[16歳] エルネッタさん、安定のやらかしを見せる
第二章、古傷編はこれで完結しました。また好き勝手やらせていただきました。すみません。
次話から新章突入します。
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カーテンが半分開いたままの窓から眩しい光が差し込み、エルネッタは毒々しい朝を迎えた。
頭痛がぐわんぐわんして、鳴り響く耳鳴りと全身から漲る倦怠感、眼球から脳にまで差し込む光が後頭部を刺激する。
ひどく、ひどく喉が渇く……強烈なアルコールを煽ったせいだ。
二人で家飲みしていたのを憶えてる。朝……いや、この光量と温かさは昼前か。エルネッタはベッドに突っ伏したまま、ヨダレでカパカパになった枕から頬をひっぺがし、いままで寝ていた温かいベッドに腰かけた。
「んー、頭いたい……吐きそう……喉が……焼けるように渇く……」
エルネッタはテーブルに立ててある水差しからコップに移すことなくラッパ飲みで喉を潤す。
頭が重い、だけど呼気にはまだアルコールが含まれているようで、身体から沸き立つアルコール臭に自分で辟易しているところ、改めてベッドの周りを見てみると、またあの朝の繰り返しのような光景があった。
「ううー、ヤバいのを通り越してる……」
前回のような焦りはないが、今回は輪をかけてヤバい状況っぽい。
サーッと血の気が引くように冷静になってゆく。ひとつ大きくため息をついた後、まずはこの困難な状況を把握することにした。
エルネッタはディムを抱き枕のように抱っこして寝ていた。これがひとつ。
そのディムはまた半裸でケツを放り出して寝ていた。今日はこの前よりも状態が悪く、パンツは膝まで引き下ろされている。これふたつ。
みっつめ、エルネッタも服を着ていなかった。
つまり二人は酒に酔って、裸で抱き合って寝ていたという事だ。
一度ならず二度までも、こういうことが度々あるのだとしたらもう隠し事にしておくこともできない。
さっきまでディムと二人くるまるように寝ていたタオルケットを引っぺがし身体に巻いて胸を隠すと、ディムを起こして、このひどい有様を見せた上で、膝を突き合わせて、話をしてみることにした。
「はあっ、今回ばかりはもうダメだな。ディム、なあディム起きてくれ、ちょっと話がある」
「んっ、んんんんん――。どうしたのエルネッタさん、ぼくまだ寝る……」
「いや、ちゃんと起きて聞いてほしい。わたしはお前に謝らなきゃいけないことがあるんだ」
「んっ、ん――? エルネッタさんなんで裸なの? あれ? ぼくもか……」
「すまんディム。どうやらわたしの仕業らしい。まずは前を隠してくれないとそっちを見ることができないから、頼む……」
「んー。パンツはいた」
「そ、そうか。すまんな、記憶が飛んで覚えてないんだが、わたしがその、えっと、ディムの身体を……ごめん。変な夢見なかったか? 悪夢にうなされたりしなかったか?」
「えーっ、なんだよそれ……」
エルネッタさんはタオルケットにくるまったまま胸の部分をつまんで引き上げたあと、なんだかとても畏まった表情でディムの前に正座して、深々と頭を下げた。
「悪かった。全てはわたしの不徳の致すところだ。酔った勢いで、わたしはディム、おまえにひどいことを……」
「今日は証拠隠滅しないの? 楽しみにしてたのに……」
……っ?
「はあああっ?」
「今日はやらないの? じゃあつまんないからぼく二度寝する……」
「まて、ちょっと待とうか。いまわたしは混乱していて説明が欲しい……泣いてしまいそうだ」
「何言ってんのさ、こんなのぼくのいたずらに決まってるじゃん。エルネッタさんマジで焦って証拠隠滅とかするからさ、もう面白くって……ふつう笑うでしょあんなの」
……。
「パンツ引き上げるのとかさ、少しも引き上げてないくせに尻に食い込むばっかりで、ちょっと笑ってしまって、バレたかと思ったけど?」
……。
「どうしたの?エルネッタさん?」
「頭痛がする……なんだか力が抜けた……。ぶん殴ってやりたいけど、ディムの方が強いんだよな。どうせわたしのパンチなんかカスリもしないのだろう? 今回ばかりじゃなく、前のアレもか?」
「ぼくがエルネッタさんより強いのはお酒だよね。ぼくの身体はスキルのせいで解毒能力が高くて、普通のお酒じゃほろ酔い以上は酔えなくてさ。だから一番強いお酒を飲んでるんだけど……それでも思ったようには酔えないんだ。つまんない身体だよね、ほんと。でもエルネッタさんみたいにすぐ記憶飛ばしたりしないし、お酒を飲んでるとき敵に襲われてもエルネッタさん抱き上げて逃げるぐらいのことはできるよ」
「じゃあナニか? ゆうべおまえ酔ってなかったのか? 悪酔いしてたんじゃないの?」
「ほろ酔いでフワフワしてて気持ちよかったかな。ぼくにも酔った勢いってのがあったなら、もしかすると二人は愛し合っていて、いい感じのカップルになってたかもしれないけどね。本当に残念だよ」
「はあああ? 待て待て待て待て、キスマークは? ほら、前のときお前の首筋に……」
「酔いつぶれたエルネッタさんを抱き上げてギルドから運んでくるときに付いたんだ。あれは事故」
「ちょっ、ちょっとまて。じゃあ私の服を脱がせたたのは?」
「エルネッタさんが勝手に脱いだの。だいたいエルネッタさんは飲みすぎると脱ぐか、暴れるかのどちらかをやらかすんだ。機嫌が良ければ脱ぐし、機嫌が悪ければ大暴れする。まあ家で飲んでると暴れることはなくて、だいたい脱ぐからね、今日は服を着せなかっただけ。暴れるときはだいたい酒場で、殴られるのはアルさんが多いよ」
「ちょ……いままで服を着てなかったことなんて……」
「ぼくが着せてたし」
「もしかして、わたし酒癖が悪いのか?」
「マジで? エルネッタさん自分の酒癖がどんだけ悪いか知らなかったの?」
「……うー、もう酒やめた。飲んでやらかしたら大変だ……」
「やらかしたことがないような言い方だけど……程度の差こそあれ毎回なにかやらかしてたからね」
「……覚えてないけど……わたしが悪かった。反省したよ。酒はもうやめる」
「やめなくていいってば。ぼくがついてるから大事になるほどもやらかしたりしないよ。ギルド酒場じゃあんまり上機嫌になって脱ぐことないし、万が一服を脱ぎだしたときとか、暴れて手に負えないときは、だいたいアルさんが呼びに来るけど、もしアルさんが殴られて気を失ってたらギルド長が連れて帰れって言いに来るからだいたい大丈夫だよ」
「そ、そういうシステムになってたのか」
「そそ、だからエルネッタさんはこれからもずっと気兼ねなく飲んでくれたらいいからね。ただしぼくが近くにいるときだけだよ。護衛に出た遠征先とかじゃ控えてね。それだけ」
「う……うん、わかった。ディムの言う通りにする」
とんでもないタネ明かしを受けてエルネッタは反省しきりだった。
すべて酒に弱いせい、すべては酒癖の悪いエルネッタのせい、記憶が残ってさえいれば気を付けることもできるのに、記憶すら残ってないのだからもう酒はやめたほうがいいと、心の底から反省して、もう今後、ディムの居ないところでは飲まないと堅く、堅く誓った。
「なあディム……」
「ん? どうしたのエルネッタさん」
「おまえ本っ当に性格悪いのな」
「エルネッタさんの酒癖といい勝負かなあ?」
「くーっ……言い返しも出来ない……」
エルネッタはいつもディムに子ども扱いされ、事ある事にしてやられ、悔しくて歯噛みするばかりだけど、そんな生活が心地よいと感じている。
脳筋で恋愛経験がなく、いろいろ拗らせたエルネッタと、性根がひん曲がっていて性格の悪さでは誰にも負けないディム。
なかなかいいコンビだと思う。




