルネッタが姿を見せると素早い身のこなしで伏せていた男が飛び出したようにみえた。
……女の人は倒れたまま、なかなか起き上がらない。
男は這うような低姿勢のまま素早く草むらに身を伏せて、前に立つディムに向かって弓を引いた。
べつに後ろからケツ見られたわけでもなければ、裏からキン様みられたわけでもないのに戦闘態勢をとっている。せっかくこれからいいこと始めようとしてたのに、邪魔したのは悪かったけど、こちとら偶然通りかかっただけなのに。
倒れてる女の人の様子がおかしい。
足に矢を受けている?
「こいつら森でラブラブするとこだったカップルじゃなかったのか!」
「ディム構えろ、闘争だっ!」
「なに? なんでいきなりケンカになってんのさ?」
エルネッタさんがやる気だ。男が茂みに隠れるのと同時か? 立ち木に背中を預けて身を守る姿勢をとった。切り替えが早いな、さすがエルネッタさんとしか言いようがない。護衛で奇襲に遭っても大丈夫なよう訓練してる人の動きだ。
「ディム! 身を伏せろってば、弓で狙われてるぞ」
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□ アンドレ・ディンゴ 36歳 男性
ヒト族 レベル027
体力:13220/18600
経戦:E
魔力:-
腕力:E
敏捷:D
【狩猟】D /弓術D/短剣D/足跡消しC
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やばいな、こいつは一般人レベルだ。
でも足跡消しスキルCの男を追跡するのに十分なぐらい『羊追い』で見えるということは覚えた。
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□ パトリシア・セイン 13歳 女性
ヒト族 レベル016
体力:2077/5200
経戦:E
魔力:-
腕力:F
敏捷:D→F
【薬草士】F /調合E
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13歳? ギルド登録は15歳からのはずだが……。
服がはだけかけている。いま脱がされかけたんだ。
「おいおい、13歳はいかんでしょうよ!」
あのクソ野郎が、こんな森の中で都市伝説と言われるほど希少なローティーン山ガールを乱暴しようとしてたらしい。これは許す許さないの次元を超えてる。ぶん殴って全裸にして逆さにして木に吊るしてやる。
女の子のほうはどうだろう?
横目で見た限りではケガの具合は軽いけど、ふくらはぎを矢が貫通してる。出血は多くはないから一刻を争う状況でもないが……ふくらはぎを狙って矢を射る腕があるのだとすれば次は確実に殺されるぞ。
この女の子のそばに転がってるバックパックには、けっこうな荷物が入ってる。ほぼパンパンか……。何を採取したらそんだけバックパックが太るんだろうか。
こんなに小柄な子なのに足跡の沈みが体重50キロ前後だった、その理由分かった。
バックパックが重かったんだ。
「そこの女の子! バックパックを盾にして矢から身を守って! 必ず助けるからね。……エルネッタさん、こいつ狩人だ。思いっきり殴ったら死ぬから注意ね」
「殴らないよ、ぶった斬るから。女を襲ってディムに弓を引くようなクソ野郎は生かしちゃおけない」
女の子は言われた通り、もぞもぞと這ってバックパックに隠れたけど……、ダメだ、エルネッタさん頭に血が上ってカッカしてる。アドレナリンのせいかな? 冷静さを失ってるように感じた。
「おいそこの狩人、降参しないと殺されるってよ……ちなみにぼくら2人ともシルバーメダルだから、おまえの眠くなるような矢には当たらないし、殺す気ならもうとっくに殺してるからな」
「おおっ、矢をどう避けるんだ?」
「ごめん、ちょっと見栄を張っちゃった。夜にならないと危ないかも」
「夜? いまはどっちだ? 夕方っぽいけど」
「それがまだ昼なんだよね……。ぼくの言う夜は太陽が完全に沈まないとダメなんだ」
「ちなみに、夜になったらどうなる?」
「体力10倍とか? ステータス軒並みアップと短剣スキルがS。ちなみにぼく昼は短剣使えないよ、リンゴの皮をむくのに手の皮をむいてしまうぐらいだし」
「チートじゃないか!! あのゲッコーが小動物に見えるわけだ! 性格が悪いだけじゃなくズルいとか最悪だぞおまえ」
「最悪とか言わないでほしいな。さすがに傷つくよ」
倒れてる女の子は足に矢を受けてるけど、命に別状はなさそう。エルネッタさんは立ち木に張り付いている。ディムか、それとも狩人のディンゴが動くまではきっと動かない。
「くっそ、盾があれば楽な相手なのに……ディム! こっちに。身を隠せってば」
「エルネッタさんはそこに居て。これぐらいのことで人が死ぬなん……」
―― シュバッ!
「ディム!!」
くっ!
「レエェッドスネークカモオオオォォン!」
掴んだ!!
ディムは自分の顔面を狙って放たれた矢を、素手で掴んだ。
内心ドキドキのバクバクだったが、ギリギリ掴めた。
お返しに投げたレッドスネークが奴の顔面に命中すると、ウネウネしながら鼻に噛みつきそうになったのを振り払うのに一瞬のスキを生みだす。
「エルネッタさん!」
「このクッソがあああああ!」
エルネッタさんが動いたと思ったら、次の瞬間にはもう勝負ありだった。
ディムに向けて矢を射た狩人のディンゴは、顔面に蛇を投げつけられ一瞬ひるんだことがあだとなり、次の矢をつがえる前にエルネッタさんの急襲を受け、弓の弦を切られて弓が使えなくなった。
そしていまエルネッタさんの槍先を口にくわえてペロペロキャンディーのように頬張ってるところだ。
「ディム! 無事か?」
「なんとか、なんとか掴めたけど……、あーあー。殺しちゃったか」
弓の弦を切った時点で勝負はついていたと思ったけど、焦って勝ち目のない接近戦に備えたのか、短剣を抜いていた。
生殺与奪の権は弓の弦を切った時点でエルネッタさんが掌握してたのに、あのタイミングで短剣を抜くなんて馬鹿としか言いようがない。殺してくださいと言ってるようなものだ。




